そして、お母さんから届いたと言う手紙を、すぐに読ませてくれたのだそうだ。

『クラウス様
 お久しぶりでございます。私、ミルヤを覚えているでしょうか。その節はお世話になりました。
 ヴァルトの亡くなったあの事故の直後、行方をくらまし申し訳ございませんでした。わけは説明しかねますが、そうするしかなかったとだけお伝えいたします。
 とは言っても、陛下からすでに事情をお聞きしているのなら、今回の手紙ですべてを理解されるかもしれませんね。それでも、あくまでその件については、ご存知ないと仮定してお願いします。
 私にはアトスという息子がおります。もちろんヴァルトの子です。今年十二歳になりました。
 初めは父親について教える気はありませんでした。平凡でも穏やかな生涯を送れればと思っておりました。
 アトスは六歳までは私の血を濃く引いているように思われました。あの頃のアトスはそれは可愛かったものです。毎日撫で倒しておりました。そして、アトスが息子でよかったと溜め息を吐いたものです。
 ところが、アトスの魔力は成長するごとに増大し、十二歳ごろには私の血は掻き消えたのかと思うほど、ヴァルトにそっくりになっていきました。
 私は魔術師ではございませんから、この子の才能を伸ばす術を知りません。また、これはアトスを産んでからずっとなのですが、体調が不安定で、近頃は自分の能力も持て余し気味です。これでは私はアトスを育てるどころか、重荷となってしまうでしょう。
 クラウス様、どうぞアトスを立派な魔術師にしていただけませんか。養育費として、これまで貯めたお金を同封します。
 また、私はこれから姿を消しますが、どうか探さないでください。そして、アトスにもこの手紙を読ませていただければと思います。
 息子にも書き置きをしたかったのですが、私はもうペンを握ることが難しくなっているのです。
 アトス、急にいなくなってごめんね。母さんはいつもお前を見守っているからね。
ミルヤより』

 私は話を聞いてウ~ニャと唸った。

 なんとも謎の多い手紙だ。お母さんはなぜ隠れてアトス様を育てていたのか。なぜ女の子でなくてよかったと思ったのか。なぜアトス様を残して失踪したのか。

 おまけに陛下も関わっていたみたいだ。ヴァルトの死の前後に何があったのだろう。

 アトス様は私の耳いじりながら語り続ける。

「父がヴァルトと知って驚くのと同時に、もちろん、私も恐らく君と同じ疑問を持ちました」

 昔何があったのかと何度も総帥を問い詰めたけれども、総帥はまだ言えないと答えるばかりだった。陛下も気まずそうに話を逸らすのだそうだ。

「しかし、その件について以外は、陛下も養父もこの十二年、私に大変よくしてくださった。だから、手紙の内容はもう忘れてしまおうと思っていた」

 アトス様は私を膝の上でひょいとひっくり返すと、喉、首を揉んで摘んで、お腹をやわやわとマッサージしてくれた。

 あ、そこ、そこぉ……。アトス様ってゴッドハンドの持ち主だわ……。いつもこの手で天国に行っちゃうんだわ……。気持ちよすぎて液体になっちゃうんだわ……。

 アトス様は蕩ける私を見下ろしながら、小さな溜め息を吐いてこう呟いた。

「ところが、君との結婚が決まってから、式が終わり次第すべてを話したいと、先日養父が頭を下げてきた。昔、父と母と陛下と養父に何があったと言うのか」

 う~む、どれだけ脳みそをフル稼働してもわからない。

 私が一番気になる謎は、お母さんがなぜ突然いなくなり、どこに行ったのかということだ。だって、いくら子どもがある程度大きくなって、託せる人がいても、私だったら置いていくだなんて有り得ない。

 ペンを握るのが難しいと書かれていたそうだから、病気の療養に行ったのかとも思ったけれども、なら探さないでくださいなんて言うのはおかしい。居場所を教えておいた方がアトス様だって安心するのだから。

 私はそこではっとして目を見開いた。

 誰かを探しに行ったんじゃない? 子どものアトス様と同じくらい大切な人、決して放っておけない人だ。例えば旦那様や恋人とか――

 心臓が大きく鳴って早鐘を打ち始める。

 魔術師ヴァルトは二十五年前、山火事に巻き込まれて死んだと聞いている。だけど、遺体は見つかっていないはずだ。多分燃え尽きたと言うことだったけれども、そもそもまだ生きていたのだとしたら? お母さんが手がかりになるものを見付けていたのだとしたら?

 いや、そんなはずが、でもあり得なくはないと頭がぐるぐるとなる。しかし、猫の頭ではそこが限界だったのだろう。一本しかない思考回路がついにショートしてしまった。

 すっかり疲れてアトス様に身を委ねる。どちらにしろ結婚式が終わったら、総帥が昔何があったか打ち明けてくれるそうだから、それを待ったほうがいいだろう。

 アトス様も同じように考えているのか、手紙についてはもう話さなかった。ふと唇の端に笑みを浮かべて私を見下ろす。タンザナイト色の瞳には甘い光が浮かんでいた。

「この話は終わりにしましょう。そろそろ人の姿に戻ってくれませんか」

 私はハテナと首を傾げつつも、アトス様の膝の上で一回転。たちまち体が大きくなる。

 ちなみに、前みたいなスッポンポンではない。目の色と同じエメラルドグリーンのワンピースを着ている。アトス様が人間に戻った時には服になるよう、あのリボンを改造してくれたのだ。

 やっぱり魔術って便利だわ。

 アトス様は感心する私を膝の上に載せると、頬にキスをし、続いて耳の毛先をくすぐって来た。

「ひゃんっ!」

 びくりと反応する間に胸に抱き締められてベッドに押し倒される。私はま、まさかとスケベな期待……いや不安に胸を高鳴らせた。

 行っちゃう!? 行っちゃいますか!? そうだよね、私たち法律上はもう夫婦なんだから、行っちゃってもいいんだよね!

 ところが、アトス様は私の頭と背をよしよしと撫でると、そのままオフトゥンをひっかぶって瞼を閉じた。

「猫もいいですが、眠る時にはこれくらいのサイズがあった方が抱き心地がいいですからね。うん、猫族はやはり人の姿でも体温が高い……ぬくい……」

 ちょ、ちょっと待って。私って抱き枕兼湯たんぽですか!? このパンパンにはち切れんばかりの期待をどうしてくれるのよ!! 

 しかし、そうしてアトス様とオフトゥンに包まれていると、温かくて気持ちが良くてだんだん眠くなってくる。こうして私たちは一つベッドの中にいながら、朝までそれはぐっすりと健康的に熟睡したのだった……。