「はぁ……エラいことになっちまった」

 とぼとぼと騎士団詰め所へと歩きながら、リュカは深いため息を吐いた。

 このままではマズい。

 ヴァレリィの尻に敷かれる、そんな一生が待ち受けている。

 運が悪いとか、もうそんなレベルの話ではない。

「どうしたもんだろうなぁ……」

 そう呟きながら、騎士団詰め所のある王宮別棟の入り口に差し掛かったところで――

「あ」

「げっ」

 彼は、ばったりとヴァレリィに出会ってしまった。

 リュカの姿を目にした時の彼女ときたら、害虫を見る目つき、まさにそれである。

 よく見れば、彼女の目の下にはかすかに(くま)が出来ている。それを指摘すると――

「見るな、馬鹿者。貴様をどうやって殺せばバレないかと、何千通りと殺害方法を考えておるうちに夜が明けてしまったのだ」

「なんて物騒な……」

「ふん! ともかく! 昨日言った通り、くれぐれも他の者には気取られないようにするのだぞ。貴様のような半端者に(めと)られたなどと知れたら、憤死しそうになるわ」

「……って言っても、いつかはバレるんですけどね」

 思わず肩をすくめるリュカ。だが、ヴァレリィが完全に不貞腐(ふてくさ)れた顔つきで詰め所の扉を開けた途端、

「「団長! ご結婚おめでとうございまぁあああぁぁぁす!」」

 盛大な拍手とともに、待ち受けていた騎士たちが歓声を上げた。

「「な!?」」

 思わず目を丸くして固まるヴァレリィとリュカ。

 そんな二人を騎士たちが取り囲んで、口々に祝いの言葉を述べ始める。

「おめでとうございます!」

「水臭いじゃありませんか! 団長!」

「いやー! まさか二人がそんな関係になってたなんてなー!」

「ツイてないとか言ってた割にゃ、一番の幸運引き当てやがって! (うらや)まし過ぎんだろが、リュカ! 死んじまえ! この抜け駆け野郎!」

 突然のことに完全に硬直していたヴァレリィが、我に返って声を上げた。

「ま、ま、待て! 待て! 待て! お、おまえたち、ど、ど、ど、どうしてそれを!」

「どうしてって……なあ」

 騎士たちは怪訝(けげん)そうな顔をして、互いに顔を見合わせる。

「昨晩、団長の御父上から届いたんですよ。成婚の内祝いが」

「なん……だと」

 思わず頬を引き()らせるヴァレリィと頭を抱えるリュカ。

 どうやら父親たちの方が一枚上手だったらしい。

「そりゃー、びっくりもしましたけどね。でもよくよく考えて見りゃ説教とはいえ、他の連中より団長とリュカが一緒に居る時間も長かった訳ですし、顔を突きつけてる時間が長けりゃ恋に落ちるなんて、そういうこともあんのかなって」

「……ねぇよ」

 そんなリュカのぼやきは完全に黙殺されて、騎士たちは大きく頷き合う。

「遠征の間もまあ、新婚さんですからね。戦闘以外はイチャイチャしてもらっても良いっス。俺ら見て見ぬフリします。それぐらいの気遣いはできますから!」

「そうそう! 戦闘以外はまあ、新婚旅行のつもりで!」

 騎士たちは善意のつもりなのだろうが、ヴァレリィは更に顔を引き()らせたかと思うと、たまらず声を上げた。

「そんな物騒な新婚旅行があるかっ!」

 そして翌日、ヴァレリィは(やまい)と称して、初めて公務を欠席したのである。