暫く景色を眺めていると、日も落ちてきたし、そろそろ夕食の準備を始めても良いだろう。

「セシル。コンロに火を点けて欲しい……って、セシル? おーい、セシルー」

 セシルがゴロゴロしながらラノベに没頭している。
 そのラノベは日本でメチャクチャ売れているし、俺も凄く好きだから気持ちは分かるけどね。

「セシル。セシルってば」
「わひゃぁっ! お、お兄さん。いきなりどうしたの?」
「いや、晩御飯を作るから、コンロを点けて欲しいんだ」
「え? 別に良いけど」

 何度声を掛けても気付かないので、ゴロゴロしていたセシルのお腹に手を置いて揺すったら、思いのほか驚かれてしまった。
 相当ラノベにのめり込んでいたらしい。
 移動しながらもラノベは手離していないし、リビングで読むのだろう。

「強めの火力でお願い」
「いいけど、ボクに頼まなくても、お兄さんが自分で魔力を流せば良いんじゃないの?」
「やってみたんだけど上手くいかなくてさ。とりあえず食事を作るから座って待っててよ」

 そう言うと、セシルがソファへ座り、再びラノベの世界へと入り込む。
 炊飯器は、ちゃんとお米が炊きあがっていたし、これなら異世界でも食事で困る事はなさそうだ。

「よし、出来た! セシル、ご飯だよー!」
「あ、ご飯だね? お兄さん、ありがとー」

 今度は割と早く気付いてくれたので、冷めない内に作った肉野菜炒めを食べ始めるんだけど、

「お兄さん。ボク、こんなに沢山食べられないよ?」
「育ち盛りなんだから、遠慮しなくて良いって」
「そんな事言われても……ごめんね」

 増し増しにした大盛りの肉野菜炒めを、殆ど俺の皿へ移されてしまった。
 俺が子供の頃は、あれくらい食べていた気がするんだけどな。
 そんな事を思いながら、ご飯を食べていると、

「ところでお兄さん。今読んでいる物語に出てくる、学校って何?」

 困った質問が出てきた。
 この世界……いや、少なくともこの国に学校は無いのか。

「俺の故郷にある、子供が集まって、皆で教育を受ける場所だよ」
「教育って、政治とか?」
「そういう勉強も無い訳じゃないけど、数学……計算だとか、国の歴史とかだよ」
「ふーん。じゃあファミレスっていうのは?」

 セシルからラノベに出てくる物の質問攻めにあったものの、食事を終え、次は風呂だ。
 昨日はバタバタして入れなかったから、今日は湯船にゆっくり浸かりたい。
 どういう仕組みかは知らないけれど、水は出るから、お湯もいけるのではないだろうか。
 というか、出てくれ! やっぱり温かい風呂に入りたいんだ!
 祈るような気持ちで風呂場へ移動し、レバーを動かすと……

「出た! これで風呂に入れる!」

 蛇口からドバドバとお湯が出てきた。
 石鹸は日本の形そのままで四角いのが置かれてあり、シャンプーはボトルの代わりにビンの中に入っていた。
 容器はどうあれ、使えるのならそれで良いだろう。

「セシル、風呂の準備が出来たぞー」
「お風呂まであるんだー。本当に凄いね」

 しまった。
 当たり前に風呂へ入ろうとしていたけど、風呂は貴族だけしか使えないのだろうか。
 でも今更だし、俺は風呂へ入りたいしな。

「セシル、先に入る?」
「一人で入るの!? お兄さん、一緒に入ろうよー」
「流石にお風呂は一人で入ろうよ」
「えぇー」

 親とお風呂へ入るのは小学校の低学年くらいまでじゃないの?
 異世界だからかもしれないけれど、嫌がるセシルを説得し、何とか一人でお風呂へ入って貰う事にした。
 セシルには悪いけど、お風呂はのんびりゆっくり入りたいからな。