陽奈子の病状は日に日に悪化しているようだった。
繰り返される嘔吐には血も混じるようになって、嗚咽は聞くのも苦しくなるほどだ。
けれど、一時退院したことで念願だった向日葵畑に行くことができたことは著しく体力を奪われたもののとても喜んでいた。

家族総出の所に僕もご一緒させてもらい、車で1時間ほどの有名な向日葵畑へ向かった。
歩くことも出来なくなった陽奈子は車椅子で。チューブから点滴を付けたまま。
夏の暑い盛りで日差しが強く、日傘を差して一面の黄色は素直に感動に値する。
向日葵が大好きな陽奈子の瞳にはどう写っているのか。
車椅子から見上げるその瞳はキラキラとして、眩しくて。まるで陽奈子が向日葵のようだ。
この世界の美しいものを照らす太陽に焦がれる、向日葵。

「世界は、とっても、美しいね……」

苦しそうに呟き、体力の消耗を感じたのか少し辛そうだ。
僕らは30分もしないで向日葵畑を後にした。

「すごいねぇ、綺麗だった。ねぇ、ありがとう。ありがとう」

弱々しく目を閉じ、その脳裏に向日葵を咲かせているのだろう。帰宅した陽奈子はそのままベッドで横になり、邪魔になっては悪いからと僕はお暇する。
残された時間がいよいよ僅かだと感じざるを得ない。
辛くて、苦しくて、悲しくて。

けれど僕は陽奈子の家族ではないから何もできない。
仕事がある僕は、家族ではない僕は、医師ではない僕は、本当にただ側にいることくらいしかできなくて。
ただただ己の無力さに押しつぶされそうだ。

これから先の未来を、どうか。
たくさんの今を、これからを、ふたりで歩いていきたいんです。
お願いです、神様。



「すみません、もしかしたら……急遽お休みを頂くことになるかもしれません。いつ、とは言えないんですけど……っ、」

休日にも関わらず、僕は上司に電話をしていた。
僕は陽奈子の家族ではないから、“その時”には忌引扱いにはならないけれど、働いていられるはずもないし、何よりそばに居たい。
話せば話すほどそれは現実味があって、まもなく消える灯火を静かに待つことになるのかと、涙が溢れる。柄にもなく嗚咽が漏れるほど、泣いた。
泣きながらの話に、上司は聞き取りにくかっただろうが事情を汲んで、取り計らうことを認めてくれた。
環境に十二分に恵まれている。

陽奈子。
君が僕にくれた大きな愛を、少しでも返せているだろうか?