「こっから先はアンタの出番やで! ぼんぼん!」
「ああ、わかってる!」
先を行くのは城砦まで侍女たちを乗せてきた大型馬車。
なにせ重量が違う。
彼らの荷馬車に比べれば、その速度もお上品なものだ。
数分と立たずに追いついて、二台の馬車は森を貫く一本道を並走し始めた。
「ミリィ! もっと寄せろ!」
「あいよ!」
宙空に枝を伸ばす木々。
葉の隙間から差し込む陽光は疎ら。
枝の影が網目模様を描く一本道で、二台の馬車が車体を擦りあわせ、そのけたたましい音を森の中に響かせる。
リュカは荷台の上で手を伸ばすと、大型馬車の車窓、その奥に向かって声を限りに叫び声をあげた。
「だんちょおおおおおおおおおお!」
伸ばした彼の腕の先、車窓の奥。そこには驚きに目を丸くするヴァレリィの姿があった。
「何をしに来たのだ、馬鹿者! お前と私はもう関係ないはずだ。頼む! 頼むから! 大人しく引き返してくれ!」
大型馬車の車窓から彼女が声を上げれば、荷馬車の荷台で腕を伸ばしたリュカが、ムスッと腹立たしげに口元を歪める。
「ふざけんな、高飛車女! 妻として尽くすとか勝手に覚悟決めといて、今度は勝手に別れてくれだと! バカにするのもいい加減にしろ!」
「そうではない! そうではないのだ!」
「じゃあ何だってんだ! このメスゴリラ! 今さら好みのタイプじゃなかったとか言っても返品なんてきかねーぞ! おいコラ、お高く止まりやがって! この筋肉ダルマ! 貰い手がねぇから適当な相手で手を打とうと思ったけど、やっぱり我慢できなかったってか!」
「な!? なんだと!」
売り言葉に買い言葉とはまさにこのこと。
いきなり罵詈雑言を投げつけられて、先ほどまで悄然としていたはずの彼女の顔が、怒気を孕んで次第に紅潮していく。
「何だお前は! 乙女に向かってメスゴリラだの筋肉ダルマだのと! 一体どういう了見だ! 私の気も知らずに好き放題言いおって! ああそうだ! 嫌いだ! お前なんか大嫌いだ! お前の顔なんか二度と見たくないわ!」
御者台の上では、ミリィが「マジかこいつら」と目を覆って呆れかえり、ヒラリィがイルの方を、とんでもないバカを見たとでもいうような顔で振り返っていた。
一方、キャビンの奥ではオリガが、『見たことか、所詮、男などこんなものだ』と、口元に嘲るような笑みを貼り付ける。
だが、睨みあうリュカとヴァレリィは、もはや他の者のことなど眼中に無い。
「知るか! お前の気なんぞ知ってたまるか! このクソ女ァ! そうか、わかった! お前は俺のことが嫌いなんだな! 顔も見たくねぇってんだな!」
「っ……、そ、そうだ! 嫌いだ! 大っ嫌いだぁああああ!」
ヴァレリィの絶叫が木々の間に響き渡る。その途端、リュカは犬歯をむき出しにしてにんまりと笑った。
「じゃあ、俺はお前のことが大好きだ!」
途端にその場にいた全員が全員、一斉にリュカの方を二度見した。
「は……はい?」
呆気にとられるヴァレリィに、リュカが指を突きつける。
「天邪鬼なんだよ、俺は! 嫌いだと言われれば好きになるし、追われれば逃げるし、逃げようとするなら追いかける。お前が俺を嫌いだってんなら、死ぬまで付きまとってやるからな!」
「ど、ど、どんな理屈だ、それは!」
慌てふためくヴァレリィをじっと見据えて、リュカは決然と声を上げた。
「うるせぇ! 理屈なんか知るか! お前は俺の女だ!」
「ふぁっ!?」
途端に、ヴァレリィの顔が真っ赤に染まる。
頭から湯気でも噴き出しそうなほどに真っ赤。
御者台のミリィがため息混じりに、「面倒くさ……」と苦笑すれば、ヒラリィが「史上最低の告白を見た」と天を仰ぐ。
車窓の向こうではオリガが嫌悪感も露わにリュカを睨みつけると、ヴァレリィの肩を掴んで声を荒げた。
「嫌がる女の尻を追い回すなど度し難いクズだ。とっとと失せろ! 失せねばブチ殺すぞ!」
だが、もはやオリガのことなどお構いなし。リュカはヴァレリィだけを見据えて更に大声を上げる。
