ミーアの声は小さくて何を言っているのかわからない。私から見るとアトス様が一方的にしゃべっているように見えた。時々ちょっと怒っているようにも見える。一体何があったんだろう。アトス様は十分ほど話して立ち上がると、ミーアを見下ろし溜息を吐いた。
「……とにかく、無事ならよかった。この家から黙って離れないということだけは約束してください。アイラの弟も……義弟も、すっかりあなたが気に入って、大切にしているようですからね」
「……? ……? ……?」
ますますもってわからない。
私はまさかと口を押えた。
まさか、ミーアも猫族なんだろうか? そ、それで愛人というよりは、アトス様の元カノとか……!?
割とありえそうな可能性だと息を呑む。あの猫族好きのことだもの。だが、いや、待てよと私は腕を組んだ。
猫族は猫バージョンの時には、猫族としか言葉が通じないはずだ。私も白黒ハチワレの時にはカイとしか話せなかったし、アトス様とは「ニャー」「ミャー」――としか会話ができなかったではないの。結果、誤解に誤解が重なり、そのおかげで結婚できたから、悪いことばっかりじゃなかったんだけどさ……。
なら、どんな関係だというのだろうか。ない脳みそを振り絞ったものの、私は今世では見た目は大人、頭脳は猫並み、その名は猫族のアイラ!なのだ。数分後、無駄なエネルギーを消費するだけだと考えるのを止めた。
アトス様に後から直接聞こうとうんうんと頷く。行く先々で事件が起こって慣れたからか、すっかり名探偵になったあの某キャラとは違って、私はどうせ推理なんてできないんだから、正攻法、正面突破が一番だわ。でも、なんて聞けばいいんだろうか。アトス様とミーアはどんな関係なんですか?だと、まさしく誤解して嫉妬に燃える妻みたいだし……。
「ミーアの正体はなんなんですか? あの様子だと血統書付きですよね。所詮短毛の雑種より高級な長毛種の方が好みですか? やだ、どうして質問がそっちに行っちゃうのよ……!」
そうして一人ツッコミ、一人ボケをやっていると、不意に頭上から声を掛けられた。
「いや、私の好みは短毛種ですよ」
「……にゃっ!?」
「血統書にも興味はありませんね。猫は猫でありさえすれば、それだけでいいのです」
驚いてつい猫耳がぴょこんと飛び出てしまう。この声はと恐る恐る顔を上げると、アトス様が壁に手をかけ、笑いながら私を見下ろしていた。
「立ち聞きですか? いけない子ですね」
なんと、とっくにメイドは見た!を気づかれていたのだ……!
「ご、ご、ご、ごめんなさいっ!!」
「おおっと、待ってもらいますよ。すばしっこい子だ」
アトス様はすぐに長い腕を伸ばして、逃げ出そうとした私を後ろから抱き締めた。胸の前に手を回されて動けなくなってしまう。
「アイラ、何が気になったのですか?」
「そ、その……」
私は気まずくなって足元の石畳に目を落とした。観念して悪事の理由を打ち明ける。
「ミーアと、どんな関係なのかなって……。アトス様と知り合いみたいだから……。私、アトス様のこと、何も知らないですし……なんだか不安になっちゃって……」
アトス様の腕にちょっと力がこもった。
「……アイラ、まさか妬いてくれているのですか?」
うっ、結局そこなのよね。だって、私の取り柄って猫族ってことくらいで、それも取り柄というよりは、アトス様の好みってだけだから。本当に私でいいのかしらと、アトス様の顔を見るたびに思うのよ。他に猫族の女の人が現れたら、対抗できる気がまったくしない。
落ち込む私の頭にアトス様が顎を乗せる。
「あ、アトス様……?」
「……君が嫉妬してくれる日が来るとは嬉しいものですね」
右の猫耳をくすぐられて「にゃんっ」とびくりと体が震えた。
「先ほどお義父さんにミーアが昔飼っていた猫にそっくりだと言ったでしょう。ミーアは似ているのではなく、その猫そのものだったのですよ」
「ええっ!?」
アトス様曰く、ミーアは王都に来る前一緒に暮らしていた猫らしい。ある日ふらりと姿を消してしまいずっと探していたのだとか。それが、私の家で見つかったのだから目を剥いたらしい。
「じゃ、じゃあ、アトス様が引き取った方がいいんじゃ……」
「……いや、君の弟がせっかく可愛がってくれているようですし、あの様子では手放すなんてことはできないでしょう」
弟は確かにミーアが大好きになっていて、取り上げようものなら泣き喚くだろう。
「ミーアも君のご家族が気に入っているようですから、あのままにしておこうと思います。ああ、そうだ。その弟のユーリ君ですが、あの子は魔力が強いですね。それも、魔術師に向いている性質の魔力です。恐らく、水と土に秀でているはず」
な、なんですと!?
