「リュージ=サイトウ様。大変長らくお待たせいたしました。こちらが当ギルドの証となる、ギルドカードです。身分証にもなりますので、紛失にお気を付けください」
少しすると、先程よりもますます丁寧になった女性が、ギルドカードについて説明をしてくれた。
何でも商人ギルドは、国を跨いで共通利用が出来るそうだ。
……って、この国の都市どころか、この世界の国とか地域とかを、全く知らないな。
どこかで地図が売って居たら、是非とも入手しなければ。
受け取ったカードは、交通機関が発行しているICカードみたいな感じで、銀色のカードに黒い字で俺の名前が。預金という文字と共に零の数字が書かれている。
――スキルの修得条件を満たしましたので、お店屋さんごっこ「鑑定」が使用可能になりました――
……って、このタイミングでスキルを修得?
名称的に、ギルドカードを貰って「商人」になる事が修得条件なのだろうが、お医者さんごっこに続いて、お店屋さんごっこって。
一先ず、使えるようになったばかりの、鑑定の効果が知りたいので、何か無いかと考え……持って来ていたマジック・ポーションの事を思い出した。
「あの、すみません。カードを作ってもらってすぐで申し訳ないんですけど、アイテムの買い取りをお願いしたいのですが」
「畏まりました。当ギルドのメンバーですので、もちろんすぐにお取引させていただきます」
「では、こちらなんですが」
鞄の中から持ってきたマジック・ポーションを取り出し、テーブルの上に並べて行く。
セシルの見立てでは、AランクかBランクのマジック・ポーションで、物凄く珍しい品では無いという話だったのだが、何故か目の前の女性に驚かれる。
AやBは珍しくはないけれど、一度に十本というのが多過ぎたのだろうか?
まぁいいや。一先ず、鑑定を試してみよう。
「……鑑定……」
小さく呟くと、銀色の枠が現れ、
『鑑定Lv1
マジック・ポーション
Aランク』
とだけ記載されていた。
まだレベル1だから、アイテムの説明とかは無いのだろうか。
このレベルが上がれば、いずれアイテムの説明もしてくれと助かるのだが。
机に並べたマジック・ポーションを女性が一つ一つチェックしている間に、俺も順次鑑定していくと、十本中六本がAランクで、四本がBランクという結果が出た。
それ一つを見れば分からないけど、AランクとBランクのポーションを並べて比べてみると、僅かにBランクの方が色が淡い気がする。
「サイトウ様。買い取りをご希望されているのは、こちらのマジック・ポーションでお間違えないでしょうか」
「はい。幾らくらいになりますか?」
「そうですね。いずれもBランクですが、マジック・ポーションはあまり市場に出回らず、かつ人気商品ですので、一本金貨二枚で、合計金貨二十枚ですね」
おぉ……元はヘーゼルの実――ただのへーゼルナッツが金貨だなんてボロ儲けではないだろうか。
……いや、喜ぶのはまだ早いか。もしかしたら、この世界では元となったへーゼルナッツが手に入らないのかもしれない。
女性は全部Bランクだと言っているが、実際はAランクなので、その分もきっちり貰っておいた方が良さそうだ。
「すみません。全部Bランクと仰られましたが、ここから、ここまでの六本はAランクですよね?」
「……いえ、Bランクですよ。そもそも、Bランクのマジック・ポーションですら珍しいのに、Aランクのマジック・ポーションを商人ギルドへ入りたての方が所有しているというのは、ちょっと……」
あれ? AランクやBランクのポーションって珍しいの?
セシルはAもBもセシルは普通だって言っていたよね?
