「ヒラリィ、どう思う? 置いていってもええやんな?」
「ええやろ。あんなん、声かける方が野暮ってもんやわ」
逃げ出した騎士を始末し終えて戻ってきた双子は、激しく降りしきる雨の向こう側に、リュカとヴァレリィ、互いの唇を求め合う二人の姿を見つけた。
もはやあの二人の目には、互いのことしか映っていない。
何があったのかはさっぱりわからないけれど、さすがにそんなところにホイホイ割って入れるほど、彼女たちは図太くない。
二人は馬首を反転させて、王都の方へと走り出した。
ヒラリィは、懐から例の白い宝玉を取り出して眺めてみる。
「これ、ナンボぐらいで売れるんやろなー」
なにせ王家の秘宝である。
一瞬、持ち逃げして売りさばく方が儲かるのではないかと思ったが、さすがに暗殺貴族に命を狙われることを覚悟できる額になるとは思えない。
売らずに持っていてもヒラリィには使えないのだし、これを取り戻したことで今回の任務失敗をチャラにしてもらうというのが、最も建設的な使い方だろう。
「それにしても結局、あのお姫さん、なに考えてあんなことしたんやろ?」
ヒラリィが怪訝そうに首を傾げると、ミリィは器用に肩をすくめる。
「さぁ、あの姫殿下のことやしなー。好いた男に袖にされたせいで自暴自棄になって、片っ端から男を漁るようになったって噂やし、どうせ今回も似たようなもんやろ」
「ふーん……。でも、それって、なんか変な話やなぁ」
「そう? 変? どこが?」
「男に裏切られて、高貴なはずのお姫さんが男漁りに走るってとこ。そんなことあるんやろか? なんか、女なんてそんなもんやろって、男目線で決めつけたみたいな話やない? 女心ってそんな単純やないと思うねんけど……」
「アンタが女心を語るんかいな」
ミリィが呆れたような顔をすると、ヒラリィはひらひらと手を振って、こう言った。
「いやいや、姉ちゃん。ウチも心は乙女やからな」
◇ ◇ ◇
同じ頃、王都のヴァンデール子爵家では、テーブルの上に広げられた姫殿下の書簡、それを前に項垂れる王太子を、リュカの母親ブリジットがじっと見つめていた。
「姫殿下がご無事であることを示せれば、公爵家が罪に問われることもなく、我々に累が及ぶこともございません。あとは、『首狩り』の犯行に姫殿下が関わっておられたことを隠蔽してしまえば、さほど問題になるとは思えませんけれど?」
彼女のその問いかけに、王太子は苦悩の色を濃くする。
この書簡を持参した公爵家の長男の話通りであるならば、公爵の命は既に尽きている。
この書簡を王太子に託した者はもうどこにもいないのだ。
彼の命が尽きたことを知れば、伯母ももう公爵家をどうこうしようという気は起こすはずもない。
だが――
「どうなさいますか?」
ブリジットの問いかけに、王太子は静かに顔を上げ、苦しげに言葉を紡いだ。
「……私は伯母上を侮っていました。あれは、恋に破れた少女の残骸。想い出を抱えて、生きながらえているだけのただの抜け殻なのだと、そう見くびっておりました」
「殿下、女にも色々な者がおります。が、女はその身が灰になるまで女。叶わぬ恋は想い出と共に美しさを増すものです。私には姫殿下のお気持ちがわかるような気がいたします」
どこか慰めるようなブリジットの物言いに、王太子は静かに目を閉じる。
そして大きく息を吸い込むと、蚕が糸をつむぐかのように細く長く、それを吐き出した。
「……憐れみもしましょう。同情もしましょう。だが、王家の者が私事のために臣下を罠にはめたという事実が伝われば、主従の信頼関係は大きく揺らぎます。この戦時においてそれだけは絶対に避けねばなりません。ですが人の口に戸は立てられず、伯母が存在する限り、その噂が消えることはありますまい」
ギリリと王太子が奥歯を噛み締める音が響いた。
「……伯母上にはすみやかに退場していただくしか……ありません」
「殿下、国王陛下が大罪を犯してまで守ったものを無に帰すことになってしまいますが、本当によろしいのですか?」
ブリジットのその問いかけに、王太子は「ふっ」と自嘲するような吐息を漏らす。
「父上の罪……ですか。そのおかげで、私も同じ罪を重ねることになるのですね」
ブリジットが無言のままに口元を緩めると、王太子は彼女の方へと向き直った。
「……できれば、殺されたとわからぬようにお願いしたい。父上は……国王陛下はきっと深く悲しまれることでしょう。あの方が望みもしない王位に就いたのも、偏に伯母上のため。ですから……陛下のお怒りや哀しみが誰かへ向いてしまわぬように。この不幸の連鎖をここで断ち切ってしまえるように、どう見ても事故で死んだのだと、欠片の疑いも残さぬような形でお願いしたい」
「難しいことをおっしゃいます」
そんなことが可能なのは、ヴァンデール子爵家の中には一人しかいない。
ブリジットは、ソファーに腰かけている幼い末娘の方へと目を向ける。
「シャル」
彼女が名を呼ぶと、静かに座っていた末娘シャルロットが立ち上がって、王太子のそばへと歩み寄る。
そして彼女は不自由な目を閉じたまま、彼を見上げた。
「バスティアンお兄さま、この幕引きは、私が務めさせていただきます」
