マリアさんはそれから一週間が過ぎても、まだ復帰する様子はなかった。
まさか、辞めるつもりではないかと不安になる。マリアさんは仕事に私情は交えるし、メンタルも意外に弱い人だけど、それでもいないと非っ常~に困るのだ。
どこかで聞いたことのある話な気もするけど、昨今のカレリアは国家財政とやらのために、組織のスリム化や経費削減の嵐が吹き荒れていて、メイドもギリギリまで減らされている。誰かが休むと一人当たりの仕事量が一気に増えるのだ。
そして、マリアさんが担当していたのは、陛下や王妃様に王太子殿下、第一王女や第二王女・マリカ様の部屋の清掃だった……。
マリカ様はアトス様と破談となって以来、いつもの気の強さもどこへ行ったのか、落ち込んで部屋に引き籠っているらしい。私は人の噂や色事には疎いので、そこまで詳しく知らなかったのだけど、アトス様に首っ丈だったみたい。縁談もマリカ様から陛下に頼み込んだんだとか……。
まあ、そうした事情はともかくとして、私たちはマリアさんの分も働かねばならない。エルマさんが代理で清掃チームのリーダーとなり、増えた仕事をメイドらに平等に割り当てた。
こうしたわけでマリアさんが戻るまでは、順番にマリカ様の部屋を掃除することになった……。ちなみに、今日が私の担当の魔の金曜日である。この世界では関係ないだろうけど、偶然十三日というところが怖過ぎる。
マリカ様は相変わらず引き籠っているので、そこに忍び込んで掃除をしなければならない。玉砕する悲壮な覚悟で準備をしているところに、同僚のメイドが「ちょっと」と声を掛けてきた。私の前にマリカ様の部屋を掃除した子だ。
「マリカ様の部屋へ掃除に行くんでしょ? だったら忠告しておくけど、何を聞かれても絶対に”もちろんマリカ様です”と答えるのよ」
「……? どうして?」
同僚は遠い目になって力なく笑った。
「行けばわかるから……」
一体何が待ち受けているのかと怯えつつ、私はマリカ様の部屋へと向かった。薔薇の模様の彫刻の施された扉をノックする。
「あ、あの~、マリカ様、メイドのアイラ・アーリラですが、お掃除させていただいてもよろしいでしょうか?」
返事がないどころか約五分もの沈黙だ。果たして生きているのだろうか、まさか自殺してやいないかと心臓に悪い。
私はこうして籠城された場合に備えて、あらかじめ渡されていた鍵で扉を開けた。
「失礼しま~す……」
真っ昼間だというのにカーテンを閉めている。だから、中は薄暗くなっているはずなのに、どういうわけか私には何もかもがはっきり見えた。
「あ、あれ?」
瞼を擦ってみたけれどもやっぱりわかる。
いつから夜目が効くようになったんだろうか?
私は首を傾げながらも辺りを見回した。
王族の部屋へ入るのは初めてだけど、四人一部屋のメイドとは当然ながら格段の差がある。マリカ様一人しかいないのに広さは三倍。某鑑定団に出せばン万単位の値段がつくだろう、ゴージャスな調度品で溢れている。足元の絨毯もふかふかで気持ちがいいし、天蓋付きのベッドの刺繍なんて何年かかったのだろうか。
感心しながら壁に目を移して「ヒッ」と小さく悲鳴を上げる。壁には金縁の大きな鏡がかかっていたのだけれども、すぐ近くにマリカ様がネグリジェ姿で座り込んでいたからだ。
マリカ様はストレートロングの金髪にガーネット色の瞳の、まさしく王女様と言った雰囲気の美少女だ。その美少女がブツブツと独り言を言いながら、鏡を見つめているのを想像してほしい……。
「私は……いい。私は……しい」
な、なんて言っているんだろうか。もう早く済ませてしまいたい……。
「す、すいません。マリカ様、お掃除の時間なのですが、ちょっと窓を拭いて床を掃いてもよろしいでしょうか?」
「……」
マリカ様が声もなくゆっくりと振り返る。その目は異様にらんらんと輝いていた。
「ねえ、あなた、カレリアで一番可愛いのは誰だと思う?」
へっ!?
