おっさんは語りたがる生き物だとは知っている。前世では飲み会なんかで酔った上司に絡まれて延々と聞かされた。大体果てしなくどうでもいい武勇伝だとか、明らかに盛った落とした女の数とか、学歴でも仕事でもプライベートでも、とにかく自慢したがるのである。
しかし、それはあくまで部下や女相手であって、猫相手に語るって何かを拗らせていない!? 独り身が長すぎて頭がおかしくなったのだろうか!?
おっさんは戦慄する私を前にこう呟いた。
「当時、私は女に取り囲まれる毎日だった。正直うんざりしていたよ」
若き日のおっさんはそれはそれはおモテになられたらしい。ところが、女よりも仕事や研究が第一で、邪魔だとしか思えず片端から振ってきたのだとか。結構ストイックな性格みたいだった。
この辺りはまあ頷けないではない。その頃は落ち着きのある長髪美青年だったのだろう。なのに、なぜこんな変態とまで呼べる猫好きに、メタモルフォーゼしてしまったのか!?
「そんな日々の中で唯一の癒しは、親友と語り合うことと、勤め先の裏に遊びに来る猫に餌をやり、戯れることだった……」
猫好きはもはや生まれつきなんですかそうですか……。なら、いつプレミアムクラスにグレードアップしたのか!?
「あれは、秋のある日のことだった。見慣れぬ猫が野良に混じってやって来たのだ。私は窓から見ていたのだが、その姿に釘付けになった。ミルク色の長く艶やかな毛並みに、高貴さすら感じさせるアクアマリンの瞳……。心臓が早鐘を打ち始め、私はいても経ってもいられず、餌を手に研究室を飛び出した」
ところが、麗しのお猫様は手強かった。おっさんの貢いだ餌のにおいを嗅ぎはしたものの、フンと鼻を鳴らして顔を背けて一口も食べなかった。おっさんはつれないその態度に二度ハートを撃ち抜かれた。なお、お猫様は「行かないでぇ! モフらせてぇ!」、と哀願するおっさんを残し、一瞥もせずその場を立ち去ったのだそうだ。
私は話を聞きながらちょっとどころではない危機感を覚えていた。おっさんの危ないツンデレ趣味がわかったからだけではない。まさか恋愛対象が猫なのだろうか。
しかし、その後はお猫様にようやくモフモフさせてもらうまでの、お涙頂戴のストーリーが延々延々と続き、私は退屈過ぎて居眠りをしていた。
おっさんってどうしてこうも話が長いのかしら……。
「……彼女が猫族だと知った時には驚いた。しかも、すでに絶滅したとされていた純血種である上に、その一族の長の娘なのだという。あの高貴さは姫君のものだったのかと納得したものだ。一族は森の奥でひっそり暮らしていたのだが、森が洪水に襲われ、彼女を残して全滅してしまったらしい。そこで、王家に保護を求めてきたのだそうだ」
丸まって眠りたいところだけれども、さすがにおっさんに悪いし……。
「……人の姿の彼女もやはり美しかった。私は、生まれて初めて恋に落ちたのだ」
ああ、体が右に左に振り子となって揺れる……。
「……彼女も初めはけんもほろろだったが、やがて私の貢ぎ物……。……。い、いや、愛を受け入れてくれるようになり、私たちは将来を誓い合う仲になった。しかし、彼女を愛したのは私だけではなかったのだ……!!」
脳内では羊が一匹、二匹と柵を越えている。ちなみにメリノ種である。メーメーメー……。
「……まさか、たった一人の親友が……陛下が彼女を狙っていたとは。彼女を譲るよう命じられた時、私はもうこの友情は終わりであり、カレリアにはいられないと、彼女を連れてリンナに亡命することにし……」
ああ、ハイ〇とク〇ラとペ〇ターとなぜかフランダー〇の犬もいる。皆仲良くあのどこから下がっているのかわからないブランコに乗っている……。
「……彼女を死に追いやった陛下だけは、あの男だけは許さない。私も奴から大切な存在を奪い取ってやるのだ!!」
……ハッ! もう少しで倒れるところだった。危ない危ない。
私は慌てて姿勢を正しておっさんを見上げた。
で、今話はどこまで進んだのでしょうか?
おっさんは私を見下ろし呆然としていた。
「……済まない。君に話してもわかるはずもないな。私もどうかしていた」
うん、確かにどうかしている。やっぱり独り身を拗らせたに違いない。
おっさんならまだイケると思うから、頑張って婚活して奥さんゲットした方がいいと思う。元カノ(?)の美猫のことなんて忘れてさ。
おっさんは私の首の後ろをコリコリと掻いてくれた。変態レベルの猫好きだけあって、猫の触ってもらって嬉しいところをわかっている。私は気持ちがよくてうっとりと目を閉じた。
「だけど、すっきりしたよ。誰にも言ったことがなかったからね。君は不思議な子だね」
私はそれからベッドの上に丸まって今度こそ眠りに落ちた。明日にはアトス様に会えるといいなと思いながら。
しかし、それはあくまで部下や女相手であって、猫相手に語るって何かを拗らせていない!? 独り身が長すぎて頭がおかしくなったのだろうか!?
