白魔法が使えない回復術士は要らないと言われたので、実家を召喚出来る城魔法を使って、異世界スローライフ


「アンドレアさん。こちらは、流行っていた症状を治療してくれたリュージさんです。冒険者ギルドに依頼があるので、話を聞いていただけないでしょうか」
「治療? この兄ちゃんがか? 信じられんな」
「信じられなければ、その辺りを歩いている女性に聞いてみれば良いでしょう。リュージさんが優れた医者であると話してくれるはずです」
「医者ねぇ……まぁいい。依頼という事なら話を聞こう。中へ入りな」

 オッサンは、俺の事を値踏みするかのようにジロジロと見たかと思うと、顎で建物の中を示してくるが、初対面の相手に随分と失礼だな。
 一先ず冒険者ギルドの中へ入ると、商人ギルドとは違って人が――男が沢山居た。

「で、兄ちゃん。依頼っていうのは?」
「街の水源の川に、毒を持った蛙の魔物が居ると思われるので、それを排除してもらいたい」
「ほう。その魔物は何て言う魔物なんだ? どの辺りに何匹くらい居るんだ?」
「いや、具体的な魔物や数、場所は分からないが、間違いなく居るんだよ」
「おいおい、魔物が何かも分からない、何匹居るかも分からない、おまけに場所も分からない……って、それでどうやって冒険者に依頼しろっていうんだ」

 うっ……確かに。
 川に棲みついた蛙の魔物を、冒険者に排除してもらうのは良いアイディアだと思ったのに。
 何とかならないかと考えていると、ララさんが助け船を出してくれる。

「おそらくポイズンフロッグで、個々が持つ毒は小さいはずだが、これだけの被害を出している事を考えると、数十匹居ると思われます。場所はラーク川の上流かと」
「おそらく? 思われる? おいおい、ララさんよ。あんたは、こっちの素人の兄ちゃんと違って、元騎士様だろうが。そんな曖昧な情報で冒険者に動けってか」
「すみません。ですが、今この魔物を討伐しておかないと、数日後にはまた同じ事が起こってしまいます。今回は偶然リュージさんが通り掛かったおかげで助かりましたが、次も同じ偶然が続くとは限りません」
「だが確証は無いんだろ? 元騎士様は、不確実な情報で冒険者に死ねというんだな? まぁ元騎士様からすれば、冒険者なんて使い捨ての駒なんだろうがな」

 オッサンの発言でララさんが怒っているが、それよりも何よりも、俺が――キレた。

「ふざけるなっ! ララさんは街の人々の為に動いているんだろ! 街の緊急事態に、冒険者も騎士も関係ないだろう! 皆で協力して魔物を討伐しなければ、また街の人たちが苦しむんだっ!」
「調子に乗るなよ、青二才が。街全体の問題ならば冒険者の出る幕じゃねぇ。それこそ王国の騎士団や、領主に頼むべき案件だろうが! それに、そんな大きな依頼なら、当然依頼額も高くなるが、お前に払えるのか!?」

 俺の言葉にオッサンも言葉が荒くなり、まさに一触即発となった時、セシルが静かに口を開く。

「人間のオジサン。お兄さんに指一本でも触れたら、ボクが許さないからね?」
「あぁん!? 何だ、このガキ……セ、セシル様っ!? ど、どうしてこんな所に!?」
「ボクはお兄さんが気に入っているんだ。そのお兄さんに何かあったら……分かるよね?」
「で、ですが、そちらのお医者様やララ……殿の情報だけでは冒険者に依頼が出せないのも事実なのです。我々冒険者ギルドとしても、正確な情報を掴み、依頼の難易度を把握しなければ事故が起こってしまいますので」

 今まで俺の影に隠れていたセシルが顔を出した途端に、オッサンの態度が一変した。
 だけど、オッサンの言い分も良く分かり、セシルの――貴族令嬢の力でも、依頼は受けて貰えそうにないみたいだ。

「分かりました。この話は無かった事にしましょう。セシル、ごめんな。ララさんも一旦出ましょう」

 オッサンと周囲の冒険者たちの視線を浴びながら建物を出て、少し離れると、

「あ、あの……セシル様って、あのセシル=ルロワ様なんですか?」
「おそらくね」

 ララさんがこっそり聞いてきたけれど、俺だって正確には知らないよ。
 だけどモラト村でセシル=ルロワって呼ばれていたと思う。
 この世界の事は分からないけど、ルロワ家っていう貴族が居るのだろうか?
 そんな事を考えていると、俺の返事に驚いたララさんが、声を殺しながら再び尋ねてくる。

「リュージ様はセシル様とどのような御関係なのですか?」
「リュージ様って……とりあえず、セシルとは旅を共にする仲間だよ。もちろんアーニャも」
「でも、どうしてエルフの第四王女様が旅をされているのですか?」

 ん? ちょっと待った。
 今、ララさんは変な事を言ったよね?

