私はびっくりし過ぎて金髪忍者を呆然と見つめるばかりだった。他猫が変身するのを見るのは初めてだったし、猫族は人間との混血が進んで、変身ができる子孫は少ないと聞いていたから。

「いや、あの、その……」

 動揺し過ぎて呂律が回らない。

「イヤ・アノソノか。変わった名前だな」

 な、な、な、なんと! 言葉ががっつり通じているじゃありませんか……!!

 猫族同士では猫の姿でも意思疎通が図れるらしい。

「ち、違います。アイラ・アーリラです」

「へえ、アイラか。可愛いじゃないか」

 さすがにこの状況で「猫に名を聞く時には先に名乗れ」とは言えない。私は唯一動く頭をプライドもへったくれもなく檻の底に擦り付けた。

「右や左の旦那様、この哀れな猫どもめを助けていただけないでしょうか。この通り猫浚いに捕まってしまいまして、このままではカレリア方薬まっしぐらなんですぅ~!」

「カレリア方薬? なんじゃそりゃ?」

 金髪忍者は頭を掻きつつわけがわからんと言った顔していたけれども、やがて「了解。ここの全員を助けてやるよ」とニヤリと笑う。

「その代わり、頼みがあるんだけど」

「頼み?」

 社畜になれだろうかそれとも、奴隷になれだろうか。どちらにしろ命あっての物種だ。アトス様とのダブルワークになるけれども仕方ない。カレリア方薬にされるよりははるかにマシである。何、社畜人生は二度目だからどうにかなるさと、私は一も二もなくコクコクと頷いた。

「なんでもいたします! だから助けてくださぁい!!」

「猫族に二言はないな?」

「はい! ございません! ……多分!」

 契約前におのれの身の安全を図るために、「多分」を小声で付け加えておいた私は偉い。前世でも今世でも不利な雇用契約ばかりしてきたせいで、いらんところで世慣れてしまっていたのだ……。

「よし。成立。俺って運がいいな」

 金髪忍者はすっくと立ち上がると、早速猫たちの閉じ込められた檻を開けて行った。檻には魔力対策をした鍵がかかっているはずなのに、金髪忍者が手を当てると軽く火花が飛んで、簡単に外れて行ってしまうので驚く。

「あの……獣人って魔力のほとんどを獣化に使ってしまうから、魔術は得意じゃないって聞いたことがあるんですけど……」

 金髪忍者は三毛猫の網を解きつつカラカラと笑った。

「俺は特別だからね。なんてったって純血の猫族だから、他の奴らとは魔力量が全然違うわけ。まあ、その純血も俺が最後になるかと思っていたんだけど……やっぱり俺はついていたね」

 純血の猫族だと聞いてそんな馬鹿なと二度驚く。アトス様は、獣人の純血はもうほとんどいないと言っていなかった? でも、絶滅したとも断言していなかったような……。

 私が必死になってあやふやな記憶を探る間に、金髪忍者は最後の猫を倉庫の出口から逃がした。猫は振り返りもせず一目散に逃げていく。金髪忍者はその背を見送り檻の中の私に目を向けた。

「さて、やっと二人きりになったことだし、自己紹介と行くか」

 二人きりではなく一人と一匹じゃないかと心の中で突っ込む。

 金髪忍者は鼻歌を歌いながら檻の鍵を壊し、私を胡坐の上に載せると、網を丁寧に解いていった。

「俺はカイ。カイ・ミスカ。アイラ、忘れるんじゃないぞ」

 さすがに雇用主となる人物の名前を忘れたりはしない。いや、この場合は猫物なのだろうか?

 私が真剣に迷い、悩む間にカイは自己紹介を続けた。

「出身はどこだかも知らないけど、住んでいるのはカレリアのお隣のリンナ国。まあ、今のところはだけどな」

 カレリアとリンナ国は貿易での見解の相違や、宗教の違いでのいざこざがあって、仲がいいとは言えない状態だと聞いたことがある。ちなみに、こちらは一神教で向こうは多神教だ。宗教ごったまぜの日本の知識がある私からすれば、お互い好きにやればいいじゃんと思うけど、カレリアとリンナではそうもいかないらしい。

 これは難しい仕事になるかもしれないと覚悟を決める。その前にカレリアとリンナって労働ビザの相互協定はあったかしら?

 うだうだ考えるうちにカイがついに網を解いて、私をころんと胡坐の中に転がした。

「はい、終わり。お疲れさん」

「あ、あ、あ、ありがとうございます!」

 私は解放感にカイの膝から飛び降りると、まずは思う存分背伸びをした。まずは前足をついて後ろに体を引くと、次は前に押し進むようにして体勢を建て直す。

 やれやれ、やっと数時間の緊縛プレイによるコリが解れたわ。

 カイはそんな私の様子をじっと見つめていたけど、やがて、「なあ、アイラ」と腕を組んで私に尋ねた。

「お前、まさかとは思っていたが、獣化を解く方法を知らないのか?」

 知っていればこんな目に遭っていないと思う……。

 私は顔を洗いつつカイに「しらにゃい」と答えた。

「私は先祖返りみたいで、お父さんからもお母さんからもなんにも聞いていないもん。どうすれば人間に戻れるの?」

「先祖返り……なるほどな。伝統が途切れたわけか。お前は何も知らないわけだ」

 カイはまたニヤリと笑うと腰を屈めて私に耳打ちをする。

「なあ、アイラ、自分の意志で人間に戻れる方法を教えてやろうか。コツを覚えれば簡単だ」

「……!! ど、ど、ど、どうやればいいんですか!?」

「かつては猫族では常識だったらしいが、今では知る者はほとんどいないな……。まあ、俺の言うとおりにやれ。まずは体の中に魂の核があり、そこにエネルギーが集まっているイメージをしろ。その核を崩し、エネルギーも同時に開放して吐き出すんだ。タイミングはこうだ」

 私はヒッヒッフー、ヒッヒッフー、とやるカイを眺めながら、これってラマーズ法じゃないですか……?と冷や汗を流しつつそれに倣った。

 すると、本当に全身から風船から空気が抜けるように魔力が抜け、対照的に体がみるみる大きくなっていくのを感じる。それからわずか十秒もしないうちに、私は人間の姿に戻ってその場に座り込んでいた。

「も、も、も、戻ったー!!」

 半月ぶりの人間の体だ!と万歳三唱をする。これで料理も、洗濯も、掃除もできる!!

 神様仏様カイ様!と喜び勇んでその場にお礼の土下座をした。

「ありがとうごぜえますだ。黄門様、お礼はいかほどでもいたしますので……!!」

「コーモン様? なんだそりゃ?」

 カイは首を傾げながらも「そうか、いくらでもか」と呟く。

「なら、早速対価を支払ってもらおうか。アイラ」

 それから私の顎を摘まんで、金の瞳に熱っぽい光を浮かべた。

「俺の嫁になれ。まさか、その格好で嫌だとは言わないよな?」

 その格好って何?と不思議に思い、直後に我が身を見下ろして青ざめる。

 わ、わ、わ、私、人間に戻ったら全裸なんだったーー!!