どうしたものかとセシルに目をやると、
「お姉さん。お兄さんはボクの紹介なんだけどなー」
「ル、ルロワ様……で、ですが、マジック・ポーションのランクはBが妥当かと」
俺の援護をしてくれたのだが、女性は譲ろうとしない。
困った俺と、ニコニコと笑みを崩さないセシルに、泣きそうな表情の女性。
三人が膠着状態になり、暫し部屋の中を沈黙が支配すると、
「失礼。随分と静かですが、何かあったのでしょうか」
カッチリとした服装の中年男性が部屋へ入って来た。
「貴方は?」
「失礼いたしました。私は当ギルドの責任者、トーマスと申します。ルロワ様とお連れ様に何か失礼がありましたでしょうか」
責任者……所謂ギルドマスターと呼ばれる一番偉い人が出てきた。
俺は適性価格で買い取って欲しかっただけなのに……と思っている内に、セシルが口を開く。
「こちらの女性がね、ボクの友人が持ち込んだAランクのポーションをBランクだと言って、値切ろうとしているんだよ」
「値切るだなんて……私は適切な対価をお支払いするつもりで……」
「待ちたまえ。私が見よう……ステータス」
事情を察したトーマスさんが、すぐさま魔法を使用する。
おそらく鑑定と同じか、より優れた効果なのだろう。
トーマスさんの手元に銀色の枠が現れ、
『マジック・ポーション
Aランク
状態:安定
魔法力を回復する薬』
俺が言った通り、Aランクと表示されていた。
同様に全てのマジック・ポーションを確認すると、俺が言った通りの結果となった。
女性は何か言いたそうだったが、トーマスさんに指示され奥の部屋へ姿を消す。
「当ギルドの職員が失礼いたしました。申し訳ありません」
「いえ。誤解が解けたのなら、俺はそれで……」
「お気遣いありがとうございます。では早速買い取りですが、マジック・ポーションのAランクは金貨三枚、Bランクは金貨二枚となりますので、こちらをお納めください」
「ありがとうございます……って、あれ? 少し多いですよ?」
Aランクが六本、Bランクが四本なので、合計金貨二十六枚のはずが、三十枚となっている。
「ご迷惑をお掛けしたので、お詫びです。この度は、誠に申し訳ありませんでした」
「いえ。こちらこそ、あの、ありがとうございます」
おそらく口止め料なのだろうと思っていると、空気を変えたかったのか、トーマスさんが話題を変えて来た。
「ところで、お二人は暫くこの村へ滞在されるのでしょうか?」
「えぇ。暫くは観光しながらゆっくり過ごそうかと思っています。とはいえ、俺は世界を旅しているので、ある程度見たら、どこかへ移動しますが」
「観光ですか。残念ながら、この村には観光と言える程のものは無いですね。観光をご希望でしたら、乗合馬車で王都ベルナまで行った方がよろしいかと。半日程で着きますし、王城だってありますよ」
それって俺が最初に召喚された街っぽいな。
王都――日本で言う首都だったのか。確かに城もあったし、街も人が多くて賑やかだったし。
トーマスさんにお礼を言い、一先ず商人ギルドを後に。
「セシル、さっきはありがとうな」
「お兄さん、何の事?」
「俺を保証するって言ってくれた事だよ。セシルが居なければ、せっかく作ったポーションも買い取ってもらえなかったんだろ?」
「そうなのかもしれないけど、ボクはお兄さんが作ったポーションでお金を稼いで貰わないと困るからねー。これから暫くお世話になる訳だし、食事には有り付きたいよね」
おぉっと、そういう理由か。
まぁ分かり易くて良いけどさ。
「でも、ボクも食費くらいはちゃんと稼ぐからさ」
「何か商売でもするの……というか、元々商人なのか?」
「ボク? ううん、ボクは商人ではないけど、その代わり……これだよ」
村の中を歩いていると、舗装されていないむき出しの地面から、黄色い花を摘む。
「これはアルニカルっていう花なんだけど、鎮痛効果のある薬草なんだー」
「そうなんだ」
「うん。この辺りに住む人は知らないみたいだけど、お兄さんも知らなかったんだね。ボクは植物の知識があるから、ポーションの材料になる薬草を見つけたら教えてあげるよ」
「なるほど。そうすれば、またポーションにして、売る事が出来るな」
「そうそう。薬草をそのまま売るよりも、ポーションにしてから売った方が、高く売れるしね」
確かにセシルの言う通りかもな。
スキルで調合出来ているだけで、俺自身は薬草や薬の知識なんて無いからね。
セシルが薬草について教えてくれるのは非常に助かる。
ただ、まだ中学生くらいだというのに商人ギルドへ顔が効いたり、植物に詳しかったりと、セシルは何者だろうかとも思うけど、詮索されたくないのは俺も同じだ。
異世界から来たって言っても、信じてもらえないだろうし。
時々道端に生えている薬草を摘みながら、特にアテも無く歩いていると、丘の上に到着した。
「お兄さん。この辺に生えているのは、殆ど薬草だよー」
「分かった。程度に摘むよ」
セシルに教えて貰いながら薬草を摘み、何気なく村を眺めてみた。
「家の屋根が赤色で統一されているんだね」
眼下に並ぶ家は整列している訳ではないし、大きさや形だってバラバラだけど、屋根の色だけは赤色で統一されている。
単に屋根に使われる材料が同じだけなのかもしれないけど、日本では見られない風景だ。
「お兄さんは、こういうのが好きなの?」
「俺の生まれ故郷では家の大きさも、形も色も、バラバラだったからね。こういう風景を見ているのは面白いよ」
「なら、ボクのお気に入りの場所へ連れて行ってあげる。お兄さんは、きっと好きになるよー」
暫くモラト村の風景を楽しんだ後、村で昼食を済ませ、ついでに食材も買う。
実家を呼び出すと、買った食材を冷蔵庫にしまい、続いて薬草を調剤室へ。
