月子(つきこ)お嬢様、庭に紫陽花が咲いておりますよ」
 開け放たれた障子窓からしっとりと水気を含んだ風が入ってくる。
 目の見えぬわたしを依里(より)が手をとって庭の紫陽花のそばへと導いてくれた。わたしの両目には生まれたすぐから常に覆いが巻かれ、外の世界を自由に見ることはかなわない。それはわたしが持つ千里眼を封印するためだ。
「だめですよ、お嬢様。(おお)いを外したら泰司(たいじ)先生が叱られます」
「分かっている。陽太(ようた)を呼んできてちょうだい」
「また陽太ですか」
 盛大なため息をついて依里はわたしの手を離すと使用人部屋へ走って行ったのが足音で分かった。
 間もなくわたしの目に柔らかな光があふれ、庭の様子を映し出した。そこに陽太が立っている。白いボタンのついたシャツに黒いズボン。肩から掛けた鞄を見るに、もう学校へ行くところなのだろう。
「おはようございます。月子お嬢様。お呼びでしょうか」
 かた苦しく肩をすぼめる陽太にわたしもお嬢様らしく言葉を返す。
「今日はわたしも学校へ行く。共に車に乗るように」
 ふたり並んで車に乗れば、流れるように過ぎ去る街の景色のそこかしこに紫陽花が咲いていた。