アトス様と客間に戻る頃には、もうすっかり外は暗くなっていて、室内にはランプが灯されていた。浴室の湯船はお湯が張られていて、至れり尽くせりの待遇に、ちょっと気が引けてしまう。
私はアトス様にお先にどうぞとお風呂に入ってもらった。一緒に入りませんかと色っぽい流し目で誘われたけど、生憎湯船が狭くて二人は無理そうだったからだ。アトス様って痩せてはいるけど大きいものね……。
それにしても、一人きりでただ待っているのは退屈だ。暇つぶしになるものはないかと室内を見回し、天蓋付きの広々としたベッドにはっとなった。
シーツにはシワひとつなくふたつの枕はフカフカ、かけられたダイヤ柄のキルトも上等の布地なのだろう。いかにも気持ちよさそうな光沢を放っていた。
心と体がうずうずする。私は息を整えてぴょんとジャンプし、白黒ハチワレの靴下猫の姿になった。変身もすっかり慣れてお手の物だ。うわーいとばかりにベッドのど真ん中に飛び込む。
ベッドは予想通りに柔らく温かかった。お腹が一杯だったからか、すぐに眠気が襲ってくる。同時に、本能からの衝動に逆らえずに立ち上がった。
「……」
私は一心不乱でキルトをフミフミし始めた。
我ながら謎過ぎる行動だと思うけど、最近寝る前にはこのフミフミをせずにいられない。リラックスした気持ちが更にほっとするからだ。ゴロゴロと喉まで鳴らしてしまう始末。
ああ、でも、やっぱりオフトゥンは最高だわ。幸せの象徴だわ。一生ここでフミフミしていたい……。それともうどん職人に転職しようかしら……。
私はフミフミに夢中になるあまりに、アトス様がお風呂から上がり、ガウン姿でベッドに腰を降ろし、こちらを眺めていたのにも気付かなかった。気付いたのはフミフミするだけして満足し、さあ寝るか!と顔を上げてからのことだ。
「ニャニャニャニャニニャニャニ!?」
いつの間にここに来ていたの!?
まだ湿ったタンザナイト色の髪と、眼鏡を外した切れ長の目の中にある同じ色の瞳。ガウンの合わせから見え隠れする胸筋のコンボ技は、某アニメの電気ネズミの放つ十万ボルト以上の破壊力だった。色気に当てられて死にそうになる。
アトス様は唇の端に笑みを浮かべながら、私をひょいと抱き上げ膝の上に載せた。
「十分ほど前からでしょうか。私は猫のこのパンをこねる姿が何度も見ても好きで……」
なるほど、カレリアではそう表現するのか。香川県民の誇るうどんなんてないものね。
それにしても、今は猫の姿をしているのにどうして私の聞きたいことがわかったのだろう。話がちゃんと通じている感がある。
アトス様は私の喉の下を撫でながら教えてくれた。
「君の性格や行動パターンも、ほとんど把握できましたからね。それらの情報と表情でおおよそわかるようになりました」
この短期間にそこまで分析できたって、つまり私が単純だってことなのだろうか……。
複雑な思いになりながらも、アトス様の膝も気持ちがよく、私は引き締まったお腹に顔をくっつけて甘えた。
アトス様はしばらく私の背に手を当てていたけれども、窓から見える三日月が雲に隠れたところで、「驚いたでしょう」といつになく小さな声で呟いた。すぐに、ヴァルトの、お父さんの話なのだと悟る。
「この話をご存知なのは、宮廷では陛下と義父の総帥のみです。陛下はさすがに妻になる君には、すでに打ち明けているだろうと思われていたらしい」
いつか私には話さなければと思いつつ、タイミングを見つけられなかったとアトス様は苦笑した。
「両親は結婚していませんでした。父は、母が私を身籠っていたとも知らなかったようだ」
えっ!? まさかヴァルトはアトス様のお母さんを弄んで捨てたわけ!? お母さんは妊娠に気付いても、認知と養育費の請求はしなかったの!?
