夕食がまだだったのは僕たちだけではなかったようで、揃って食事に行くことになった。
どうやら近所の馴染みの店のようで、歩いて15分程の距離にあるらしい。

夜風が陽奈子の髪を掠める。
やがて“創作イタリアン・十六夜”と看板が出ている、瓦葺きの屋根が立派な和風な一軒家に着いた。

「こんにちはー」

暖簾をくぐり、お母さんが挨拶をするとすぐに女将さんらしき人がやって来てくれた。
和風な建物に違わず、女将さんはえんじ色の作務衣に白の前掛けといういでだちだ。
和食のお店のようでいて、イタリアンと書いてある店先の看板が間違いかと思える様だが、漂う香りは間違いなくイタリアンのそれだった。

「こんにちは!いつものお席で……あら。今日は」
「ふふふ。そうなのよー。陽奈子の彼氏」
「彼氏さん?」
「余計なことつつけば若い人たちに野暮だって言われちゃうから」
「それ言ってるも同然だけど?お母さん」
「まぁいいじゃない。そんなわけで今日は5人なの」
「はぁい、じゃあこちらへどうぞ」

通された店内はそれほど狭いわけでも広いわけでもなく、カウンターとお座敷と、テーブル席がほどよく設置されている。
奥には階段もあるけれど、その先はお店ではなく、住居スペースになっていると陽奈子から説明をうけ。
カウンターには、こちらもまたコックコートとは違う桔梗色の作務衣姿の調理中の男性。
おそらくシェフなんだろう。

「大将、こんばんは」

お父さんが声をかけると大将は会釈を返してくれる。シェフじゃなくて、大将。

通されたのは6人がけのテーブルで、メニューを見るでもなく注文するあたり馴染みの店というのは伊達ではないらしい。

「いつもの調子で注文しちゃったけど、なにか食べたいものなかった?」

どうやら芦原家の舵取りはお母さんらしいというのはさっきご挨拶したときに知った。お父さんも穏やかで優しそうだし、そんなお母さんが朗らかだから、この家族を形成して陽奈子と千夜ちゃんが育ったんだなと思うと笑みが溢れる。

「ありがとうございます。大丈夫です、初めてのところなので皆さんのオススメが食べてみたいですし」
「そう?良かった。アレルギーとかも大丈夫だったかしら?これ本当は一番はじめに聞かなきゃだめだったわね」
「アレルギーもないので、大丈夫ですよ」

そんな会話をしながら、少しずつ運ばれてくる料理を堪能する。ガーリックの香りは食欲をそそり、魚介のトマトスープは深く優しい味だ。

「美味しかった!アクアパッツァ美味しいでしょ?」
「うん。美味しかった」

しっかり食事を楽しみ、ありがとうございましたと見送られてご家族と日奈子の家へと向かう。
その近くのコインパーキングに車を止めていた。

「学くん緊張してたねぇ」
「そりゃ当たり前でしょ。そんなに神経図太くないよ」
「でもすぐに馴染んだね」
「うん。……そうさせてくれた陽奈子とご家族に感謝だよ」

数歩、前を歩いているご両親と千夜ちゃんを見ながら僕らは静かに会話をする。
やがてたどり着いた家の前でご挨拶をして、僕はひとりコインパーキングへと向かった。
いつの日か家族になるご挨拶ができたら、と夜空に想いながら。