「女に全部押し付けてのうのうと生き延びろ? バカ言うんじゃねぇ! そんな後ろめたさ背負って生きるなんて真っ平御免なんだよ、クソ女。助けて欲しけりゃそう言え! 言えよ! お前が望むならどんなヤツでもブッ倒してやる! 俺がなんとかしてやる! 一度しか言わねぇぞ! 二度と言わないからな! 俺はお前のことが好きになっちまったんだ! わかったか!」
「罵んのか口説くんか、どっちかにせぇや……ほんま」
「どんだけねじくれとんねん……ほんま」
ミリィが呆れかえると、ヒラリィが器用に肩をすくめる。
そんな二人のことなどお構いなしに、彼は再び馬車の方へと手を伸ばして絶叫した。
「来い! ヴァレリィ!」
次の瞬間――
「ヴァレリィ! 貴様、何を! バ、バカな!」
オリガの慌てる声が響いて、馬車の扉が弾けるように開け放たれた。
彼女の手を振り払ってヴァレリィが扉に体当たりをし、そのまま外へと飛び出したのだ。
ヴァレリィの涙が宙空にアーチを描き、木洩れ日を反射してキラキラと光った。
「ヴァレリィイイイイッ!」
リュカは必死に手を伸ばし、彼女の身体を受け止める。
だが、走行中の馬車からのダイブである。
さすがにおとぎ話の王子さまや英雄譚の英雄のように颯爽と抱きとめることなど出来やしない。
そのまま二人はもつれるように荷台の上へと倒れこみ、リュカは彼女の下敷きになって、「ぐぇっ……!」と潰れたカエルのような声を漏らした。
「す、すまない! だ、大丈夫か! 旦那さま!」
ヴァレリィが慌てて身を起こそうとすると、リュカの両腕が彼女の身体をぎゅっと抱きしめる。
「……やっと取り戻したんだ。俺から離れんじゃねぇ」
彼女は口元に微笑みを浮かべ、静かに目を瞑って彼の胸へと頬を寄せた。
「旦那さま……ダメだとわかっているのに。巻き込んでしまうとわかっているのに、貴様があんな嬉しいことを言うから、つい……我を忘れてしまったではないか……」
すると、リュカは彼女の髪に指を這わせて、こう囁いた。
「心配しなくていい。お前が死ぬ必要なんて無いんだ。姫殿下は死んでなんかいないんだから」
「ああ、わかってる!」
先を行くのは城砦まで侍女たちを乗せてきた大型馬車。
なにせ重量が違う。
彼らの荷馬車に比べれば、その速度もお上品なものだ。
数分と立たずに追いついて、二台の馬車は森を貫く一本道を並走し始めた。
「ミリィ! もっと寄せろ!」
「あいよ!」
宙空に枝を伸ばす木々。
葉の隙間から差し込む陽光は疎ら。
枝の影が網目模様を描く一本道で、二台の馬車が車体を擦りあわせ、そのけたたましい音を森の中に響かせる。
リュカは荷台の上で手を伸ばすと、大型馬車の車窓、その奥に向かって声を限りに叫び声をあげた。
「だんちょおおおおおおおおおお!」
伸ばした彼の腕の先、車窓の奥。そこには驚きに目を丸くするヴァレリィの姿があった。
「何をしに来たのだ、馬鹿者! お前と私はもう関係ないはずだ。頼む! 頼むから! 大人しく引き返してくれ!」
大型馬車の車窓から彼女が声を上げれば、荷馬車の荷台で腕を伸ばしたリュカが、ムスッと腹立たしげに口元を歪める。
「ふざけんな、高飛車女! 妻として尽くすとか勝手に覚悟決めといて、今度は勝手に別れてくれだと! バカにするのもいい加減にしろ!」
「そうではない! そうではないのだ!」
「じゃあ何だってんだ! このメスゴリラ! 今さら好みのタイプじゃなかったとか言っても返品なんてきかねーぞ! おいコラ、お高く止まりやがって! この筋肉ダルマ! 貰い手がねぇから適当な相手で手を打とうと思ったけど、やっぱり我慢できなかったってか!」
「な!? なんだと!」
売り言葉に買い言葉とはまさにこのこと。
いきなり罵詈雑言を投げつけられて、先ほどまで悄然としていたはずの彼女の顔が、怒気を孕んで次第に紅潮していく。
「何だお前は! 乙女に向かってメスゴリラだの筋肉ダルマだのと! 一体どういう了見だ! 私の気も知らずに好き放題言いおって! ああそうだ! 嫌いだ! お前なんか大嫌いだ! お前の顔なんか二度と見たくないわ!」