「魔術師団には入団試験や適性検査もありますし、本人の希望も聞きたいとは思いますが、まだ就職先が決まっていないのなら、魔術師団にどうでしょう?」
「そ、そ、そ、それはもちろんお願いしますっ!!」
さすがわが弟! エリート道まっしぐら!と心の中で両手に扇子の阿波踊りだ。そのニュースでミーアの件が頭から吹っ飛んでしまった。
「とりあえず、筆記での適性試験だけなら二、三時間で終わりますから、それだけでもやってもらいましょうか。ああ、そうだ。今度陛下に結婚の報告に王宮へ行く際、ユーリ君も一緒に連れて行きましょう。すぐに受験できるよう手はずを整えておきますから」
「はいっ! よろしくお願いしますっ!!」
「……その前に」
アトス様は私の体を腕の中でくるりと回した。私の頬を被って目元にキスをする。
「猫耳の君はやっぱり可愛いな。食べてしまいたくなる」
「ひゃっ……にゃめですよ。誰か見ていたら……」
「誰も見ていないし、見られても困ることはないよ」
顔中にキスを繰り返され、最後に唇を重ねられ、その甘さにうっとりしていた私は、彼女のことをすっかり忘れていた。彼女とはミーアのことではない。あのまな板王女ことマリカ様である。
その恐怖を一週間後に再び味わう羽目になろうとは、この時にはまだ想像もしていなかったのだった……。
「……とにかく、無事ならよかった。この家から黙って離れないということだけは約束してください。アイラの弟も……義弟も、すっかりあなたが気に入って、大切にしているようですからね」
「……? ……? ……?」
ますますもってわからない。
私はまさかと口を押えた。
まさか、ミーアも猫族なんだろうか? そ、それで愛人というよりは、アトス様の元カノとか……!?
割とありえそうな可能性だと息を呑む。あの猫族好きのことだもの。だが、いや、待てよと私は腕を組んだ。
猫族は猫バージョンの時には、猫族としか言葉が通じないはずだ。私も白黒ハチワレの時にはカイとしか話せなかったし、アトス様とは「ニャー」「ミャー」――としか会話ができなかったではないの。結果、誤解に誤解が重なり、そのおかげで結婚できたから、悪いことばっかりじゃなかったんだけどさ……。
なら、どんな関係だというのだろうか。ない脳みそを振り絞ったものの、私は今世では見た目は大人、頭脳は猫並み、その名は猫族のアイラ!なのだ。数分後、無駄なエネルギーを消費するだけだと考えるのを止めた。
アトス様に後から直接聞こうとうんうんと頷く。行く先々で事件が起こって慣れたからか、すっかり名探偵になったあの某キャラとは違って、私はどうせ推理なんてできないんだから、正攻法、正面突破が一番だわ。でも、なんて聞けばいいんだろうか。アトス様とミーアはどんな関係なんですか?だと、まさしく誤解して嫉妬に燃える妻みたいだし……。
「ミーアの正体はなんなんですか? あの様子だと血統書付きですよね。所詮短毛の雑種より高級な長毛種の方が好みですか? やだ、どうして質問がそっちに行っちゃうのよ……!」
そうして一人ツッコミ、一人ボケをやっていると、不意に頭上から声を掛けられた。
「いや、私の好みは短毛種ですよ」
「……にゃっ!?」
「血統書にも興味はありませんね。猫は猫でありさえすれば、それだけでいいのです」
驚いてつい猫耳がぴょこんと飛び出てしまう。この声はと恐る恐る顔を上げると、アトス様が壁に手をかけ、笑いながら私を見下ろしていた。
「立ち聞きですか? いけない子ですね」
なんと、とっくにメイドは見た!を気づかれていたのだ……!