「エルフの第四王女?」
「え? セシル=ルロワ様と言えば、あの有名なエルフの国の王女様ですよね?」
「えっ!? えぇぇぇぇっ!?」

 ララさんの発言で、今度は俺が驚いてしまった。

「お兄さん、どうかしたの?」
「えっと、セシルってエルフの王女様なの?」

 俺の大声でセシルが話し掛けてきたので、ララさんからの話を本人に聞いてみた。

「あー、うん。そうだね」
「そっかー。セシルは貴族令嬢と思っていたんだけど、王女様だったのか」
「うん。お兄さんは、ボクが王女だって知って、どう思った?」
「え? 驚きはしたけど、別に何も……あ、もしかして言葉遣いとかを変えた方が良いとか?」
「ち、違うよ! 今のままでお願い」
「わかった」

 セシルは王女様か。どおりで身の周りの事が一人で出来ないはずだよね。

「セシルさんって王女様なんですか? リュージさんはともかく、私は言葉遣いを変えた方が良いですか?」
「今まで通りで良いって言っているし、別に良いんじゃない? 貴族令嬢だろうと王女様だろうと、セシルはセシルだしね」
「そーゆー事っ! 流石、お兄さん。というわけで、猫のお姉さんもボクに対して態度を変える必要は無いからねー」

 セシルからもアーニャに対して、今まで通りでと言っているし、気にしなくても良いだろう。

「さてと。お兄さんがボクの事を知らなかったから黙っていたけど、その気になればこの国の騎士団を動かすように要請出来たりするけど、どうする?」
「騎士団を動かせるなんて凄いね。冒険者ギルドはダメだったし、この街の危機だし、セシルが構わないなら騎士団に動いて貰うのが良いかもしれないね」
「分かったー。じゃあ早速国王宛てに手紙を書こうかな。商人ギルドで手紙が出せるよね?」

 セシルが王女だと知り、暫く固まっていたララさんだったけど、商人ギルドの話になってようやく我に返る。

「出せますが……正直に申し上げますと、王都向けの街道が未だ開通しておりませんし、手紙が王都へ着いたとしても、騎士団が通れる道がございません」
「あ、そっか。俺たちも森の中を通って来たんだった」
「なるほど。王都に居る騎士団を動かしても、到着するまで数日かかっちゃうんだ」

 この街を襲った症状の原因が水だと言っても、水を使わない生活が出来るのは、せいぜい一日か二日程度だろう。
 さて、どうしようか。

「ララさん。領主は何か手を打たれたんですか?」
「それがタイミングの悪い事に、領主様は地震が起こる前に王都へ行っていて、帰ってこられなくなっているんです」
「それは本当にタイミングが悪いね」

 ある意味では難を逃れたので、個人としては運が良いとも言えるが、領主という立場では運が悪いのか。
 自分の領地が大変な事になっているというのに、おそらく領主はそれも知らないんだろうな。
 そんな事を考えていると、

「だったらボクたちで行こうよ。ポイズンフロッグなんてボクが纏めて倒しちゃうよー」
「ララさんの話では、かなり数が居そうだけど、大丈夫なの?」
「もちろん。ボクに任せて」

 セシルが満面の笑みを浮かべて、自信たっぷりに頷く。
 確かに、セシルの魔法があれば蛙なんてへっちゃらなのだろう。

「じゃあ、そうしようか。あまり時間を掛けている場合では無さそうだしね」
「うん、それが良いよー」
「では、僭越ながら私が道案内をいたしましょう」

 セシルと共に蛙退治に出掛けようとした所で、ララさんも同行すると言ってくれたけど、この街を離れても大丈夫なのだろうか。

「ララさんが来てくれるのは心強いけど、街は大丈夫ですか?」
「はい。商人ギルドの職員も私だけではないですし、私一人が居なくても、街は大丈夫かと」

 ララさんは自分を過小評価しているけど、やっている事は凄いと思うよ?
 道案内があった方がありがたいのは確かだけどさ。
 ポイズンフロッグ? とかいう魔物だって、俺は見た事がないしね。

「ではすみませんが、協力をお願いいたします」
「それはこちらの方こそですよ。皆さん、よろしくお願いいたします」
 ララさんと共に、グレーグンの街の水源――ラーク川の上流に向かって出発する事になった。
 なったのだが、

「皆さん。馬には乗れますか?」

 街の門の近くでララさんから出た質問で、全員の足が止まる。

「俺は乗ったが無いかな」
「ボクは馬車なら乗った事があるよー」
「私は乗った事はありますけど……あまり得意ではないです」

 セシル。馬車なら俺だって乗った事があるからね? 座っているだけだし。
 もちろん御者は出来ないけどさ。

「なるほど。では、馬を二頭用意しましょう。どこまで川を上れば良いか分かりませんが、徒歩では陽が暮れてしまいます」
「それって、私がセシルさんかリュージさんのどちらかを乗せるって事ですよね? 正直言って自分が乗るので精一杯で、一緒に乗っている人を気遣う余裕はありませんが……」
「だったら俺がアーニャに乗せてもらうよ。万一落ちて、セシルに怪我をさせる訳にはいかないからね」

