私たちは警察犬と化したソフィア様のあとをついて行った。

 ソフィア様は廊下をくんくんと嗅ぎながら歩いていく。ユーリはまずトイレに行き、廊下に戻って、次は中庭に向かったみたいだった。

 ところが、途中でソフィア様の足がピタリと止まる。中庭の植え込み辺りを嗅ぎ回っていたものの、やがて鼻に皺を寄せて「ウウウ~」と唸った。

 更に、今度は厨房近くにある、メイド用の出入り口へ向かう。最後にぴょんとその場で一回転し、ベルば○のオス○ル様的な姿に戻って腕を組んだ。

「ユーリ殿はどうも裏口から出ていったらしい。それに、なぜかマリカ殿下のにおいもあるのだが……」

「はいぃ!?」

 つい素っ頓狂な叫び声を上げてしまった。

 どうしてマリカ様が王宮にいるの!?

 二日前からマリカ様はカレリアにいないはずなのに。

 愛しのアトス様が結婚すると知り、怒り狂ったマリカ様を止められる猛者は、多分カレリアにはいない―ーそう判断した陛下はアトス様の結婚相手が誰なのかを、重鎮や魔術師ら以外には当分極秘にすることにした。

 ちなみに、当初アトス様は自分がマリカ様を説得するつもりだったらしい。いつまでも隠しておけるものでもないし、マリカ様もいい大人なのだから、いずれはわかってくださるだろうと。

 しかし、そう申し出たアトス様に対する陛下の答えは、「あの天上天下唯我独尊が納得すると思うか?」だったのだそうだ……。

 そこで、陛下はアトス様と私の結婚式が終わり、マリカ様のほとぼりが冷めるまで、友好国のバルト公国に留学させることにしたのだ。向こうにはまだ独り身のイケメン公子が何人かいるので、気に入った相手がいれば婚約させるつもりもあると聞いていた。

 陛下はマリカ様の扱いには困ってはいるものの、なんだかんだで可愛いには違いないのよね。失恋のアフターケアも怠らないし。相手が陛下も手放せないレベルの、スーパー魔術師のアトス様でなければ、マリカ様の恋も叶っていたのかもしれない。

 まあとにかく、やっと無事に結婚できそうだとほっとした矢先にこれ!! まさか、マリカ様はもう私がアトス様の相手だと知っていたとか!? そこまでするとは思わなかったんだけど、私憎さにユーリをさらったとか!? ありえないと言い切れないところが、マリカ様の怖いところよ……!!

 ガクブルとなる私を前にソフィア様が告げる。

「これは一度陛下にご報告し、指示を仰ぐのがよろしいかと……。捜索隊を出していただこう」

 ソフィア様の言うとおりだったので、私たちは急いで陛下のもとへ行き、すぐに捜索隊を出してもらうことになった。

 アトス様には王宮で待っていろと言われたものの、さすがに弟のピンチにじっとしてはいられない。必死になってアトス様に訴えた結果、アトス様とソフィア様のいる捜索隊に混ぜてもらった。

 ううっ、ユーリ、今姉ちゃんが探しにいくからね!! 無事でいるのよ!!

 王宮の周囲には王都の城下町があって、これが結構広くて多分新宿くらいはある。この世界のこの大陸では一、二を争う規模だ。

 とはいえ、いくらマリカ様でも一応女の子の足だし、ユーリを連れているし、一、二時間程度でそう遠くにまで行けるとは思えない。

 私は獣化したソフィア様の隣を歩きながら、ユーリを必死になって探していた。

 ところで、私も猫の姿になっている。さすがに犬……いや狼ほどではないものの、人間よりはずっと嗅覚があるし、ジャンプして屋根にも登れる。ユーリを探すのに役立つだろうと判断したのだ。

 なのに、まだマリカ様もユーリも見つからない。中央通りにも西通りにも南通りにも北通りにもいない。

 最後に、東通りの終わり近くに来たところで、ソフィア様の四本の足がふと止まった。レンガ造りの細長い三階建ての建物を見上げる。きっと平民用の集合住宅だったところだ。でも、屋根や壁の一部が崩れていて、人が住んでいる気配はない。きっと古くなってひどく傷んだので、皆引っ越してしまったのだろう。

 アトス様が腰を屈め、ソフィア様の顔を覗き込んだ。

「この中にいるのか?」

 ソフィア様は小さく頷き、前足で閉ざされた扉を掻いた。ここで二人のにおいが途切れているみたいだ。

 捜索隊の一人の近衛兵が取っ手を押したり引いたりしたものの、鍵が掛けられているらしく扉はピクリともしない。

 アトス様が「私がやる」と代わったものの、すぐにはっとして眉を潜めた。

「魔術で封印されている……」

 次は手のひらから魔力の光を出して開けようとしたりしたものの、どうにもならなかったらしく「馬鹿な」と息を呑む。

「開かない……なぜだ」

 これにはソフィア様も、捜索隊の近衛兵も、私もそんなバカなと目を見開いた。

 アトス様は実質的にカレリア一の魔術師だ。そんじょそこらの魔術師の掛けた鍵や封印なんて簡単に解いてしまう。そのアトス様に太刀打ちできない相手がいるだなんて――

 不吉な予感に背筋がぞくりと震える。マリカ様とユーリは恐ろしい誰かの関わる、事件に巻き込まれているのではないだろうか?

 でも、このまま引き下がるわけにはいかない。私はどこか出入りのできる場所はないかと建物を見上げた。そして、二階の壁の一部に穴が空いているのが目に入る。人間は子どもでも無理だろうけど、猫の私なら通り抜けられる大きだった。

 くっそう、猫族を舐めるんじゃないわよ!!

 私は距離と高さを頭の中で計算しつつ、お尻をふりふりとして準備を整えると、一気にソフィア様に向かって駆け出した! 

「ワフッ!?」

 ソフィア様は勢いよく向かってくる私を見て目を見開く。「何をするつもりなのか」と顔に書いてあった。

――ソフィア様、ごめんなさい。踏み台になっていただきます!

 私はとんと地を蹴りソフィア様のモフモフの背に着地すると、続いて近くにいるアトス様の肩に飛び乗った。最後に渾身の力を振り絞ってジャンプをする。

「アイラ……!?」

 あの穴に届くか、届かぬか、それが問題だ! やった! ギリギリ届……かなかったあああぁぁぁ!! 

「うにゃぁぁぁあああ!!」

 私は壁に前足の爪を立てた。とにかく這い上がろうと必死である。

 穴まであと二〇センチ! 二〇センチなのに……!!

 しかし、重力には逆らえずに、ギィィィと耳を塞ぎたい音を立てつつ、ずりずりと壁を落ちていく。あっ、あっ、あっ、落ちる、落ちるぅぅぅううう!!

 ええい、踏ん張れ私、負けるな私!! 猫だってやるときゃやるのよ!!

 私は根性だけを頼りに前足と後ろ足に力を込め、ずり……ずり……とナメクジのスピードでよじ登った。

「アイラ! いけない! 戻るんだ!」

 アトス様の声が聞こえたけれども、中まで探せるのは私しかいない。

 ようやく穴に潜り込むことができて、腹ばいになってほっと息を吐き出す。封印がかけられていたのは、幸い扉だけだったみたいだ。

 早速鼻をひくつかせると、奥からユーリのにおいを感じた。

 よし、ひとまずマリカ様とユーリの無事を確認していこよう。

 私は埃っぽい空間に足を踏み出した。