西日が差す部屋で、どうやら夢を見たようだ。
昔の夢を。
目を覚ました僕の目からこぼれ落ちていた雫を、息子が拭いてくれている。
パパが泣いているなんて大変だ、一大事だとばかりに驚いた顔で必死に拭いてくれている。
優しさが愛しく、成長に胸が温かくなる。

ここに陽奈子はいない。けれど、ここには今愛する妻と息子がいる。
長い時間をかけて心と向き合い、支えてくれた。僕も支えたいと思った、共に歩こうと思えたパートナーだ。

「心の中に陽菜子さんがいてもいいよ。話をしてもいい。でもね、比べることだけはやめてね?居なくなった人には敵いっこないんだから」

一緒になる時に言われた言葉だ。妻の中に陽菜子を見たこともなければ、比べようと思ったこともない。
けれどこれから先も比べることなどしないと誓った。

「私達、ひとりひとりの人間なんだから。私のことを見てくれるなら、それで良い」

お互い心に消えない誰かがいたとしても……いや、いるからこそ。


あれから9年が経った。
長かったか、短かったかわからない。良くも悪くも、時の流れは一定だ。

不思議なんだよ、とても。
僕はこんなに器用な人間だったかな。
陽菜子を心に残しながら、妻のことを愛していけるなんて。
不安や葛藤、そのすべてをわかり合うことはできない。でも、手を差し伸べることはできる。
それを教えてくれたのは君だから。
手を取り合ってこれからも生きていこう。

生きていれば良いことも悪いこともあって、しかしそのどれも実のところ良いことでも悪いことでもない。
ただの事象に過ぎないそれを、良いことにするか悪いことにするかは自分次第だ。
陽菜子の死を嘆き、悼み、偲ぶことは、無力で何もできなかったあの日の自分の懺悔の名残なのかもしれない、と思うことがある。
陽菜子の死は決して良いことに転じることは無い。
けれど、その先にあった今……未来があることも事実だ。
消えることの無い情が陽菜子にあって、今でも心にいる。
けれどもそれは燃え上がるような恋でも、安らぐ愛ですらも超えるなにかで。
この感情を言い表せる言葉を僕は持たない。
今僕は間違いなく妻を愛しているし、息子も愛しい。
この存在を守りたいと思うし、彼女らがいるからまだまだずっと長くこの生に縋りたい。

ねえ陽菜子。
君が生きたいと縋ったこの世は今日も美しいよ。
暮れていく夕日が命の儚さと、深さを映し出しているようだ。
君は今、笑えているだろうか。

願わくば今も、涙も笑顔もそのままの君でいて。




君と笑顔の日 完