「ええやろ。あんなん、声かける方が野暮ってもんやわ」
逃げ出した騎士を始末し終えて戻ってきた双子は、激しく降りしきる雨の向こう側に、リュカとヴァレリィ、互いの唇を求め合う二人の姿を見つけた。
もはやあの二人の目には、互いのことしか映っていない。
何があったのかはさっぱりわからないけれど、さすがにそんなところにホイホイ割って入れるほど、彼女たちは図太くない。
二人は馬首を反転させて、王都の方へと走り出した。
ヒラリィは、懐から例の白い宝玉を取り出して眺めてみる。
「これ、ナンボぐらいで売れるんやろなー」
なにせ王家の秘宝である。
一瞬、持ち逃げして売りさばく方が儲かるのではないかと思ったが、さすがに暗殺貴族に命を狙われることを覚悟できる額になるとは思えない。
売らずに持っていてもヒラリィには使えないのだし、これを取り戻したことで今回の任務失敗をチャラにしてもらうというのが、最も建設的な使い方だろう。
「それにしても結局、あのお姫さん、なに考えてあんなことしたんやろ?」
ヒラリィが怪訝そうに首を傾げると、ミリィは器用に肩をすくめる。
「さぁ、あの姫殿下のことやしなー。好いた男に袖にされたせいで自暴自棄になって、片っ端から男を漁るようになったって噂やし、どうせ今回も似たようなもんやろ」
「ふーん……。でも、それって、なんか変な話やなぁ」
「そう? 変? どこが?」
「男に裏切られて、高貴なはずのお姫さんが男漁りに走るってとこ。そんなことあるんやろか? なんか、女なんてそんなもんやろって、男目線で決めつけたみたいな話やない? 女心ってそんな単純やないと思うねんけど……」
「アンタが女心を語るんかいな」
ミリィが呆れたような顔をすると、ヒラリィはひらひらと手を振って、こう言った。
「いやいや、姉ちゃん。ウチも心は乙女やからな」
◇ ◇ ◇
同じ頃、王都のヴァンデール子爵家では、テーブルの上に広げられた姫殿下の書簡、それを前に項垂れる王太子を、リュカの母親ブリジットがじっと見つめていた。
「姫殿下がご無事であることを示せれば、公爵家が罪に問われることもなく、我々に累が及ぶこともございません。あとは、『首狩り』の犯行に姫殿下が関わっておられたことを隠蔽してしまえば、さほど問題になるとは思えませんけれど?」
彼女のその問いかけに、王太子は苦悩の色を濃くする。
この書簡を持参した公爵家の長男の話通りであるならば、公爵の命は既に尽きている。
この書簡を王太子に託した者はもうどこにもいないのだ。
彼の命が尽きたことを知れば、伯母ももう公爵家をどうこうしようという気は起こすはずもない。
だが――
「どうなさいますか?」
ブリジットの問いかけに、王太子は静かに顔を上げ、苦しげに言葉を紡いだ。
「……私は伯母上を侮っていました。あれは、恋に破れた少女の残骸。想い出を抱えて、生きながらえているだけのただの抜け殻なのだと、そう見くびっておりました」
「殿下、女にも色々な者がおります。が、女はその身が灰になるまで女。叶わぬ恋は想い出と共に美しさを増すものです。私には姫殿下のお気持ちがわかるような気がいたします」
どこか慰めるようなブリジットの物言いに、王太子は静かに目を閉じる。
そして大きく息を吸い込むと、蚕が糸をつむぐかのように細く長く、それを吐き出した。
「……憐れみもしましょう。同情もしましょう。だが、王家の者が私事のために臣下を罠にはめたという事実が伝われば、主従の信頼関係は大きく揺らぎます。この戦時においてそれだけは絶対に避けねばなりません。ですが人の口に戸は立てられず、伯母が存在する限り、その噂が消えることはありますまい」
ギリリと王太子が奥歯を噛み締める音が響いた。
「……伯母上にはすみやかに退場していただくしか……ありません」
「殿下、国王陛下が大罪を犯してまで守ったものを無に帰すことになってしまいますが、本当によろしいのですか?」
ブリジットのその問いかけに、王太子は「ふっ」と自嘲するような吐息を漏らす。
「父上の罪……ですか。そのおかげで、私も同じ罪を重ねることになるのですね」
ブリジットが無言のままに口元を緩めると、王太子は彼女の方へと向き直った。
「……できれば、殺されたとわからぬようにお願いしたい。父上は……国王陛下はきっと深く悲しまれることでしょう。あの方が望みもしない王位に就いたのも、偏に伯母上のため。ですから……陛下のお怒りや哀しみが誰かへ向いてしまわぬように。この不幸の連鎖をここで断ち切ってしまえるように、どう見ても事故で死んだのだと、欠片の疑いも残さぬような形でお願いしたい」
「難しいことをおっしゃいます」
そんなことが可能なのは、ヴァンデール子爵家の中には一人しかいない。
ブリジットは、ソファーに腰かけている幼い末娘の方へと目を向ける。
「シャル」
彼女が名を呼ぶと、静かに座っていた末娘シャルロットが立ち上がって、王太子のそばへと歩み寄る。
そして彼女は不自由な目を閉じたまま、彼を見上げた。
「バスティアンお兄さま、この幕引きは、私が務めさせていただきます」