熊蝉に夏を知らされて、
 油蝉に茹だる夏を迎えて、
 ミンミン蝉の声を焼け付くコンクリ越しに聞いていたのに、

 ある頃を迎えるとピタリとそのどれもを聞かなくなった。



 盆が過ぎた頃だろうか。殺人的な陽射しはその勢力を失い、最近はやさしい。
 夕暮れには蜩が鳴いてた。

 今はその声も聞こえない。



 透明な羽のちっぽけな死骸に咥えた煙草から灰を落としてやる。

 遠くでツクツクボウシの声がした。






「秋尾」

 塞いだ耳を開くと、その声が呼んだ。

 うすら、と目を開けて顔を上げるとしゃがみこんだ自分の向かいでそいつが仏頂面だから、にへらと笑ってやる。

「………よお、旦那」

「よおじゃねーよ。探した」

「らしいね」

「ユウタから聞かなかったんか」

「ゆうた?」

「旱 夕立」



 そこで、やっと、ああ、って気づいた。

 薄々感じてはいたけれど、下の名前を訊ねるのをずっと躊躇っていた。夕立、ゆうた、と何度か唇で転がして、褪せていく光景の中に仲間入りしたひぃのつれなさに、もう今更帰れないことを知る。


「腹下してんの?」

「は?」

「や、だってさっきからずっとしゃがんでっから」

「下痢じゃねーわ」

「あそ」