有名人のスキャンダルに息を呑む私をよそに、アトス様は淡々とした口調で語り続けた。
「私は十二になるまで、名もない村で母一人に育てられました。母は立派な人だったと言うだけで、父の氏素性までは頑として教えてはくれなかった」
アトス様がお父さんは魔術師ヴァルトだと知ったのは、お母さんがなんの前触れもなく姿を消した翌日のことだった。一人ぼっちになり途方に暮れるアトス様を、総帥が迎えに来たのだそうだ。
総帥はアトス様の顔を見るなり、涙を流して手を取った。
『ああ、確かにヴァルトによく似ている。お前さん、アトスと言うそうだね。儂はお前の母さんに頼まれて来た。宮廷魔術師団総帥といえばわかるかい?』
私はアトス様にお先にどうぞとお風呂に入ってもらった。一緒に入りませんかと色っぽい流し目で誘われたけど、生憎湯船が狭くて二人は無理そうだったからだ。アトス様って痩せてはいるけど大きいものね……。
それにしても、一人きりでただ待っているのは退屈だ。暇つぶしになるものはないかと室内を見回し、天蓋付きの広々としたベッドにはっとなった。
シーツにはシワひとつなくふたつの枕はフカフカ、かけられたダイヤ柄のキルトも上等の布地なのだろう。いかにも気持ちよさそうな光沢を放っていた。
心と体がうずうずする。私は息を整えてぴょんとジャンプし、白黒ハチワレの靴下猫の姿になった。変身もすっかり慣れてお手の物だ。うわーいとばかりにベッドのど真ん中に飛び込む。
ベッドは予想通りに柔らく温かかった。お腹が一杯だったからか、すぐに眠気が襲ってくる。同時に、本能からの衝動に逆らえずに立ち上がった。
「……」
私は一心不乱でキルトをフミフミし始めた。
我ながら謎過ぎる行動だと思うけど、最近寝る前にはこのフミフミをせずにいられない。リラックスした気持ちが更にほっとするからだ。ゴロゴロと喉まで鳴らしてしまう始末。
ああ、でも、やっぱりオフトゥンは最高だわ。幸せの象徴だわ。一生ここでフミフミしていたい……。それともうどん職人に転職しようかしら……。
私はフミフミに夢中になるあまりに、アトス様がお風呂から上がり、ガウン姿でベッドに腰を降ろし、こちらを眺めていたのにも気付かなかった。気付いたのはフミフミするだけして満足し、さあ寝るか!と顔を上げてからのことだ。
「ニャニャニャニャニニャニャニ!?」
いつの間にここに来ていたの!?
まだ湿ったタンザナイト色の髪と、眼鏡を外した切れ長の目の中にある同じ色の瞳。ガウンの合わせから見え隠れする胸筋のコンボ技は、某アニメの電気ネズミの放つ十万ボルト以上の破壊力だった。色気に当てられて死にそうになる。
アトス様は唇の端に笑みを浮かべながら、私をひょいと抱き上げ膝の上に載せた。
「十分ほど前からでしょうか。私は猫のこのパンをこねる姿が何度も見ても好きで……」
なるほど、カレリアではそう表現するのか。香川県民の誇るうどんなんてないものね。
それにしても、今は猫の姿をしているのにどうして私の聞きたいことがわかったのだろう。話がちゃんと通じている感がある。
アトス様は私の喉の下を撫でながら教えてくれた。
「君の性格や行動パターンも、ほとんど把握できましたからね。それらの情報と表情でおおよそわかるようになりました」
この短期間にそこまで分析できたって、つまり私が単純だってことなのだろうか……。
複雑な思いになりながらも、アトス様の膝も気持ちがよく、私は引き締まったお腹に顔をくっつけて甘えた。
アトス様はしばらく私の背に手を当てていたけれども、窓から見える三日月が雲に隠れたところで、「驚いたでしょう」といつになく小さな声で呟いた。すぐに、ヴァルトの、お父さんの話なのだと悟る。
「この話をご存知なのは、宮廷では陛下と義父の総帥のみです。陛下はさすがに妻になる君には、すでに打ち明けているだろうと思われていたらしい」
いつか私には話さなければと思いつつ、タイミングを見つけられなかったとアトス様は苦笑した。
「両親は結婚していませんでした。父は、母が私を身籠っていたとも知らなかったようだ」
えっ!? まさかヴァルトはアトス様のお母さんを弄んで捨てたわけ!? お母さんは妊娠に気付いても、認知と養育費の請求はしなかったの!?
有名人のスキャンダルに息を呑む私をよそに、アトス様は淡々とした口調で語り続けた。
「私は十二になるまで、名もない村で母一人に育てられました。母は立派な人だったと言うだけで、父の氏素性までは頑として教えてはくれなかった」
アトス様がお父さんは魔術師ヴァルトだと知ったのは、お母さんがなんの前触れもなく姿を消した翌日のことだった。一人ぼっちになり途方に暮れるアトス様を、総帥が迎えに来たのだそうだ。
総帥はアトス様の顔を見るなり、涙を流して手を取った。
『ああ、確かにヴァルトによく似ている。お前さん、アトスと言うそうだね。儂はお前の母さんに頼まれて来た。宮廷魔術師団総帥といえばわかるかい?』