「ご、ご、ご、ごめんなさいっ!!」
「おおっと、待ってもらいますよ。すばしっこい子だ」
アトス様はすぐに長い腕を伸ばして、逃げ出そうとした私を後ろから抱き締めた。胸の前に手を回されて動けなくなってしまう。
「アイラ、何が気になったのですか?」
「そ、その……」
私は気まずくなって足元の石畳に目を落とした。観念して悪事の理由を打ち明ける。
「ミーアと、どんな関係なのかなって……。アトス様と知り合いみたいだから……。私、アトス様のこと、何も知らないですし……なんだか不安になっちゃって……」
アトス様の腕にちょっと力がこもった。
「……アイラ、まさか妬いてくれているのですか?」
うっ、結局そこなのよね。だって、私の取り柄って猫族ってことくらいで、それも取り柄というよりは、アトス様の好みってだけだから。本当に私でいいのかしらと、アトス様の顔を見るたびに思うのよ。他に猫族の女の人が現れたら、対抗できる気がまったくしない。
落ち込む私の頭にアトス様が顎を乗せる。
「あ、アトス様……?」
「……君が嫉妬してくれる日が来るとは嬉しいものですね」
右の猫耳をくすぐられて「にゃんっ」とびくりと体が震えた。
「先ほどお義父さんにミーアが昔飼っていた猫にそっくりだと言ったでしょう。ミーアは似ているのではなく、その猫そのものだったのですよ」
「ええっ!?」
アトス様曰く、ミーアは王都に来る前一緒に暮らしていた猫らしい。ある日ふらりと姿を消してしまいずっと探していたのだとか。それが、私の家で見つかったのだから目を剥いたらしい。
「じゃ、じゃあ、アトス様が引き取った方がいいんじゃ……」
「……いや、君の弟がせっかく可愛がってくれているようですし、あの様子では手放すなんてことはできないでしょう」
弟は確かにミーアが大好きになっていて、取り上げようものなら泣き喚くだろう。
「ミーアも君のご家族が気に入っているようですから、あのままにしておこうと思います。ああ、そうだ。その弟のユーリ君ですが、あの子は魔力が強いですね。それも、魔術師に向いている性質の魔力です。恐らく、水と土に秀でているはず」
な、なんですと!?
「魔術師団には入団試験や適性検査もありますし、本人の希望も聞きたいとは思いますが、まだ就職先が決まっていないのなら、魔術師団にどうでしょう?」
「そ、そ、そ、それはもちろんお願いしますっ!!」
さすがわが弟! エリート道まっしぐら!と心の中で両手に扇子の阿波踊りだ。そのニュースでミーアの件が頭から吹っ飛んでしまった。
「とりあえず、筆記での適性試験だけなら二、三時間で終わりますから、それだけでもやってもらいましょうか。ああ、そうだ。今度陛下に結婚の報告に王宮へ行く際、ユーリ君も一緒に連れて行きましょう。すぐに受験できるよう手はずを整えておきますから」
「はいっ! よろしくお願いしますっ!!」
「……その前に」
アトス様は私の体を腕の中でくるりと回した。私の頬を被って目元にキスをする。
「猫耳の君はやっぱり可愛いな。食べてしまいたくなる」
「ひゃっ……にゃめですよ。誰か見ていたら……」
「誰も見ていないし、見られても困ることはないよ」
顔中にキスを繰り返され、最後に唇を重ねられ、その甘さにうっとりしていた私は、彼女のことをすっかり忘れていた。彼女とはミーアのことではない。あのまな板王女ことマリカ様である。
その恐怖を一週間後に再び味わう羽目になろうとは、この時にはまだ想像もしていなかったのだった……。