様々な種類の薬草を摘んだので、仕分けまでやるべきなんだけど、今は調剤室の隅へ積み上げておいた。
城魔法を使えば手ぶらで旅が出来るし、宿も不要だし、どこかへ移動している途中でも野宿をしなくても良い。
はっきり言って凄く役立つスキルなんだけど、荷物の仕分けや整理は面倒かな。
何か改善策を考えなければと思いつつ、一階へ戻ると、
「お待たせ……って、寝てるっ!?」
ベッドでセシルが小さな寝息を立てて眠っていた。
すぐに起こすのも可哀そうなので、先に夕食の仕込みだけ済ませる事に。
「コンロは魔力の流し方が分からないからセシルに頼むとして、炊飯器はそのまま使えそうだから、米を炊いておこう」
モラト村が田舎だからか、米みたいな物が買えてしまった。
野菜と肉も切って、後は焼くだけの状態にして、冷蔵庫へ仕舞い、夕食の準備が終わる。
「セシル。そろそろ起きてー」
「んー……お兄さん。準備は終わったのー?」
寝起きのセシルを改めて見てみると、やっぱり細い。
よし、後で肉を足しておこう。
「俺は終わったから、セシルのお気に入りの場所へ連れて行ってよ」
「うん。ついて来てー」
実家から出ると、村へ入らず林の中へ。
時々薬草を摘みながら獣道を歩いて行くと、
「着いたよー。どうかなー?」
「凄い! 幻想の世界へ来たみたいだ!」
木々に囲まれた綺麗な湖が現れた。
人工物が一切無く、湖の周りには花が咲き乱れ、蝶々が舞っている。
「こんなに綺麗な湖は初めて見たよ」
「ふふっ。お兄さんが気に入ってくれて、良かったよ」
暫く湖の周りを散策し、幻想的な風景を楽しんだ後、今日は湖の近くで寝ようという話になった。
とはいえ、実家を出して雰囲気を壊すのは嫌なので、少し林の中へ入っているけど、三階の俺の部屋から湖は十分見える。
実家の窓から綺麗な湖が見えるなんて、物凄く贅沢だ。
「お兄さん! これは何!?」
窓の外を眺めていると、セシルが俺の部屋にあった大量のラノベや漫画を見つけて驚いている。
しまった。この世界では本が珍しいのかも。
「俺の国の本なんだけど……」
「本は分かるんだけど、古典から最近の物まで殆ど読んだはずなのに、ここにある本は見た事が無いよっ!」
だろうな。ラノベはまだしも、漫画なんて無いだろうし。
しかし、セシルが本を殆ど読んでいるって事は、そもそも本が少ないって事なんだな。
日本では本を全て読むなんて、一生掛かっても無理だろうし。
「お兄さん。どれか読んでも良い?」
「構わないよ。どんなのが好みなんだ? 冒険ものとか、ラブコメとか」
「ラブコメ? ボクは恋愛話が好きかな」
「分かった。ただ俺は純文学みたいなのは持ってないからな?」
セシルは全くピンと来ないみたいなので、一先ず王道の学園ラブコメを渡しておいた。
「お兄さん! 本に女の子の絵が描いてある! めちゃくちゃ上手だし、紙の質も凄い!」
あー、ラノベだからね。
漫画は文化が違い過ぎるから、ラノベの方が良いと思ったけど、正解だったな。
表紙でこれなのだから、漫画だとどうなっていたか。
セシルが黙々とラノベの世界へ入り込んだので、俺も再び異世界の景色を楽しむ事にした。
暫く景色を眺めていると、日も落ちてきたし、そろそろ夕食の準備を始めても良いだろう。
「セシル。コンロに火を点けて欲しい……って、セシル? おーい、セシルー」
セシルがゴロゴロしながらラノベに没頭している。
そのラノベは日本でメチャクチャ売れているし、俺も凄く好きだから気持ちは分かるけどね。
「セシル。セシルってば」
「わひゃぁっ! お、お兄さん。いきなりどうしたの?」
「いや、晩御飯を作るから、コンロを点けて欲しいんだ」
「え? 別に良いけど」
何度声を掛けても気付かないので、ゴロゴロしていたセシルのお腹に手を置いて揺すったら、思いのほか驚かれてしまった。
相当ラノベにのめり込んでいたらしい。
移動しながらもラノベは手離していないし、リビングで読むのだろう。
「強めの火力でお願い」
「いいけど、ボクに頼まなくても、お兄さんが自分で魔力を流せば良いんじゃないの?」
「やってみたんだけど上手くいかなくてさ。とりあえず食事を作るから座って待っててよ」
そう言うと、セシルがソファへ座り、再びラノベの世界へと入り込む。
炊飯器は、ちゃんとお米が炊きあがっていたし、これなら異世界でも食事で困る事はなさそうだ。
「よし、出来た! セシル、ご飯だよー!」
「あ、ご飯だね? お兄さん、ありがとー」
今度は割と早く気付いてくれたので、冷めない内に作った肉野菜炒めを食べ始めるんだけど、
「お兄さん。ボク、こんなに沢山食べられないよ?」
「育ち盛りなんだから、遠慮しなくて良いって」
「そんな事言われても……ごめんね」
増し増しにした大盛りの肉野菜炒めを、殆ど俺の皿へ移されてしまった。
俺が子供の頃は、あれくらい食べていた気がするんだけどな。
そんな事を思いながら、ご飯を食べていると、
「ところでお兄さん。今読んでいる物語に出てくる、学校って何?」
困った質問が出てきた。
この世界……いや、少なくともこの国に学校は無いのか。
「俺の故郷にある、子供が集まって、皆で教育を受ける場所だよ」
「教育って、政治とか?」
「そういう勉強も無い訳じゃないけど、数学……計算だとか、国の歴史とかだよ」
「ふーん。じゃあファミレスっていうのは?」
セシルからラノベに出てくる物の質問攻めにあったものの、食事を終え、次は風呂だ。
昨日はバタバタして入れなかったから、今日は湯船にゆっくり浸かりたい。
どういう仕組みかは知らないけれど、水は出るから、お湯もいけるのではないだろうか。
というか、出てくれ! やっぱり温かい風呂に入りたいんだ!