マリカ様はゆらりと立ち上がると、一歩、また一歩と距離と詰めてきた。
「カレリアで一番美しいのは誰だと思う? ……答えて」
私は恐ろしさのあまり扉に縋り付きつつ、同僚の謎のアドバイスをはっと思い出した。
「もっ、もっ、もっ、もちろんマリカ様です!」
恐怖のあまり声が裏返っている。
「マリカ様はカレリア一可愛らしく美人です!」
白雪姫の継母の手下の鏡と化した私に、マリカ様は「そうよね……」と足を止めて、目をカッと見開いて再び鏡を眺めた。
「私はこんなに可愛くて美しいのに、なぜアトス様は結婚してくださらないのかしら? 相手は一体どんな女だというのよ……許せない、許せないわ」
マリカ様のアブない独り言によると、相手の女性を探し出そうとしても、アトス様にはこれまでに浮いた噂一つないし、誰かと定期的に会っているということもなく、まったく手掛かりがないのだそうだ。
マリカ様は苛立たしげに親指の爪を噛んだ。
「誰なのかがわかったらどうにでもなるのに……。お金を渡しても言うことを聞かないなら、秘密裏に処分してやることだって……」
こ、怖い。怖すぎる。相手の女性が気の毒過ぎる。
ガクブルと震える私の前にマリカ様が立ち塞がる。
「……そうだわ。あなた、メイドよね。宮廷魔術師の部屋を掃除することもあるんでしょう?」
「は、はあ、たまにですが……」
「だったら好都合だわ」
マリカ様は私の肩をがっしと掴んだ。
「アトス様の部屋を掃除する振りをして、その女の手掛かりを探してきなさい」
「え、えええっ!?」
駄目です。無理ですと断ろうとしたものの、次のマリカ様のセリフに全身が凍り付いた。
「逆らったらあなたを首にするだけじゃすまないわよ。……わかっているわね?」
まさか、辞めるつもりではないかと不安になる。マリアさんは仕事に私情は交えるし、メンタルも意外に弱い人だけど、それでもいないと非っ常~に困るのだ。
どこかで聞いたことのある話な気もするけど、昨今のカレリアは国家財政とやらのために、組織のスリム化や経費削減の嵐が吹き荒れていて、メイドもギリギリまで減らされている。誰かが休むと一人当たりの仕事量が一気に増えるのだ。
そして、マリアさんが担当していたのは、陛下や王妃様に王太子殿下、第一王女や第二王女・マリカ様の部屋の清掃だった……。
マリカ様はアトス様と破談となって以来、いつもの気の強さもどこへ行ったのか、落ち込んで部屋に引き籠っているらしい。私は人の噂や色事には疎いので、そこまで詳しく知らなかったのだけど、アトス様に首っ丈だったみたい。縁談もマリカ様から陛下に頼み込んだんだとか……。
まあ、そうした事情はともかくとして、私たちはマリアさんの分も働かねばならない。エルマさんが代理で清掃チームのリーダーとなり、増えた仕事をメイドらに平等に割り当てた。
こうしたわけでマリアさんが戻るまでは、順番にマリカ様の部屋を掃除することになった……。ちなみに、今日が私の担当の魔の金曜日である。この世界では関係ないだろうけど、偶然十三日というところが怖過ぎる。
マリカ様は相変わらず引き籠っているので、そこに忍び込んで掃除をしなければならない。玉砕する悲壮な覚悟で準備をしているところに、同僚のメイドが「ちょっと」と声を掛けてきた。私の前にマリカ様の部屋を掃除した子だ。
「マリカ様の部屋へ掃除に行くんでしょ? だったら忠告しておくけど、何を聞かれても絶対に”もちろんマリカ様です”と答えるのよ」
「……? どうして?」
同僚は遠い目になって力なく笑った。
「行けばわかるから……」
一体何が待ち受けているのかと怯えつつ、私はマリカ様の部屋へと向かった。薔薇の模様の彫刻の施された扉をノックする。
「あ、あの~、マリカ様、メイドのアイラ・アーリラですが、お掃除させていただいてもよろしいでしょうか?」
返事がないどころか約五分もの沈黙だ。果たして生きているのだろうか、まさか自殺してやいないかと心臓に悪い。
私はこうして籠城された場合に備えて、あらかじめ渡されていた鍵で扉を開けた。
「失礼しま~す……」
真っ昼間だというのにカーテンを閉めている。だから、中は薄暗くなっているはずなのに、どういうわけか私には何もかもがはっきり見えた。
「あ、あれ?」
瞼を擦ってみたけれどもやっぱりわかる。
いつから夜目が効くようになったんだろうか?
