クラウス様はすぐに返事を下さった。陛下とクラウス様はずっと私たちを探していたらしいの。そして、私が記憶を失ったあの日に、森で起こった火事の原因を教えてくれた。 

 クラウス様は独り身だったから、甥っ子のヴァルトを大層可愛がっていらした。そのクラウス様が嘘を吐くとは思えなかった。

 ヴァルトはトップクラスの魔術師だったから、将来次期魔術師団総帥になることは確実視されていた。更に陛下の親友だということもあって、大臣の一人になる可能性もあると言われていたの。魔術師団総帥だけでもカレリアへの影響力はハンパないのに、大臣も兼任することになれば強力な権力者の一人になる。

 カレリアにはそんなヴァルトを疎ましく思う貴族がたくさんいた。普通の人間にはまさか金にも女にも地位にも興味がなく、猫さえいればいいだなんて理解できないわよね。賄賂を贈って懐柔もできないから、隙があればヴァルトを暗殺しようとしていたそうなの。

 もちろん、それまでヴァルトは暗殺者を差し向けられても返り討ちにしていたし、陛下もヴァルトの悪口を吹き込まれそうになっても一蹴されていた。でも、私が二人の絆を裂くことになってしまったの。

 ヴァルトは陛下から「週一でミルヤを貸してくれ」と言われた時、私を「愛人として提供しろ」と言われていると誤解したみたい。その誤解を陛下が解かれる前に、よからぬ野心を持つ貴族たちが、ヴァルトが疑心暗鬼になるよう、いろいろ工作をしたみたいなの。結果、ヴァルトは私を連れて他国に亡命しようと計画した。

 これには貴族たちも慌てたみたいね。ヴァルトほどの魔術師が他国に流出すれば、もっと厄介になることは明白だもの。だから、事が公になって陛下にバレる前に、ヴァルトを今度こそ抹殺しようとした。ヴァルト一人だと確実に負ける。だから、私が一緒にいるところを狙ったの。私を庇って隙ができると思ったのでしょう。そして、その火事が原因で私は川に流されて記憶を失い、ヴァルトは行方不明となってしまった。

 陛下とクラウス様はすぐに調査を行い、暗殺を企んだ首謀者を内密に逮捕した。でも、私たちを見つけることはできなかった。その後、この事件については首謀者が現役の大臣だったから、その首謀者もヴァルトも事故死したということにして、事件は揉み消されることになったそうなの。宮廷が混乱するのを避けたかったのでしょうね。

 事情を知った私はヴァルトを探しに行かなければと思った。野性のカンがそう告げていたの。だから、クラウス様にアトスを預けて情報収集に向かった。

 ところで、私たち猫族には純血にこだわる一族がいくつかある。私の出身であるペルシャン族もそうね。他にはアビシニアヌス族、シャムシャム族、マンチカーン族なんかがいると、私も父から教えられていた。

 そこで、ヴァルトを探すのに彼らとコンタクトを取って、そのネットワークを頼ろうとしたの。でも、ほとんどの種族は人間と混血して、リンナのアビシニアヌス族だけが血をどうにか保っていた。

 アビシニアヌス族は一族でも変身ができない、人間との混血を教育して宮廷に送り出し、自分たちを貴族に組み入れさせることで、リンナで権力を得ているみたいだった。私は早速アビシニアヌス族の長老に接触した。ヴァルトが行方不明となったのは、リンナとの国境近くの森。リンナにいる可能性もあると思ったのよ。

 でも、結局ヴァルトは見つからなかった。少なくとも私はそう報告されたわ。これが五年ほど前の話よ。

 それにしても私がリンナから去る前の、あのアビシニアヌス族のオスガキには驚いたわね。確かカイって名前だったかしら。「猫族なら俺の嫁さんになってくれ!」って頼まれたのよ。私って猫だと可愛く見えるけれども、もう立派に結構なオバさんよ? 「私、あんたのお母さんほどの年なんだけど」って言ったのに、土下座せんばかりの必死さだったわ。

 アビシニアヌス族ではメスがこの何十年も生まれなくて、このままでは種族どころか猫族の危機じゃ!となっていたみたい。私の年ならまだギリギリ子どもが産めそうって感じで、見境なくプロポーズしてきたようね。私はショタコンじゃないし、何より人妻だからもちろん断ったわよ。あの子は無事に結婚相手をゲットできたのかしらね?

 まあ、そんなこんなで私はがっくりとしてカレリアに戻った。またヴァルトを探しに行くのには充電期間が必要だった。休めるところはないかと街をさ迷っていると、ふと馴染みのある気配を感じて立ち止まった。それがアイラちゃんの家族の住むおうちだった。

 アイラちゃんのお父さんは変身できないものの、猫族の血が濃くて夜目が効くだけではなく、高いところから落ちても体を捻って着地できるし、逆に数メートル上の壁に飛び乗ることもできる。お子さんもそんな感じだった。私は純血種はこの世から消えかけていても、確かに猫族の血が息づいているんだと嬉しくなったわ。

 で、居心地が良さそうだからしばらくお世話になることに決めたの。でも、まさかそのおうちの娘さんが先祖返りで、息子の嫁になっているとは思わなかったわ、ハハハ。



――こうして通訳を終えた私は、呆然としつつカイの顔を思い出していた。

 あいつ、私の姑にまで言い寄っとったんかい!

 ヴァルトは――もう面倒くさいからおっさんでいいや――も呆然としていた。もちろん、それは溺愛する愛猫……ではなく愛妻が生きていて、ショタに口説かれていたからだけではないだろう。

「そんな、馬鹿な。馬鹿な……」

 ミルヤ……お義母さんを抱き締める腕に力を込めて震えている。

「なら、私は一体なんのために今まで……」

 そして、お義母さんを見失ってからの日々を語り始めた――