祈るような気持ちで風呂場へ移動し、レバーを動かすと……
「出た! これで風呂に入れる!」
蛇口からドバドバとお湯が出てきた。
石鹸は日本の形そのままで四角いのが置かれてあり、シャンプーはボトルの代わりにビンの中に入っていた。
容器はどうあれ、使えるのならそれで良いだろう。
「セシル、風呂の準備が出来たぞー」
「お風呂まであるんだー。本当に凄いね」
しまった。
当たり前に風呂へ入ろうとしていたけど、風呂は貴族だけしか使えないのだろうか。
でも今更だし、俺は風呂へ入りたいしな。
「セシル、先に入る?」
「一人で入るの!? お兄さん、一緒に入ろうよー」
「流石にお風呂は一人で入ろうよ」
「えぇー」
親とお風呂へ入るのは小学校の低学年くらいまでじゃないの?
異世界だからかもしれないけれど、嫌がるセシルを説得し、何とか一人でお風呂へ入って貰う事にした。
セシルには悪いけど、お風呂はのんびりゆっくり入りたいからな。
風呂へ入ってもらったものの、セシルの着替えが無い事に気付いた。
俺の服は異世界へ来た直後に買ったし、下着類は実家にある物を着れば良いけど、セシルとサイズが違い過ぎる。
……もしかして妹――芽衣の服ならサイズが合うのではないだろうか。
芽衣の部屋でクローゼットを漁ると、Tシャツと短パンに、パンツが出て来た。
シャツと短パンはともかく、パンツは……でも、他に選択肢が無いので、仕方が無いよな。
芽衣の服を手に脱衣所へ戻ると、
「お兄さん……どこー」
びしょ濡れのまま、元々着ていたパンツだけを履いたセシルがキョロキョロしていた。
「ごめん。タオルの場所を言ってなかったね。はい、どうぞ」
「どうぞ……って、自分で拭くの?」
「え? 自分で拭かないの?」
お風呂へ一人で入らなかったり、身体を自分で拭かなかったりと、文化に違いがあるのは異世界だから? それとも実は貴族の息子だとか?
今のまま放っておけないので、セシルの身体を拭いていき、
「セシル。パンツ脱いで」
「ど、どうして?」
「びしょ濡れだし、新しいパンツを用意したから……履ける?」
「凄く滑らかな肌触りだね。サイズは少し大きいかもしれないけど、大丈夫だよ」
大丈夫なのか。いや、持ってきた俺が言うのもなんだけど、女性物のパンツとかは気にしないのか。
「いや、セシル。パンツを脱いでよ」
「お兄さん、脱がせてー。一人で脱いだり履いたりするのは大変なんだよー」
……うん、わかった。セシルは貴族の息子だね。
口には出さないでおくけど、商人ギルドに顔が効いて、学校が無い国なのに本が読めて、一人で着替えが出来ない。
間違いないな。
「じゃあ、後ろを向いて。足元まで降ろすから足を上げて……うん。それで良いよ」
目の前に居るのはセシルだけど、真衣ちゃんを相手にしていると思いながら、パンツを脱がせ、濡れていたお尻や脚を拭いていく。
しかし身体を見て思ったけど、やっぱり筋肉が少ないな。太もももムニムニして柔らかいし。
これから少しずつセシルの食事の量を増やしていかなければ。
けど、その割に肌は綺麗なんだよな。スベスベしてるし。これが若さだろうか。
「お兄さん。ありがとー」
女性用のパンツだからお尻の部分が大きいはずだけど、何故かあまり違和感がないな。
セシルは栄養がお尻に行っているのか?