 俺なら倉魔法でバイタル・ポーションをすぐに取り出せるし、落ちたとしても頭を打ったりしなければ、まぁ大丈夫だろう。

「馬車はダメなのかな?」
「セシル様。街道を通る訳ではないので、少々無理があるかと」
「そっかー」

 残念そうな表情を浮かべるセシルがチラチラとこっちを見てくる。
 これはもしかして、馬が怖いという事だろうか。

「大丈夫だよ、セシル。馬は怖くないよ」
「え? お兄さん。ボク、別に馬は怖くないよ?」
「あれ? じゃあ、俺の気のせいか。ごめん、気にしないで」

 さっきのは何だったのだろうかと思いながらも、手配してくれた馬にララさんとセシルが乗り、俺もアーニャが乗った馬に……

「リュージさん。未だです! 未だ乗らないでください!」

 乗れるだろうか。
 ララさんとセシルを乗せた馬は静かに待っているが、アーニャを乗せた馬はグルグルと周囲を歩いている。
 暴れ馬? いや、そんな感じはしないな。
 珍しく必死の表情を浮かべるアーニャを暫く眺めていると、どうにか俺の前で馬が止まる。

「リュージさん、今です! 早く乗ってくださいっ!」
「今!?」
「そうです。今ですっ!」

 差し出されたアーニャの手を取ると、思っていた以上に強い力で引っ張り上げられ、

「アーニャ!? もう動くの!?」
「しっかり掴まってくださいっ!」
「掴まるって、どこに!?」
「……では私の腰にっ! 早くっ! は、走りますよっ!」

 飛ばしすぎではないだろうか。
 アーニャが馬を唐突に走らせ……というか、馬が勝手に走っている!?

「アーニャ! 早過ぎない!?」
「それは馬に言ってくださいっ!」
「えっ!? コントロールしてよっ!」
「どうやってですかっ!?」
「マジかぁぁぁっ!」

 頭を打たなければ大丈夫だと思っていたけど、当初想像していたのと速度が違う!
 異世界だから? 見た目は普通の馬なのに、めちゃくちゃ速いんだけどっ!

「リュージさん……」
「どうしたの?」
「腰にしがみついても良いとは言いましたが、うなじに息を吹きかけるのはちょっと……」
「そんな事してないからっ! というか、ララさんから離れすぎてない!?」
「あ、そっちじゃないって叫んでますね」
「方向転換してぇぇぇっ!」

 俺が叫ぶと、方向は変えてくれたんだけど、速度はそのままな訳で。

「アーニャさん。そのまま真っ直ぐ進んでください」
「分かりましたー」
「むー! お兄さん、猫のお姉さんにくっつき過……」

 セシルが何か言っていたけれど、アーニャが相変わらずの爆速でララさんたちを追い抜いてしまい、最後まで聞き取れなかった。

「リュージさん。川がありましたよ」
「じゃあ速度を落として魔物が居ないか確認しながら……」
「ですから、速度の落とし方が分からないんですってば」
「嘘ぉぉぉーっ!」

 うん、無理!
 馬に乗りながら魔物を探すのは諦めよう。
 アーニャに全力で抱きつき、ギュっと目を閉じる。
 どれくらい時間が経ったかは分からないけど、突然馬が止まった。

「どうしたの?」
「これ以上は進めそうにないので止まりました」

 良かった。速度を緩める事は出来ないけど、止まる事は出来るんだね。

「え? リュージさん? リュージさんっ!?」

 爆速による恐怖のせいなのか、それとも乗り物酔いなのか。
 馬から降りた途端に、俺は気を失ってしまった。
「……さん。お兄さん!」

 心配そうなセシルの声と共に目を覚ますと、少し陽が落ちかけていた。

「お兄さんが目覚めたっ! お兄さーんっ!」
「セシル!?」
「もうっ! 心配したんだからねっ!」

 横になっている俺に、セシルが覆いかぶさるようにして抱きついてくる。
 セシルの柔らかさと温かさを感じるのだが……何故か俺の後頭部にもムニムニした感触があるんだけど、これは何だろうか。

「リュージさん。ご気分はいかがですか? 突然倒れてきたので、ビックリしましたよ」

 アーニャの声がすぐ上から聞こえ……って、目の前にアーニャの顔がある。
 という事は、まさかアーニャに膝枕してもらっているの!?
 セシルとアーニャに挟まれ、ちょっと幸せな気分を味わいつつも、いつまでもこうしていられないので起き上がると、ララさんが現状を話してくれた。

「私とセシル様で川を下流から見ていましたが、特に変わった様子はありませんでした。この為、魔物はもっと上流だと思うのですが、もうすぐ陽が落ちます。どこかで野宿をするか、一度町へ戻るかを決めなければなりません」
「じゃあ、ここで朝を待とう。ここならまだ山の手前で広さもあるし」

 早速城魔法を使って家を呼び出すと、診療所だけだと思っていたララさんが、キッチンやリビングある事に驚いていた。

「凄いですが、この水道の水はどこから来ているのでしょう?」
「実は俺も分からないんだよね」
「そうなんですか。不思議な魔法ですね」
「でも、そもそも魔法自体が不思議なものじゃないの?」
「いえ、決してそういう訳ではないのですが……って、ほ、本があるんですかっ!?」