私は首を傾げながらも辺りを見回した。
王族の部屋へ入るのは初めてだけど、四人一部屋のメイドとは当然ながら格段の差がある。マリカ様一人しかいないのに広さは三倍。某鑑定団に出せばン万単位の値段がつくだろう、ゴージャスな調度品で溢れている。足元の絨毯もふかふかで気持ちがいいし、天蓋付きのベッドの刺繍なんて何年かかったのだろうか。
感心しながら壁に目を移して「ヒッ」と小さく悲鳴を上げる。壁には金縁の大きな鏡がかかっていたのだけれども、すぐ近くにマリカ様がネグリジェ姿で座り込んでいたからだ。
マリカ様はストレートロングの金髪にガーネット色の瞳の、まさしく王女様と言った雰囲気の美少女だ。その美少女がブツブツと独り言を言いながら、鏡を見つめているのを想像してほしい……。
「私は……いい。私は……しい」
な、なんて言っているんだろうか。もう早く済ませてしまいたい……。
「す、すいません。マリカ様、お掃除の時間なのですが、ちょっと窓を拭いて床を掃いてもよろしいでしょうか?」
「……」
マリカ様が声もなくゆっくりと振り返る。その目は異様にらんらんと輝いていた。
「ねえ、あなた、カレリアで一番可愛いのは誰だと思う?」
へっ!?
マリカ様はゆらりと立ち上がると、一歩、また一歩と距離と詰めてきた。
「カレリアで一番美しいのは誰だと思う? ……答えて」
私は恐ろしさのあまり扉に縋り付きつつ、同僚の謎のアドバイスをはっと思い出した。
「もっ、もっ、もっ、もちろんマリカ様です!」
恐怖のあまり声が裏返っている。
「マリカ様はカレリア一可愛らしく美人です!」
白雪姫の継母の手下の鏡と化した私に、マリカ様は「そうよね……」と足を止めて、目をカッと見開いて再び鏡を眺めた。
「私はこんなに可愛くて美しいのに、なぜアトス様は結婚してくださらないのかしら? 相手は一体どんな女だというのよ……許せない、許せないわ」
マリカ様のアブない独り言によると、相手の女性を探し出そうとしても、アトス様にはこれまでに浮いた噂一つないし、誰かと定期的に会っているということもなく、まったく手掛かりがないのだそうだ。
マリカ様は苛立たしげに親指の爪を噛んだ。
「誰なのかがわかったらどうにでもなるのに……。お金を渡しても言うことを聞かないなら、秘密裏に処分してやることだって……」
こ、怖い。怖すぎる。相手の女性が気の毒過ぎる。
ガクブルと震える私の前にマリカ様が立ち塞がる。
「……そうだわ。あなた、メイドよね。宮廷魔術師の部屋を掃除することもあるんでしょう?」
「は、はあ、たまにですが……」
「だったら好都合だわ」
マリカ様は私の肩をがっしと掴んだ。
「アトス様の部屋を掃除する振りをして、その女の手掛かりを探してきなさい」
「え、えええっ!?」
駄目です。無理ですと断ろうとしたものの、次のマリカ様のセリフに全身が凍り付いた。
「逆らったらあなたを首にするだけじゃすまないわよ。……わかっているわね?」