――おっさんの家は意外に庶民的で可愛かった。

 二階建てでこぢんまりとしていて、三角屋根を二つ組み合わせたようなラブリーなつくりだ。ひょっとすると奥さんの趣味なのかもしれない。

 おっさんは玄関前に来たところで、ついてきた私を戸惑ったように見下ろした。

「猫ちゃん、懐いてくれるのは嬉しいけど、そのリボン……君は飼い主がいるのだろう? 戻らなければ心配するのではないかい?」

 猫好きには悪い人はいないけど、このおっさんやっぱりいい人だわ。だって飼い主ごと心配してくれるもの。

「ニャアァ」

 鳴いて体を擦り付けると、おっさんは溜め息を吐き、苦笑して私を抱き上げた。

「困ったな。仕方がない。一晩だけだぞ。明日、あの広場に連れて行くからな。一緒に君の飼い主を探そう」

 ポケットから取り出した鍵で扉を開ける。

 家には誰もいないみたいで静まり返っていた。奥さんも子どももいないと言うことは、独身の一人暮らしなのだろうか。

 また、おっさんのある傾向に気付き、密かに冷や汗を流す。

 玄関の壁にかかった三毛猫のタペストリーに肉球模様の絨毯、なんと廊下の壁に据え付けられたランプまで猫型……!! ちなみに、目から明かりが放たれる仕様だ。

……これとよく似た光景をどこかで見たことがないかしら?

 おっさんは私を寝室に連れて行ってくれた。ちなみに、オフトゥンは黒猫のシルエット柄である。

 私はベッドに飛び乗り体を伸ばした。

 まあ、つい猫グッズを集めてしまうのは、猫好きにはよくあることよね!……多分。ひとまず宿を確保できたことを喜ぼう。

 おっさんはコートを脱いで部屋着に着替えている。

 私は何気なく室内を見回した。ベッド以外には家具のないシンプルな部屋だ。けれども、壁に一枚だけ肖像画が掛けられていた。もちろん、人間ではなく猫が描かれている。

「ンニャ?」

 私は見覚えのある姿に首を傾げた。真っ白な長い毛の猫で、アクアマリンのような、澄んだ水色の瞳の猫だ。

 そう、家で飼われていたミーアにそっくりだったのだ。

 ラフなシャツとズボンに着替えたおっさんが、「あの絵が気になるのかい」と笑いつつベッドに腰を下ろす。

「美しいだろう。……私がたった一人愛した女性だ」

 私は、はいぃぃ!?と仰天しておっさんを見上げた。

 確かに美猫だけれども、どう見ても猫でしょう!? 

 おっさんのヤバさに心臓の鼓動がバクバクと早くなる。

 キョドる私を前におっさんは膝の上に手を組んで語り始めた。

「彼女と出会ったのは、私がまだ二十歳の頃だった――」