 いつもの通りアーニャがご飯の準備をしてくれて、セシルがリビングでゴロゴロしながらラノベを読んでいると、それに気付いたララさんが目を丸くする。
 どうやら騎士でも本は貴重らしい。

「ララさんも読みますか?」
「宜しいのですか?」
「もちろん。どういう話が良いですか?」
「どういう話……というと?」
「いろんな種類があるので。ララさんなら、戦記ものとかが良いのかな?」

 聞けば、騎士は文字の読み書きが出来ないといけないそうなので、文字数が多くても全く問題ないそうだ。
 何にするかを少し考え、名作と呼ばれる騎士が主人公のラノベを渡し、セシルとララさんが二人して読書をしている間、俺は調剤室へ。
 これから蛙毒の原因となる魔物を倒す訳だから、キュア・ポイズンを多めに作って、すぐ使えるように倉魔法へ格納しておこうと思う。
 あと、患者さんの中には麻痺毒も受けていた人が居たし、一つで全部治せるパナケア・ポーションも作っておく。
 体力回復のバイタル・ポーションも作っておき、万が一の事を考えてマジック・ポーションも。
 魔物が沢山居るだろうって話だから、セシルが魔法を連発しても大丈夫なようにしておかないとね。
 それから……前にガーネットが来た時、暗視目薬を使ったから、これも作っておこうか。
 これはAランクが必要だから、ちょっと多めに作らないと。
 ……しかし、同じ調合をしているはずなのに、どうしてAランクとBランクで分かれてしまうのだろうか。

「皆さーん、ご飯ですよー!」

 ある程度の数のポーションを作り終えた所でアーニャの呼ぶ声が聞こえてきたので、リビングへ。
 今日も美味しいアーニャの料理を味わっていると、

「魔物退治の途中でこんなに美味しい食事が出来るなんて……」

 何故かララさんが物凄く感動していた。
 アーニャの料理が美味しいのは分かるけれど、涙まで流さなくても。

「お風呂は誰から入る?」
「お風呂!? お風呂にまで入れるんですかっ!? ……こんなの、私が知っている魔物退治の任務じゃないですっ!」

 まぁ、そもそも任務じゃないんだけどさ。
 でも騎士の任務ってキツそうだもんね。
 一先ずララさんにゆっくり休んでもらおうと、お風呂へ入ってもらっている間に空き部屋に布団を敷いておくと、またもや感動されてしまった。
 それから、いつものようにセシルが俺の部屋に来て、さぁ寝ようかというところで、どこかで聞いた事のある変な音が、窓の外から聞こえてきた。

――ゲロゲロゲロゲロ

――グヮグヮグヮグヮ

 昔、キャンプ場へ行った時に夜通し聞かされた、あの鳴き声が響き渡る。

「セシル。この鳴き声って……」
「うん。蛙だね」
「だよね……って、セシル。どうしてそのまま布団に潜っていくの?」
「え? だって、ボク眠いもん」
「ちょっと待って。もう少しだけ頑張ろ! 多分、蛙って夜行性なんだよ。だから、昼間探しても見つからないんだって」

 何十、何百という蛙の大合唱が聞こえてくるが、これだけの数が居て、昼間に見つけられなかったのは、きっとどこかで眠っていたんだ。
 倒すのであれば、出てきている今が良いだろう。
 けど、俺に魔物を倒す力はなく、セシルに頼むしかない。

「じゃあ少しだけ寝たら頑張るね」
「いや、絶対にそのまま熟睡するでしょ。セシル、お願いだから少しだけ頑張って!」
「ん-、お兄さん。着替えさせてー」
「分かった。着替えさせるから、頼むよ」

 半分寝ているセシルのパジャマを脱がせ、服を着せていると、

「リュージさん。上半身だけ服を着せて下半身を露出とは、随分とマニアックではないですか?」
「何の話だよっ! それよりアーニャ。蛙が出たよっ!」
「はい。私の部屋でも聞こえました。準備は出来ています」

 だったら、今の俺とセシルの状況も分かって欲しいのだが。
 着替えを済ませ、寝ぼけ眼のセシルをアーニャに預けると、ララさんの部屋へ。

「ララさん、蛙です! 今すぐ出られま……」
「い、今すぐ出られるようにするので、先ずはリュージさんが出て欲しいです」
「すみませんっ!」

 着替えている途中だったのか、半裸のララさんに謝りながら部屋を出ると、

「お待たせしました」

 顔を真っ赤に染めたララさんが出てくる。

「い、行きましょうか」
「あの。リュージさんは、そのままの格好なんですか?」
「……あ!」

 女性三人が着替えを終えたのに、俺がパジャマ姿のままだったのだが、

「お兄さん。早く行こうよー」
「リュージさん。早く行きましょう。セシルさんが寝てしまいそうです」
「くっ……い、行きましょう」

 主戦力のセシルのためにと、そのまま行く事にした。

 家を出ると、川の中とその周辺に、昼には無かった大きな石が沢山置かれている。
 一つ一つの石が一抱えくらいあるんだけど、どうしてこんな石が大量に……って、石が跳んだ?