髪の毛をしっかり拭いて、シャツと短パンを着せてみると、
「わぁ。凄く着心地の良い服だね。お兄さん、ありがとう」
女性向けのデザインだからか、男の娘みたいになってしまった。
セシルは気付いていないだろうけど、心の中で謝り、俺もお風呂へ。
暫く湯船でゆっくりした後、身体を洗おうと思ったけど、何故か石鹸が濡れていない。
ついでに言うと、シャンプーの瓶も濡れていなかった。
「流石に身体を洗ってあげるのは勘弁願いたいな」
仕方がないので、明日一緒に風呂へ入り、身体の洗い方を教えようか。
苦笑交じりにお風呂と着替えを済ませ、日本と同じように使えた洗濯機を動かしてからリビングへ戻ると、セシルが一心不乱にラノベを読んでいた。
「セシル。そろそろ寝ようか」
「もう少しだけー」
「じゃあ、次のキリが良い所で終わりだからね」
無言のままコクコクと頷くセシルを視界の端で確認し、俺は三階へ。
昨日は疲れていたから一階のベッドで寝たけど、自分のベッドで寝たい。
一人でお風呂や着替えが無理なセシルだけど、寝るのは一人でも大丈夫だろう。
そう考えながらリビングへ戻った所で、タイミング良くセシルが声を掛けてきた。
「お兄さん。キリの良い所まできたよー!」
「じゃあセシルはどこで寝る? 俺は三階で寝ようと思うんだけど」
「じゃあ、ボクもー」
「同じ部屋じゃなくても大丈夫だよな?」
「え? う、うん」
「じゃあ俺はこっちの部屋で寝るから、セシルはこっちの部屋を使ってくれ。あと、その部屋の服は自由に着て構わないから。おやすみ」
「お、おやすみー」
とはいえサイズは合っても、異世界の服とデザインが違い過ぎるし、芽衣がスカート派だったから着られるズボンは無いかも。
そんな事を考えながら、久々に実家の自分のベッドで眠りに就いた。
翌朝。カーテンの隙間から入り込む朝日で目が覚める。
久しぶりに実家のベッドで眠ったからか、それとも空気が旨いからか、やけに寝心地が良かった。
まるで人肌に触れているような、柔らかくて温かさを感じていたのだが、異世界へ来てベッドの質が上がったのだろうか。
「って、今も何か触れてる?」
下半身に何かが触れている気がして、毛布を剥がしてみると、何故かセシルが眠っていた。
「なんでだよ。セシル……朝だよ」
「んー。お兄さん、おはよー」
「おはよう。で、どうしてこんな所で寝ていたんだ?」
「あはは。いつもは一人で寝てたけど、人の温もりを知っちゃうとねー」
その言い方だと、誰かと一緒に寝た事がないように聞こえるんだが。
流石に今の年齢では無いだろうけど、幼い頃は親と一緒に寝るよね?
でも貴族の息子だから、両親の温もりを知らずに育ったとか!?
それは……悲し過ぎる!
「分かった。これから俺と一緒に寝る?」
「いいの!?」
「あぁ。お風呂も一緒に入ろうか」
「やったぁ! お兄さん、ありがとう!」
セシルが大喜びで抱きつくから、父親になったみたいだ。
「とりあえず朝食にしようか。先ずは着替え……これも少しずつ自分で出来るようになろうな」
「えー。それはお兄さんにしてもらいたいなー」
「それは少し甘え過ぎかな。とはいえ、ゆっくり覚えていけば良いさ」
手早く着替えを済ませると、セシルの着替えを手伝う。
手伝うと言っても、セシルは立ってされるがままになっているだけだが。
それからリビングへ移動し、二人で朝ごはんを食べていると、
「お兄さん、伏せてっ!」
突然セシルが叫び、訳が分からないままテーブルの下へ潜り込むと、家全体が大きく揺れる。
「地震か!?」
「ううん。何かは分からないけど、家に大きな魔力がぶつかったみたい」
異世界とか魔力とか、正直良く分からないけど、家が壊れて無ければ良いのだが。
一先ず家の外を確認しようと思い、玄関から外へ。
扉を閉めず、開けっぱなしにして周囲を見て回ると、中学生くらいの少女が倒れてた。
「大丈夫か?」
「……ぅぅ」
セシルの時と違って物凄く苦しそうだし、寝ている訳ではないだろう。
「そうだ、診察だ!」
動かしても大丈夫だろうか。
けど、クリニックへ運び込めば、お医者さんごっこスキルで助けられるかもしれない。
「セシル! 扉を閉めずに来て! 女の子が倒れているんだ!」
「これは……お兄さん! この子、何か強力な魔法の呪いを受けているよ!」
「呪い!? いや、それより中へ運ぼう。手伝って!」
女の子を慎重にクリニックのベッドへ寝かすと、急いで聴診器を手に取る。
緊急事態だからとワンピースを少し脱がし、胸に手を当て、
「診察!」
『診察Lv1
状態:七日呪い』
現れた銀色の枠を見ると、七日呪いという状態が表示されていた。
「セシル! 七日呪いって何!?」
「ごめん、聞いた事も無いよ」
七日呪いって何なんだ!?
「調べてくるから、この子を看てて!」
セシルの返事も待たずに調剤室へ。
あの呪いが何かは分からないけど、調剤室には大量の薬草がある。
一つくらい、呪いを解く薬草があるはずだっ!
「鑑定!」
「鑑定!」
「鑑定!」
得たばかりの新たなスキルで、調剤室にある薬草を片っ端から調べる。
今の鑑定レベルでは薬草の名前しか分からないけど、時々貼られたラベルと違う名前の薬草もあるし、それらしい名前の薬草があるはずだっ!
「鑑定! 鑑定! 鑑定……」
だが、草花やポーションの名前が表示されるだけで、解呪草みたいな分かり易い名前の薬草は出て来ないが、
――スキルのレベルが上がりました。お店屋さんごっこ「鑑定」がレベル2になりました――
唐突に鑑定スキルのレベルが上がったという声が響く。
「鑑定!」
『鑑定Lv2
ロニセーラ
Cランク
解毒効果がある』
レベルが上がったからか、鑑定に簡単な説明が付与されてる!
