「あの結界まで頑張ろう! レイスは結界から外に出られないはずだ!」

 何の根拠も無いが、二人と自らを鼓舞するために、結界まで逃げようと口にする。
 だが足止めが出来たホーリー・インセンスはもう無いので、とにかく走るだけだ。
 少し後ろを見てみると、半透明の奴が一気に間を詰めていた。
 こっちの奴には風の魔法が効くけど、後方の煙幕まで飛ばしてしまうで使う事が出来ない。
 待てよ。セシルの魔法が効くなら、クリア・ポーションも効くのでは? ……と、振り向き様にかけると、音も無く消滅した。

「効いた! レイスの手下はポーションで倒せる! 俺は最後尾でこいつらを倒すから、二人は先に行って!」

 迫り来る半透明の奴にクリア・ポーションを掛けながら、俺も二人の後を追う。

「リュージさん! 結界が見えました!」

 あそこまで行けば逃げ切れる!
 アーニャの言葉で内心安堵したが、

「お兄さん! 後ろにカース・タッチが来るっ!」

 白い腕が伸びてきたので、クリア・ポーションをかけ……効かないっ!
 すぐそこが結界なのにっ!
 何とかならないかと必死で考えた結果、手にしていたクリア・ポーションを走りながら口に含む。
 直後に白い腕が伸びてきたので、俺に触れた瞬間……口に含んでいた薬を飲み込んだ。

「……よし、効いて無い! 白い腕は俺が防ぐから、二人とも走って!」
「お兄さん!? レイスのカース・タッチを無効化って、一体どうやったの!?」
「そんなのは後! とにかく走れっ!」

 二本目を口に含んで再び走り、白い腕が俺に触れた瞬間に、再び飲み込む。
 呪いを受けた瞬間に治す……お腹がタポタポになりそうだけど、そんな事に構っていられない。
 五本目を飲んだ所で、全員結界の外へ。
 予想通り白い腕は結界を越える事が出来ず、こちら側には出てこない。

「リュージ殿。近くにハニーの存在を感じますぞっ! 何かハニーの形見を持って来て下さったんですな!?」
「あぁ。でも悪いけどその話は後だ。後ろから、レイスが来ている。どういう訳か俺たちをずっと追ってきて、あのポーションも効かないし、走って逃げて来たんだ」

 気付けば、離れた所でアーニャがへたり込んでいて、セシルはずっと俺の腰に抱きついて居る。
 必死で逃げたけど、かなり危ない状況だった。

「ヴィック。レイスの腕は結界を通れないみたいだけど、本体も通れないよね?」
「おそらく。少なくとも俺は通れないし、触れただけで痛みを伴うが……とりあえず、ここから逃げた方が良いのでは?」
「そうすると、レイスが街に出てしまわない!?」
「けど勝てずに、ここまで逃げて来たんだろ? あの結界がダメなら、どうしようもないだろ」

 ヴィックの言う通り、ここに残った所でレイスに対して何が出来る訳でもない。
 でも……

「お兄さん! レイスが来たよっ!」

 答えが出る前に時間切れとなってしまった。
 レイスが結界を越えようとして、身体を押し付けている。
 だがレイスも結界を越える事は出来ないらしい。
 結界に触れた箇所が紅く染まっているし、おそらくヴィックと同様にダメージを受けているのだろう。
 クリア・ポーションでダメージを与える事すら出来なかったレイスを止めているのだから、相当強力な結界だと思うのだが、

「カ・エ・セ」

 レイスは未だに結界を越えようとしている。

「お兄さん。あのレイス……何だか可哀そうな気がしてきた」
「そうだね……」

 セシルの言葉に何とも言えず、ヴィックに目をやると……何故かポロポロと涙を流していた。

「その声、姿、何よりその存在感……ロザリーだろ? なぁ、ロザリーだよなっ!」
「ヴィック……!?」
「ロザリーッ!」

 ヴィックが結界に飛び込み、身体が紅く染まっていく。

「ロザリー。俺を待って居たのか? 悪かったな。俺に結界を越える術が無くてさ。だけど……良かった。またお前に会えた」
「ヴィック!」
「お前も俺も、今が潮時だろ。二人同時に天へ召されれば、来世で一緒に成れるかもしれねぇ。このままの姿で居るよりも、来世でちゃんと結婚しよう!」
「はい」

 レイス――いや、ロザリーとヴィックが結界越しに掌を重ね、互いに頷き合った後、

「リュージ殿! 本当は形見の品を貰った時点で成仏するつもりだったんだ。けど、期待していた以上だった! まさかロザリーと再会出来るとは思ってなかったぜ!」
「ヴィック……」
「そのロザリーの形見は、リュージ殿の好きにしてくれ。ありがとよっ! 俺はロザリーと一緒に、噂に聞く異世界転生に賭ける。次の人生で、絶対にロザリーを幸せにするぜっ!」

 ヴィックが大声で礼を言い……再びロザリーに向き合うと、二人同時に白い光となって消えていった。