「ちょっと待って。あの石みたいなのって、まさか……蛙?」
「はい、ポイズンフロッグです。しかし、こんなに大量発生しているのは見た事がありません」

 そうだよね。
 幅がおおよそ十メートルくらいある川を黒い石――もとい蛙が覆い尽くしているんだから。

「セシル、この数を倒せる?」
「一度には無理かも。でも、きっと大丈夫……ふわぅ」

 眠そうに欠伸をかみ殺したセシルが小声で何かを呟くと、川の水ごと蛙を吸い上げ、黒い竜巻が三つも発生する。

「竜巻を一つ起こすだけでも凄いのに、同時に三つも起こせるんだ」
「もっと出来るよ? でも、これくらいの数なら三つで十分かなーって」

 これでまだ余力があるなんて、本当に凄いな。
 竜巻が消えた後、川の水が少し減ってしまった感じがするけど、あっという間に蛙が殆どいなくなったし、良しとしよう。
 残りは竜巻の力が及ばない端の方に居た数匹の蛙だけ……と思っていたのに、突然十数個の黒い石が川の中に現れた。

「今、黒い石が増えなかった?」
「私も増えたように見えました」
「そうだねー。それでね、川の真ん中にある岩から、魔力を感じたよー」

 ララさんとセシルも俺の意見に同意した後、アーニャが口を開く。

「リュージさん。あの大きな岩って、蛙じゃないですか?」

 獣人族は夜目が効くらしいので、アーニャがそういうのであれば、あの三メートルくらいありそうな大きな岩は蛙なのかもしれない。

「そうだ。皆、これを!」

 夕食前に作った暗視目薬を倉魔法から取り出して皆に配り、俺も使うと、

「確かに蛙だね。赤色の、いかにも毒ですって感じの蛙だけど……それにしても大き過ぎるよっ!」

 その異様な姿に思わず叫ぶ。
 その直後、ララさんが緊張した様子で、

「待ってください。あの大きな蛙……あれはポイズンフロッグの特殊個体、レッドフロッグですっ!」

 特殊個体という嫌な予感しかしない言葉を発した。

「ララさん、特殊個体って!?」
「一言で表すと、普通の魔物よりもかなり強いって事です」

 ある程度予想はしていたけれど、出来れば聞きたくない言葉だった。
 要は異世界ものやゲームによくある、ユニークモンスターとかボスモンスターって事だよね?
 そういうのは、勇者だとか剣士だとかって人と遭遇してよっ!

「特殊個体かぁ。でも、吹き飛ばしちゃえば関係ないよねー」

 あの大きな蛙を前にしても、未だ眠そうな表情のセシルが再び竜巻を起こす。
 川の水と共に、再びポイズンフロッグたちが吸い上げられるけど、

「あれ? あの大きいのは動いてないね。重いからかな?」

 肝心のレッドフロッグはビクともしていない。

「じゃあ違う魔法にしようかな」
「セシル、どんなのが使えるの?」
「得意の風系統なら、概ね何でも出来るよー。さっきまでは効果範囲が広い竜巻の魔法を使っていたけど、範囲が狭い代わりに強力な、風の刃を飛ばす事だって出来るんだからー」

 風の刃って、あの蛙をスパッと真っ二つにするような……って、仕方が無いとはいえ、川にレッドフロッグの血が流れ出るグロテスクな光景になってしまいそうだ。

「でも、レッドフロッグを風の刃とかで斬ったら、血が川に流れ込むけど大丈夫なの?」
「血液に毒があるか無いかは分かりませんが、私は拙い気がします。普通のポイズンフロッグは体内に毒を生成する臓器があるんですけど、風の刃で斬ってその臓器が川に落ちたら、下流が大変な事になってしまう気がします」

 俺の疑問にララさんからダメだと言われ、セシルがどうしようかと、悩んでいる。

「レッドフロッグを岸に上げて倒せれば良いんだけど、風の魔法で動かせなかったんだよね」
「上空に吸い上げてどこかへ飛ばすっていう手段は無理だったねー。突風で吹き飛ばすっていう魔法も使えるけど、重そうだし無理かも」
「重そう……だったら、風の刃であの蛙の手足だけ斬って、軽くしてから吹き飛ばすっていうのは?」
「そんなにピンポイントで狙えないよー」

 有効と思える案が無く、どうしようかと意見を交わしていると、レッドフロッグが小さく鳴く。
 その直後、先程セシルが吹き飛ばしたはずのポイズンフロッグ十数匹が、再びレッドフロッグの周囲に現れる。

「さっきの蛙が、また増えた!?」
「あれは特殊個体の魔物が持つスキル、眷属召喚かと。自分の手下として別の魔物を強制的に呼び出すので、レッドフロッグを倒さないと、延々とポイズンフロッグが現れるかと」

 つまり俺達がやらなければならないのは、ポイズンフロッグの群れを捌きつつ、レッドフロッグを岸に上げてから倒す……って、無理じゃない?
 ポイズンフロッグは倒しても無意味で、レッドフロッグは重くて動かせないなんて、どうすれば良いんだ!?