おっさんは戦慄する私を前にこう呟いた。
「当時、私は女に取り囲まれる毎日だった。正直うんざりしていたよ」
若き日のおっさんはそれはそれはおモテになられたらしい。ところが、女よりも仕事や研究が第一で、邪魔だとしか思えず片端から振ってきたのだとか。結構ストイックな性格みたいだった。
この辺りはまあ頷けないではない。その頃は落ち着きのある長髪美青年だったのだろう。なのに、なぜこんな変態とまで呼べる猫好きに、メタモルフォーゼしてしまったのか!?
「そんな日々の中で唯一の癒しは、親友と語り合うことと、勤め先の裏に遊びに来る猫に餌をやり、戯れることだった……」
猫好きはもはや生まれつきなんですかそうですか……。なら、いつプレミアムクラスにグレードアップしたのか!?
「あれは、秋のある日のことだった。見慣れぬ猫が野良に混じってやって来たのだ。私は窓から見ていたのだが、その姿に釘付けになった。ミルク色の長く艶やかな毛並みに、高貴さすら感じさせるアクアマリンの瞳……。心臓が早鐘を打ち始め、私はいても経ってもいられず、餌を手に研究室を飛び出した」
ところが、麗しのお猫様は手強かった。おっさんの貢いだ餌のにおいを嗅ぎはしたものの、フンと鼻を鳴らして顔を背けて一口も食べなかった。おっさんはつれないその態度に二度ハートを撃ち抜かれた。なお、お猫様は「行かないでぇ! モフらせてぇ!」、と哀願するおっさんを残し、一瞥もせずその場を立ち去ったのだそうだ。
私は話を聞きながらちょっとどころではない危機感を覚えていた。おっさんの危ないツンデレ趣味がわかったからだけではない。まさか恋愛対象が猫なのだろうか。
しかし、その後はお猫様にようやくモフモフさせてもらうまでの、お涙頂戴のストーリーが延々延々と続き、私は退屈過ぎて居眠りをしていた。
おっさんってどうしてこうも話が長いのかしら……。
「……彼女が猫族だと知った時には驚いた。しかも、すでに絶滅したとされていた純血種である上に、その一族の長の娘なのだという。あの高貴さは姫君のものだったのかと納得したものだ。一族は森の奥でひっそり暮らしていたのだが、森が洪水に襲われ、彼女を残して全滅してしまったらしい。そこで、王家に保護を求めてきたのだそうだ」
丸まって眠りたいところだけれども、さすがにおっさんに悪いし……。
「……人の姿の彼女もやはり美しかった。私は、生まれて初めて恋に落ちたのだ」
ああ、体が右に左に振り子となって揺れる……。
「……彼女も初めはけんもほろろだったが、やがて私の貢ぎ物……。……。い、いや、愛を受け入れてくれるようになり、私たちは将来を誓い合う仲になった。しかし、彼女を愛したのは私だけではなかったのだ……!!」
脳内では羊が一匹、二匹と柵を越えている。ちなみにメリノ種である。メーメーメー……。
「……まさか、たった一人の親友が……陛下が彼女を狙っていたとは。彼女を譲るよう命じられた時、私はもうこの友情は終わりであり、カレリアにはいられないと、彼女を連れてリンナに亡命することにし……」
ああ、ハイ〇とク〇ラとペ〇ターとなぜかフランダー〇の犬もいる。皆仲良くあのどこから下がっているのかわからないブランコに乗っている……。
「……彼女を死に追いやった陛下だけは、あの男だけは許さない。私も奴から大切な存在を奪い取ってやるのだ!!」
……ハッ! もう少しで倒れるところだった。危ない危ない。
私は慌てて姿勢を正しておっさんを見上げた。
で、今話はどこまで進んだのでしょうか?
おっさんは私を見下ろし呆然としていた。
「……済まない。君に話してもわかるはずもないな。私もどうかしていた」
うん、確かにどうかしている。やっぱり独り身を拗らせたに違いない。
おっさんならまだイケると思うから、頑張って婚活して奥さんゲットした方がいいと思う。元カノ(?)の美猫のことなんて忘れてさ。
おっさんは私の首の後ろをコリコリと掻いてくれた。変態レベルの猫好きだけあって、猫の触ってもらって嬉しいところをわかっている。私は気持ちがよくてうっとりと目を閉じた。
「だけど、すっきりしたよ。誰にも言ったことがなかったからね。君は不思議な子だね」
私はそれからベッドの上に丸まって今度こそ眠りに落ちた。明日にはアトス様に会えるといいなと思いながら。