御者台の上では、ミリィが「マジかこいつら」と目を覆って呆れかえり、ヒラリィがイルの方を、とんでもないバカを見たとでもいうような顔で振り返っていた。
一方、キャビンの奥ではオリガが、『見たことか、所詮、男などこんなものだ』と、口元に嘲るような笑みを貼り付ける。
だが、睨みあうリュカとヴァレリィは、もはや他の者のことなど眼中に無い。
「知るか! お前の気なんぞ知ってたまるか! このクソ女ァ! そうか、わかった! お前は俺のことが嫌いなんだな! 顔も見たくねぇってんだな!」
「っ……、そ、そうだ! 嫌いだ! 大っ嫌いだぁああああ!」
ヴァレリィの絶叫が木々の間に響き渡る。その途端、リュカは犬歯をむき出しにしてにんまりと笑った。
「じゃあ、俺はお前のことが大好きだ!」
途端にその場にいた全員が全員、一斉にリュカの方を二度見した。
「は……はい?」
呆気にとられるヴァレリィに、リュカが指を突きつける。
「天邪鬼なんだよ、俺は! 嫌いだと言われれば好きになるし、追われれば逃げるし、逃げようとするなら追いかける。お前が俺を嫌いだってんなら、死ぬまで付きまとってやるからな!」
「ど、ど、どんな理屈だ、それは!」
慌てふためくヴァレリィをじっと見据えて、リュカは決然と声を上げた。
「うるせぇ! 理屈なんか知るか! お前は俺の女だ!」
「ふぁっ!?」
途端に、ヴァレリィの顔が真っ赤に染まる。
頭から湯気でも噴き出しそうなほどに真っ赤。
御者台のミリィがため息混じりに、「面倒くさ……」と苦笑すれば、ヒラリィが「史上最低の告白を見た」と天を仰ぐ。
車窓の向こうではオリガが嫌悪感も露わにリュカを睨みつけると、ヴァレリィの肩を掴んで声を荒げた。
「嫌がる女の尻を追い回すなど度し難いクズだ。とっとと失せろ! 失せねばブチ殺すぞ!」
だが、もはやオリガのことなどお構いなし。リュカはヴァレリィだけを見据えて更に大声を上げる。
「女に全部押し付けてのうのうと生き延びろ? バカ言うんじゃねぇ! そんな後ろめたさ背負って生きるなんて真っ平御免なんだよ、クソ女。助けて欲しけりゃそう言え! 言えよ! お前が望むならどんなヤツでもブッ倒してやる! 俺がなんとかしてやる! 一度しか言わねぇぞ! 二度と言わないからな! 俺はお前のことが好きになっちまったんだ! わかったか!」
「罵んのか口説くんか、どっちかにせぇや……ほんま」
「どんだけねじくれとんねん……ほんま」
ミリィが呆れかえると、ヒラリィが器用に肩をすくめる。
そんな二人のことなどお構いなしに、彼は再び馬車の方へと手を伸ばして絶叫した。
「来い! ヴァレリィ!」
次の瞬間――
「ヴァレリィ! 貴様、何を! バ、バカな!」
オリガの慌てる声が響いて、馬車の扉が弾けるように開け放たれた。
彼女の手を振り払ってヴァレリィが扉に体当たりをし、そのまま外へと飛び出したのだ。
ヴァレリィの涙が宙空にアーチを描き、木洩れ日を反射してキラキラと光った。
「ヴァレリィイイイイッ!」
リュカは必死に手を伸ばし、彼女の身体を受け止める。
だが、走行中の馬車からのダイブである。
さすがにおとぎ話の王子さまや英雄譚の英雄のように颯爽と抱きとめることなど出来やしない。
そのまま二人はもつれるように荷台の上へと倒れこみ、リュカは彼女の下敷きになって、「ぐぇっ……!」と潰れたカエルのような声を漏らした。
「す、すまない! だ、大丈夫か! 旦那さま!」
ヴァレリィが慌てて身を起こそうとすると、リュカの両腕が彼女の身体をぎゅっと抱きしめる。
「……やっと取り戻したんだ。俺から離れんじゃねぇ」
彼女は口元に微笑みを浮かべ、静かに目を瞑って彼の胸へと頬を寄せた。
「旦那さま……ダメだとわかっているのに。巻き込んでしまうとわかっているのに、貴様があんな嬉しいことを言うから、つい……我を忘れてしまったではないか……」
すると、リュカは彼女の髪に指を這わせて、こう囁いた。
「心配しなくていい。お前が死ぬ必要なんて無いんだ。姫殿下は死んでなんかいないんだから」