「ララさん。ポイズンフロッグって、どういう攻撃をしてくるんですか?」
「ポイズンフロッグは、シンプルに体当たりですが、毒を含んだ体液を身体に纏っているんです」
「つまり、体当たりされたら毒にやられるっていう事?」
「えぇ。ですがポイズンフロッグの毒はそこまで強力ではないですし、体当たりしかしてこないので、近寄ってきた所を剣で斬れば良いだけです」

 ララさんが騎士時代の剣を見せてくれたけど、近寄ってきた所を斬るだけ……って、この数で、殆どが川の中だ。
 どうしたものかと考えていると、これまで全く動かなかったレッドフロッグが、俺達が居るほうに身体の向きを変える。
 すると、ゲロゲログヮグヮと十数匹のポイズンフロッグが鳴きながら、こっちに向かって来た!

「お兄さん。この蛙、吹き飛ばしても良い? 川の中で止まっているだけなら平気だったけど、こっちに向かって一斉に飛び跳ねて来ると、気持ち悪いよー」
「……って、俺が返事をする前に竜巻を起こしてるし」

 だが、セシルがポイズンフロッグを吹き飛ばしても、すぐさま現れる。
 しかも厄介な事に、ポイズンフロッグの群れは俺達に向かわせるくせに、レッドフロッグはその場から動こうとしない。
 部下に任せて、自分は指示するだけ……って、待てよ。それって、今の俺も同じじゃないか?
 セシルに頑張ってもらって、俺は何もしていない。
 俺に攻撃手段が無いから? 無力だから? だからって、本当にそれで良いのか!?
 俺が出来る事。俺にしか出来ない事。何かあるだろ? 考えるんだっ!
 セシルが竜巻でポイズンフロッグを吹き飛ばしては、レッドフロッグが新たな眷属を呼ぶという光景が繰り返される中で、頭をフル回転させて考えた結果、

「セシル! ごめん、少しだけこのまま耐えていて!」

 俺は扉を開けっ放しにしていたクリニックへ駆け込んだ。

 クリニックへ入ると、すぐさま調剤室へ。
 何か、何かあるはずだ。
 直接攻撃出来るような薬や薬草は無かったけど、飲んだ人が剣の達人になるとか、物凄く早く動けるようにするとか。
 滋養強壮の薬や、見えない物を見えるようにする薬があったんだから、肉体強化の薬が有っても不思議ではないはずだ!

「待てよ。暗い場所でも見えるようにする目薬のAランクを使ったら、本来見えないはずの妖精が見えるようになった。なら、滋養強壮の薬のAランクを飲めば、何かしら強化されるんじゃないか?」

 前に作った滋養強壮の薬――ナリッシュメント・ポーションを飲んだ時はBランクで凄い効果があった。
 その時作ったけど、飲まなかったAランクのポーションを探し出し、一気に飲み干す。

「身体が熱い。力が……漲ってくる」

 身体の奥底から湧き出る力を抑えつつ、自分自身に診察を行うと、

『診察Lv2
 状態:健康。身体能力上昇(大:三十分)』

 身体能力上昇と表示されている。
 三十分というのは効果が持続する時間だと思われるから、この三十分でレッドフロッグを倒すんだっ!

「セシル、お待たせ。大丈夫!?」

 溢れ出る力を感じながら、再び皆の元へ戻ると、調度セシルが起こした竜巻が消える所だった。

「お兄さん。今のところ、現状は変わりなしだよ。ボクが竜巻を起こして、また沢山蛙が出てくるっていう繰り返しだよー」
「そうか。まだ魔法は撃てそう?」
「大丈夫だと思うけど、こんなに連続して魔法を使った事がないから、正確には分からないよー」
「……そうだ。セシル、このマジック・ポーションを飲んで。魔力が回復するから」
「分かった。ありがとー」

 セシルにAランクのマジック・ポーションを渡すと、

「ララさん。その剣を少し貸していただけませんか?」
「え? 構いませんが、どうされるんですか?」
「俺が、あのレッドフロッグを直接斬ってきます。剣で手足を斬って軽くすれば、セシルの魔法で吹き飛ばせるかもしれません」
「でも、近づいたら毒にやられちゃいますよ! レッドフロッグの毒はポイズンフロッグとは比べ物にならない程強力なんです」
「それは……大丈夫です。毒は効きませんから」

 今度はAランクのパナケア・ポーションを取り出し、一気に飲み干す。
 昨日ララさんに飲ませて、二十四時間の状態異常無効化が付与されたあのポーションだ。
 これで蛙の毒は効かない。
 あの巨体だから動きは鈍いだろうし、身体能力が強化されている今なら、素人の俺だって何とか出来るはずだ!

