「夏生」
きっと、初めて声にして呼んだ。
口に出したら泣いてしまうから言えなかった。お前は夏で、私は秋だ。夏をせしめる私は、
「口が寂しい」
それだけ言うと、もう呼吸が出来なくなった。
触れた距離に前みたいな遠慮はなくて、息もつかせぬ勢いで角度を変えて啄ばんだ。そのうちどちらともつかない勢いが押し倒したのか、押し倒されたのか、縺れる形で浜辺に転んだ。
出し惜しみなんかしなかった。だってもう最期だ。首に腕を回した。それ以上に強く頭を抱えた夏生の力で重なりは深くなった。空いた手は夏を蹂躙する秋の訪れを突っぱねるべきが、抱き締めて離れなくなった。
ジャージは乱れていた。私も人並みに女なんだなとその時初めて思った。名残惜しそうに離れた唇はちくりちくりと今もなお首筋にいずれ消える傷を遺して、存在を確かめるように上躯を行き来していた手は俯いた私を振り向かせる。
「…手慣れてやんの」
「そう思う?秋尾だけだよ」
「トウカ」
「あ?」
「私の名前」
燈火、ともしび、それは明日への光だと、自慢気に父は笑った。
今既に暮れ行く夏は、その唇に私を乗せて口遊めばいい。
「なつき、」
いなくならないでと、ついか細い声で言ってしまった。私より先にいなくならないでほしい。いっそ呼ばれて消えるのが私ならよかった。抱き締める手に押し潰されそうで、弱々しくもう一度言ったら溜息を吐き出した。
「あーくそ…抱きたい」
「いいよ別に」
「最中にいなくなるのはちょっと」
「確かに」
ちゅ、と上唇にキスをして、くしゃ、と頭を撫でつける。その顔があんまりみっともなくて頼りないから、つられて泣きそうになるのを肩口に頭を落として堪えた。