これなら効能が確認出来ると、改めて最初から鑑定をやり直す。
そして遂に、
『鑑定Lv2
クレイエルの葉
Bランク
浄化効果がある』
それっぽい薬草を見つけた。
呪いっていうくらいだから、浄化すれば解呪出来るはず!
緑色の尖った葉っぱを数枚手にして、すり鉢の中へ入れる。
「調合!」
何故か無色透明の液体になったが、これを鑑定すると、
『鑑定Lv2
クリア・ポーション
Aランク
解呪効果がある』
出来た。解呪効果って書いてあるし、きっと治せるはずだっ!
すり鉢からビンに移し替え、急いで少女の元へ持って行った。
苦しむ少女の口に作ったばかりのクリア・ポーション(A)を飲ませると、表情が穏やかになっていく。
「診察」
『診察Lv1
状態:病み上がり』
再び聴診器を使って診察を行うと、「病み上がり」に変わっているので、おそらく解呪されたのだろう。
「お兄さん。この子、もう大丈夫なの?」
「うん。大丈夫なはずだよ」
「良かった……って、お兄さん。『診察』ってなぁに?」
「あー、どんな薬が必要なのかを調べる事が出来るスキルなんだ」
「じゃあ、お医者さんでもあるんだ! 凄い!」
実際はなんちゃってスキルだけどね。
「……ん。……あ、あれ?」
「気付いた? もう苦しく無い?」
「はい。貴方たちが助けてくれたの?」
「一応ね。随分と苦しそうだったけど、どうしたの?」
「それが、私にも分からなくて」
改めて見てみると、中学生くらいの小柄で可愛らしい少女で、茶色い髪の毛の中から猫耳が生えているので、思わずモフモフしたくなる。
「私の耳ばかり見て、どうかしたんですか?」
「いや、初めてみたから」
「え? 猫耳を始めて……って、ここは何ていう地名なんですか?」
「セシル、分かる?」
良く考えたら、俺この国の名前すら知らないや。
召喚された時に、いろいろ聞いておくべきだったな。
「お姉さん。シュヴィーツァ国のモラト村だよ。ここはお兄さんのお家の中」
「聞いた事が無い国です。この辺りでは、私のような獣人族は少ないんですか?」
「少なくともボクは聞いた事がないよ。遥か東に行けば、獣人族が居るって聞いた事はあるけど」
「そう……ですか」
セシルの言葉で、猫耳の少女ががっくりと項垂れる。
そりゃそうだろう。俺だって、この世界へ来た直後はビックリして途方にくれたしな。
「もしかして、誰かに召喚魔法で呼ばれたとか?」
「お兄さん。どうして召喚魔法なんて知っているの? あれは教会の秘術なのに」
「え? いや、何となくそんな気がしたんだよ……というかセシルこそ、どうしてその秘術を知っているの?」
「それは……秘密って事で」
セシルが貴族の息子の様に、俺も召喚魔法で呼ばれた異世界の住人なんだよね。
誤字で誤って呼び出されたんだけど。
そんな事を考えていると、少女が口を開く。
「気を失う直前に、家族を引き裂いて呪いを……って言葉が聞こえた気がします」
「家族? 呪い?」
「はい。私のお父さんが冒険者で、魔王の城へ挑む程の最前線に居るので、魔王の呪いが私やお母さん、妹に来たとか?」
「……正直に言うと、君は呪いが掛けられていて、凄く苦しんでいたんだ。幸い、解呪出来たんだけどさ」
「じゃあ、やっぱりあの言葉は家族全員に!? あの、助けてくれてありがとうございました。いつか必ずお礼に来ますから」
「ちょっと待って。まだ起き上がっちゃダメだよ。君はさっきまで物凄く苦しんで居たんだよ!?」
「でも、お母さんや妹を探さなきゃ……」
少女が立ち上がろうとして、ふらついたので、すぐにベッドへ寝かせる。
診察した時も、病み上がりって表示だったし、無理はさせられない。
「お姉さん。家族を探すって、どこに居るのか分かっているの?」
「分からないけど、絶対に探してみせます!」
「どうやって?」
「で、でも家族なんですっ! 絶対に再会するんですっ!」
「……家族かぁ」
泣きそうな少女を看て、セシルが困惑している。
猫耳少女が持つ家族愛に戸惑っているのは、セシルに家族の愛情が足りていないからだろうか。
「お嬢ちゃん、名前は?」
「私? アーニャ。アーニャ=スヴォロフですが」
「アーニャ。俺は旅の薬師だから、旅先でアーニャの家族の情報が得られるかもしれないし……俺たちと一緒に来ないか?」
「え? それって……私の家族を一緒に探してくれるっていう事ですか?」
「うん。もしも手掛かりとなる情報が得られたら、すぐにそこへ言っても構わない。元々の目的は観光だし。セシルも別に構わないだろ?」
複雑な表情を浮かべるセシルに話を振ると、