「しかし……」
「大丈夫です。それより、このままではいつまで経っても奴を倒せないし、街も救えません」
「でしたら私が……」
「いえ、俺に策があるんです。任せてください」

 躊躇うララさんの目をじっと見つめていると、

「分かりました。けど、必ず無事に戻ってきてくださいね」

 長い両刃の剣を預けてくれた。
 ララさんに改めて御礼を言うと、セシルに改めて竜巻を依頼する。

「セシル。もう一度竜巻を頼む。それから、俺が合図したらもう一度竜巻を起こしてくれ」
「分かったー。じゃあ、貰ったマジック・ポーションは、次に竜巻を起こした後に飲むね」
「そうだな。合図まで少し時間を貰う事になると思うし、それが良いと思う」

 それからセシルが竜巻を発生させ、またもや川の水とポイズンフロッグたちが上空へ吸い上げられていく。
 セシルがマジック・ポーションを飲む様子を横目で見つつ、竜巻が消えた瞬間、

「行って来る!」

 殆ど水が無くなった川を、ピチャピチャと音を立てながら、レッドフロッグ目掛けて一直線に走って行く。

「このぉぉぉっ!」

 俺の身長の倍近くあるレッドフロッグの前足に、力いっぱい剣を叩き付けると、その足が千切れ飛んだ。
 行ける! 剣というより鈍器みたいな使い方だけど、身体能力上昇効果のおかげか、ダメージを与えられる!
 改めてポーションの効果に感謝しつつ、第二撃を放とうとした時、レッドフロッグが口を開き、紫色の煙が出てきた。

「毒の霧!?」

 状態異常無効効果があるので俺には効かないんだけど、見た目的に凄く嫌だ。
 だが三十分しか時間が無いし、行くしかない。
 意を決して、もう一つの前足を切り落とし、続いて後ろ足も斬る。
 すると、ポイズンフロッグの群れが現れたけど、そろそろ大丈夫だろう。
 近くのポイズンフロッグを蹴飛ばしながら、レッドフロッグから離れると、

「セシル、竜巻を頼むっ!」

 大声でセシルに合図を送る。
 何度も見たセシルの竜巻の有効範囲は分かっているので、ここまで離れれば大丈夫だと思っていたのだが、

「え? 嘘だろっ!?」

 どういう訳か、先程までとは違う、かなり大きな竜巻が現れた。

 レッドフロッグが重いので、手足を剣で斬って軽くして、風で吹き飛ばす。
 巨大なレッドフロッグの手足を切り落としたから、いけるのではないかと思っていたのだが、セシルの竜巻に俺が巻き込まれてしまいそうだ。

「うぉぉぉっ!」

 雄たけびと共に、水が無くなった川を全力で走り、少しでも竜巻から逃げる。
 あんなのに生身で巻き込まれたら、死ぬ。絶対に死んでしまう。
 身体全体の身体能力が上がっているので足も速くなっているけど、それでも逃げきれないっ!
 このままではダメだと判断した俺は、

「うりゃぁぁぁっ!」

 手にした剣を足元へ力いっぱい突き刺し、全力でしがみつく。
 身体を持って行かれないように歯を食いしばっていると、前から竜巻に吸われるように太い綱の様な物がゆっくりと迫って来て……いや、綱じゃない。
 あれは……ヘビ!?
 どうして、ヘビが? いや、そんな物に構っている場合じゃない。
 川の周囲に居たのか、巨大竜巻に巻き込まれ、十数匹の太い蛇が竜巻に向かって吸い込まれていく。

 ……竜巻の範囲も広い上に、消えるまでの持続時間も長くなっている。

 喋る余裕すら無く、ただひたすらに耐えていると、前から先程の太い蛇が一匹飛んで来た。
 これは……直撃する!

「――ッ!」

 顔に向かって真っ直ぐに飛んで来たヘビを左腕で防ぐと、手を出した場所が悪かったのか、牙を突きつけられる。
 もしかしたら、このヘビも俺と同じように踏ん張りたかったのかもしれないが、思いっきり左手を振ると、ヘビが離れて後方へと飛んで行った。
 ヘビは剥がせたが、剣から左手が離れてしまった。
 吸いこまれそうになる身体を右手一本で何とか支えているけど、これは厳しい。
 まさか魔力が尽きかけていたセシルが、最後の最後でこんなに強力な魔法を使うとは……って、違う。そうじゃない。
 俺がセシルにマジック・ポーションを渡したけど、あの時Aランクのポーションを渡さなかったか!?
 つまり、Aランクのナリッシュメント・ポーションを飲んで俺の身体能力が上昇したように、Aランクのマジック・ポーションの付随効果で、セシルの魔法の力が上昇したんだ。
 セシルは何も知らずに、先程と同じように竜巻の魔法を使っただけなのに、もしも俺がこれに巻き込まれて死んでしまったら……セシルは何も悪くないのに、絶対に自分のせいだと思い込んでしまう!
 セシルが悲しむ事を、保護者である俺がしてどうするんだっ!