「……お兄さんがそう決めたのなら、構わないよ」
肯定してくれた。
「ありがとうございます! あの、家事でも何でもするので、これからよろしくお願いしますっ!」
そう言ってアーニャが上半身を起こし、深く頭を下げると……ワンピースがズレ落ち、小さな膨らみが露わになる。
「あ、さっき脱がしたから……」
「え? 脱がした?」
「違うんだっ! 医療行為だから! 診察するためには胸に触れないといけないから!」
「私が寝ている間に胸を触ったんですか!?」
「違うんだぁぁぁっ!」
猫耳少女アーニャと一緒に旅をする事になったものの、ちょっと微妙な空気になってしまった。
「私を助けるために、服を脱がせたと……」
「そうなんだよ」
アーニャの服が脱げた事を、診察スキルのためだと話し、何とか理解してもらえた。
この世界では、教会に寄付して回復魔法を掛けてもらうかポーションを飲むかの二択しかないので、そもそも医者が何か知らないアーニャへの説明が大変だった。
「俺は、診察と調合で薬を売って世界を回ろうと思うんだ」
「ボクは薬草の知識があるから、調合に使える材料を集めて、お兄さんに渡してるんだー」
「俺は薬の知識はあるけれど、野生の草が薬草か否かの判断が出来ないから、セシルの知識は本当に助かっているよ」
そう話した後、改めてセシルの紹介をすると、アーニャが困ったように眉をひそめる。
「二人ともお仕事が……でも私は、そんな知識は無いから、家事くらいしか出来ないです」
「家事が出来るの!? もしかして、料理も作れる?」
「家庭で出す分には普通に出来ますけど?」
「それは本当に助かる。俺もセシルも料理は出来ないからさ」
「そうなんですか? 今まで食事はどうされていたんですか?」
「露店で買ったりしてたかな。昨日は野菜炒めを作ったけど」
改めて考えてみると、中華スープとか醤油とかを使って日本でチャーハンくらいは作っていたけど、そういった物がないこの世界で、同じ様に作れるかと言われたら無理だな。
昨日の野菜炒めだって、味付けは塩だけだったし。
「では、全力で家事をするので、どうか私を連れていってください!」
「こちらこそよろしくね。見ての通り寝る場所はあるから、食事さえ確保出来ればどこにでも行けるよ」
「見ての通り……って、ここはリュージさんのお家ですよね? でしたら、旅に出ると戻って来れないのでは?」
「確かにここは俺の家なんだけど、スキルでどこにでも呼べる家なんだ」
「……はい?」
「見た方が早いかな。ついて来て」
バイタル・ポーションを使い、病み上がりから健康状態になったアーニャを連れて家から出ると、
「変わった形のお家ですね」
「あぁ、俺の故郷の家……いや、その話は置いといて、よく見ててね」
パタンと扉を閉めると、光に包まれて家が消える。
「えぇぇっ!?」
「もう一度見ていてね。今度はこっちで……サモン」
俺の言葉で、少し位置と向きが変わった状態で家が現れた。
「スキルで家を呼び出せるから、どこでも安全に眠れるよ」
「す、凄いです」
説明が終わったので二階のリビングへ移動すると、セシルがソファでラノベを読んでいる。
「そういえば、セシルが家の中に居るまま家を消しちゃったけど、大丈夫だった?」
「別に何も無かったよ?」
「そっか。でも、次からは外へ出る時に声をかけるね」
薬草を入れたりしていたから問題ないとは思っていたけれど、中に誰かが残って家を消したのは初めてだったな。
何事も無くて良かったけど、気を付けないと。
一人で反省していると、アーニャがキッチンを見て声を上げる。
「リュージさん! 炊飯器があるじゃないですか! こっちはコンロがある! しかも、お魚が焼けるグリル付き! 物凄くキッチンに凝ってますね!」
「……あ、うん。どうせなら美味しい料理が食べたいからね……俺は作れないけど」
「私の家よりも、調理器具が沢山……包丁も数種類あるんですね」
母さんが料理好きだったから、フォークだけでも数種類あるし、和食器も洋食器も結構な数がある。
俺は持て余していたけれど、アーニャならしっかり活用出来そうだな。
「キッチンの確認も兼ねて、簡単にお昼ご飯の下ごしらえをしても良いですか?」
「もちろん。食材は昨日沢山買ったから、冷蔵庫にあるものは何でも使って良いからさ。もちろん調味料も」
「……調味料? まさか塩ですか?」
「うん。塩はそっちで、砂糖はこっち。あと胡椒がそこにあるね」
残念ながら、味噌や醤油が良く分からない白い液体に変わっている。
アーニャなら分かるのかな?
「塩はまだしも、砂糖に胡椒って……リュージさんは貴族なんですか!?」
「貴族!? 俺は貴族じゃないけど、ストックだってあるはずだから、気にせず使って良いからね」
この世界で調味料は貴重なのか。
一先ずアーニャの作業を見学していると、見事に野菜を切っている。
中学生でこの手際は素晴らしいな。
「凄いね、アーニャ。その歳で、そんなにテキパキ動けるなんて」
「そっか。こっちは獣人族が珍しいんでしたっけ」
「そうだけど、どうかしたの?」
「いえ、私は幼く見えるのかもしれませんが、これでも二十歳ですから。人間より寿命が長いので、成長がゆっくりなんです」
マジか。
十三歳くらいだと思っていたアーニャが二十歳……やっぱりここは異世界で、日本の常識は通じないみたいだ。
一先ずこれから俺たちがどうするかを決める事にしたんだけど、目的はアーニャの家族を探す事だ。
だが、……どこへ行けば良いかというアテが無い。
「情報収集なら人が多い場所が良いと思うんだけど、どうだろう?」
「そうだね。貿易が盛んな街だと、人の出入りが多いから、いろんな国の事が分かるんじゃないかなー?」
「おぉー、流石セシル。なるほどねー。じゃあ、この近くで貿易が盛んな街はどこだろ? やっぱり王都?」
「詳しくは知らないけど、王都は違う気がするよー。なんでも王都に商品を持ち込むと、税金が高いとか何とかで、貿易はそんなに盛んじゃないって聞いた事があるから」
セシルは凄いな。貴族の息子――って、俺がそう思っているだけだが――ならではの情報だ。
「あのっ。貿易なら港町が盛んではないでしょうか?」
「じゃあアーニャの言う通り、海を目指してみよう」
「そうですね……って、私、どっちに海があるか分からないんですけどね」
うん。俺も分からないよ。
こういう時はセシルに聞いてみるのが一番だと思うんだけど、何故か当のセシルが不思議そうな表情を浮かべている。
「セシル、どうかしたのか?」
「えっと、二人とも普通に話していたけど、港町とか海って何?」
「そうか、セシルは海を知らないの!?」
「うん。話からすると、貿易が盛んになる要素があるんだよね?」
「あぁ。だが、セシルが海を知らないって事は、この辺りに海が無いって事なんだろうな」
「お兄さん。だから、その海って何なのさー」
思わずアーニャと顔を合わせ、二人がかりでセシルに海と港町について説明していくが、
「二人が言っている海や港町っていうのは何となく分かったけど、この国は元より、近くに海なんて無いと思うよ?」
悲しい答えが帰って来てしまった。
「うーん……あ! 商人ギルドは? そこなら、貿易みたいな事もやっているんじゃないかな」
「良いんじゃないかな。けど、この村の規模だと貿易なんて大きな取引は望めないから、商人ギルドの本部に行ってみようよ。ただ、ボクも本部の場所までは知らないから、商人ギルドへ聞きに行こう」
アーニャも連れて商人ギルドへ行くと、受付の女性が俺たちを見た途端に奥へと引っ込み、ギルドマスターであるトーマスさんが現れた。
今日はセシルが俺の後ろに隠れていなかったからなんだろうけど、本当にセシルはどういう立場なのだろうか。
「セシル様、サイトウ様。本日は当ギルドへどのような御用件でしょうか」
「すみません。そんな大した用事では無いんですけど、商人ギルドの本部がどこにあるのか教えて欲しいんですよ」
「本部でございますか? 私も一度か二度程しか行った事がないのですが、ヂニーヴァの街にございます」
「ヂニーヴァ……って、近いですか?」
「いえ、遠いですね。ここから南西の方角にあるのですが、通常でも馬車で十日程掛かるかと」
馬車で十日って、それメチャクチャ遠いよね。
王都からこの村までの半日でさえ、する事がなくて結構苦痛だったのに。
「ん? 通常でも……って、今は通常ではない何かがあるんですか?」
「えぇ。二日前に起きた大きな地震で、西へ繋がる街道が崩れてしまったのです。そのため、それを知らずに出発していた馬車も軒並み戻ってきておりまして」
大きな地震があったのか。
地震は怖いからな……って、二日前? あれ? それって……
「あぁ、あの地震は凄かったね。とてつもなく大きな魔力が働いたのを感じたよ」
「なんと、魔力ですか! セシル様が仰るのであれば、お間違いないでしょう。何か良からぬ事が起こらなければ良いのですが」
セシルが魔力がどうとか言っているけど、もしかしてその地震って、俺を異世界召喚した時に起きたんじゃないかな?
異世界召喚って、きっと凄い魔法なんだよね? まぁ俺は間違って、勝手に呼ばれた側なんだけどさ。
「ここから直接行けないのであれば、一度王都へ戻った方が良いんですか?」
「そうですね。王都からですと南周りの街道がありますが……かなり遠回りになるため、おそらく二十日以上かかるのではないかと」
「二十日以上!? 流石にそれは厳しいかな」
十日でもどうかと言うのに、その倍以上掛かるのは勘弁願いたい。
けど、歩いて行けばもっと時間がかかるだろうし、自分で馬を調達して……って、馬なんて乗った事ないよ。
どうしたものかと考えていると、
「そうだ。お兄さん、一先ず南西に行ければ良いんだよね?」
「あぁ。その崩れた街道さえ抜けられれば、次の街で馬車があるだろうし」
「じゃあ大丈夫。きっと何とかなるよ」
セシルがニコニコと微笑みかけてきた。