「――ァァァッ!」

 竜巻に引っ張られて既に身体は浮いているけど、右腕で一本で身体を引き寄せると共に、ドクドクと血が流れ出る左手を剣へと伸ばす。
 既に両手とも感覚が無いけど、セシルを悲しませてしまうのを避けたい一心で剣にしがみついていると……突然身体が地面に落ちた。
 もう身体は引っ張られないし、起き上がって後ろを見てみると、あの大きなレッドフロッグも居ない。
 セシルの竜巻で、どこかへ吹き飛ばされたんだ。

「お兄さーんっ!」

 少しすると、セシルが俺の名を叫びながら走って来て、

「お兄さんっ! 無事で良かった! 良かったよぉぉぉー!」

 涙声で俺の胸に飛び込んできた。

「お兄さん、ごめんなさいっ! どういう訳か、いつもよりも強力な竜巻が出て巻き込んじゃって。ボク、蛙と一緒にお兄さんを吹き飛ばしそうで……」
「違うんだ。それは俺のせいなんだよ。俺が効果をちゃんと確認せずにAランクのポーションを渡してしまったのが悪いんだ」

 やはり、先程思った通りだったのか。
 でも、心配させてしまう結果になってしまったけど、とにかくセシルを絶望させる事にならなくて良かった。
 胸に顔を埋めるセシルの頭を優しく撫でながら、俺は一人安堵の溜息を吐いたのだった。
 何とかレッドフロッグを倒した後、倉魔法で取り出したバイタル・ポーション(B)を飲み、泣いているセシルを連れて家の中へ。
 アーニャやララさんからも、無茶をし過ぎだと心配され、実家へ来ていた患者さんのように、クリニック側のベッドに寝かされてしまった。
 ポーションで回復したから大丈夫だと言ったのに、セシルが何かあるとダメだから一緒に寝ると狭いベッドに潜り込み……眠かったのか、安心したのか、すぐに寝息を立ててしまう。
 そのせいで、俺も身動きが取れずに寝るしか出来なくなってしまい、初めて生きるか死ぬかという体験をしたにも関わらず、案外早く眠る事が出来た。

 その翌朝。
 アーニャの馬術がいろいろと大変だった事を踏まえ、歩いて街へ戻る事にしたのだが、ララさんはギルドへ戻って今回の代金の清算をする為、先に馬で帰っていった。
 平和な――魔物が出ても、セシルが秒で排除する――草原を歩き、蛙と戦っている時に吸い込まれていったヘビの話になる。

「ヘビは大量の蛙を食べようと川に来たけど、竜巻が発生しているから離れて様子見していたんじゃないかと思う」
「お兄さん。ヘビって、そんなに賢いのかなー?」
「私はリュージさんの意見に賛成です。患者さんの中には麻痺毒の症状の方も居られたんですよね? ヘビは麻痺毒を持つ種類が大半だと思いますし、その毒も川に流れていたのではないかと」

 真相は分からないが、いずれにせよセシルの強化版竜巻で殆ど吹き飛ばされただろうし、蛙共々解決と思って良いだろう。
 それから、お昼ご飯を食べたり薬草を摘んだりしながら、夕方前に街へ着く。

「リュージさん、こちらへ」

 街の門で待ってくれていたララさんに連れられて商人ギルドへ行くと、小さな革袋が渡された。

「街の皆さんを診察してくださった診察代とポーションの代金です。それと、今日は是非街で泊まってくださいませんか? 街の人々がお礼を言いたいと話していましたので」
「ありがたい申し出なのですが、実は俺たちにも行かなければならない場所があるので、乗合馬車で次の街へ行こうかと」
「そうですか……プランC! そういえば、まだ王都とは乗合馬車が復活していないのに、森を抜けて来られたんでしたね」

 ララさんがプランCというよく分からない事を叫んだかと思うと、再び世間話となる。
 出来ればそろそろ乗合馬車の停留所へ移動したいのだけど、うだうだと思い出話みたいなのが続く。
 何だか、ララさんが俺たちを引き止めようとしている様にも思えた所で、

「……では、準備が整ったようですので、参りましょう。乗合馬車の停留所までご案内いたします」

 何の準備だ? と思いつつ、ララさんに促されてギルドを出る。
 すると、

「聖者様! ありがとうございます!」
「聖者様! またこの街へ来てくださいね!」
「聖者様! 貴方様の旅の無事をお祈りいたします!」

 大勢の街の人――主に女性がギルドから長い列を作って、叫んで居た。

「ララさん、これは?」
「本当は宿でおもてなしをしたかったのですが、急ぎの旅だという事でしたので、無理に引き止める事は出来ないかと思いまして」
「まさか、俺たちのために街の人を集めたんですか?」
「いえ。これからリュージさんが街を出るとお伝えしただけです。すると、リュージさんに助けてもらった人たちがせめてお礼を伝えたいと言い、こういう事になりました」

 ララさん。気持ちは嬉しいんだけど、出来れば普通に街を出たかったよ。

「あの、みんなが叫んで居る聖者様って?」
「もちろんリュージさんの事ですよ。街全体に流行っていた症状を治し、その原因となる魔物を退治してくださったのですから当然です」
「どうして街の人が、魔物を倒した事を知っているの?」
「それはもちろん、私が皆に言って回りましたから。リュージさんはこの街の救世主で、まるで聖者のようなお方だと」

 聖者なんて呼ばれているのはララさんのせいかっ!
 恥ずかしいからマジで勘弁して欲しい。
 乗合馬車に乗ってからも聖者コールが鳴りやまず、とはいえ隠れる訳にもいかず、引きつった笑顔で街を後にする事となった。