『私は流星になりたい。
長い夜を越えて、愛するあなたの下へと降りていきたい。
夜空に光の軌跡を描き、あなたの記憶に深く刻みこまれたい。
だから、
幾億の夜の果て、永久が最後の吐息を漏らすその日まで。
夜空の星が全て地に墜ちて、この身が塵に変わるその日まで。
あなたへ愛を囁き続けよう。
私は流星になりたい。次に生まれ変わる時には、
流星になって、愛とともにあなたへと降り注ぎたいのです』
馬車の振動を背中に感じながら、私はそっと口ずさみます。
読み手もわからぬ古い詩。
共に星を見上げた夜、あの方が吟じた古い詩です。
こんな歯の浮きそうな言葉も、あの頃の私には、バラ色の文字でしたためられているかのように感じられたものです。
長い長い夜を越え、遂にその日が、すぐそこにまで近づいているのです。
◇ ◇ ◇
リュカは馬車の荷台、その柵にもたれ掛かって、元来た道を振り返った。
夜は深く、雲に覆われた空には星一つ見当たらない。
振り向いても、城砦は既に通り過ぎて来た夜の向こう側。
もはや輪郭すら見えやしない。
ガタガタと車輪が小石をはねる振動が尻を跳ね上げる。
彼らが進んでいるのは、広大な原野を突っ切る一本道。
風景には長らく何の変化もなく、ただただ行く先には暗闇に向かって砂利道が伸びているだけだ。
リュカは胸の内で燻る焦燥から目を背けて、再び今回の不可解な出来事に思いを馳せる。
最初から仕組まれていた。そうとしか考えようがない。
なんにせよ、犯人は確定している。
もはや疑いようもない。動機も大体想像がつく。
あとは首だけを残して消えた死体の謎が残っているだけだ。
死体がどこに消えたかを解き明かさずとも、犯人を追い詰めることは出来る。
だが、それもヴァレリィを救い出せなければ意味がない。
つまりここから先、優先すべきは彼女を救い出すこと、それだけ。
今はどんなことをしてでも追いつくこと、それだけなのだ。
だが、六刻分の遅れが彼に重く圧し掛かる。
オリガたちが乗る大型馬車に比べれば、確かに彼らの乗る荷馬車の方が脚は速い。
だが、やはり馬も生き物。休みなくずっと走らせ続けられる訳ではない。
「母さんに連絡さえ取れれば、王都に入る前にどうにかしてもらうんだがなぁ……」
思わず口をついて出たそんな呟きに、御者台のミリィが呆れ顔で振り返る。
「そりゃー無いもんねだりってもんやわ。伝書鳩も連れてきてないねんから、どうしようもあらへんやん」
「わかってる、言ってみただけだ」
「それにあっちはあっちで忙しいと思うで。ウチらが王都を出た時は、まだ例の首狩りの件でバタバタしてたし」
「首狩り? そんなに手こずるなんて母さんらしくねぇな。そんなに例の宝玉が厄介ってことなのか?」
すると双子が同時に首を振った。
「それ以前の問題や」
「少なくとも、ウチらが出発する時点では正体すら特定出来てへんかったし。途中の宿場町でも噂になってたから、ウチらが王都を出た後も何人かは殺されてるんちゃうかな」
「首狩り……か」
思えば奇妙な符合である。
首だけを持ち去る殺人鬼と、首だけが残された姫殿下。
何かが引っかかった。
「なあ、お前らが王都を出た後の殺しって、本当にその『首狩り』の仕業なのかな?」
「はぁ? 何やそれ? どういうこと?」
「首狩りを騙る別のヤツじゃないかって言ってんだよ。その死体が凍ってたか、どうかってこと」
ミリィとヒラリィは、顔を見合わせて首を傾げる。
「知らんけど、人の首ぶった切るような物騒なヤツ、そんな何人もおらへんやろ」
「でもさ、でもさ、ミリィ。言われてみたら、ウチらが出発する前でも、『首狩り』の仕業っていう前提やったから、わざわざ誰も死因なんて確認してへんかったやん」
最初に殺された何人かを除けば、いずれも王太子バスティアンから齎された情報で、どこで何人殺されたかという結論だけ。
首のない死体が発見されれば、それは首狩りの仕業という公式が成り立っていたのだ。
「ちっ」
「あー! また、舌打ちしたー! 感じ悪ぅー!」
ぷぅと頬を膨らませるヒラリィ。
リュカは「うっせ」と舌先に載せた言葉を吐き出すと、向かい風に乱れた髪を煩わしげに掻き上げた。
「つまり、『首狩り』が、こっちに来てた可能性はあるっていうことだよな」
「で、姫殿下の首を刈ったって? んなアホな」
「そうじゃないけど……。でも、何かすっげぇ引っかかってることがあんだよ。ただ、問題はそれが何かが分かんねぇことなんだけどさ」
「おじいちゃんみたいやな」
「『ごはんはさっき食べたじゃない』ってヤツや」
「ボケ老人じゃねーよ」
顔を顰めるリュカの姿に、双子が楽しげな笑い声を上げる。
「あー、もしかして、ぼんぼん。凍らせて砕けば死体を粉々に出来んじゃね、それで消えた死体の謎、解決じゃね……とか、思ってる?」
「アホか。思ってねぇってーの」
実際そんなことをしたら、氷が溶けた後は見るも無残な肉片の山だ。
というか、凍らせる凍らせない以前に、誰もあの部屋に入っていない。
あの時点で首だけになってたならともかく、あの時点ではベッドに座っていた。
身体はあったのだ。
リュカは、確かにそれを目にしたのだ。
そう考えた途端、頭の片隅で、また何か引っかかるような感触があった。
(なんだ? 俺は今何を考えた? 何に引っかかった?)
途端に、これまでに起こった様々な出来事が、彼の脳裏で鮮明な映像のままに渦を巻き始める。
首狩り、残された首、消えた身体、薄暗い部屋、切断面から覗く白い骨、黒いヴェール。赤い血、血まみれのベッド、血まみれの夜着、滴り落ちる血、吊られた男たち……。
最後に、姫殿下のニヤニヤといやらしく笑う顔が瞼の裏に浮かんでくる。
そしてリュカは静かに顔を上げると、苦々しげにこう呟いた。
「そうか……そういうことかよ」
長い夜を越えて、愛するあなたの下へと降りていきたい。
夜空に光の軌跡を描き、あなたの記憶に深く刻みこまれたい。
だから、
幾億の夜の果て、永久が最後の吐息を漏らすその日まで。
夜空の星が全て地に墜ちて、この身が塵に変わるその日まで。
あなたへ愛を囁き続けよう。
私は流星になりたい。次に生まれ変わる時には、
流星になって、愛とともにあなたへと降り注ぎたいのです』
馬車の振動を背中に感じながら、私はそっと口ずさみます。
読み手もわからぬ古い詩。
共に星を見上げた夜、あの方が吟じた古い詩です。
こんな歯の浮きそうな言葉も、あの頃の私には、バラ色の文字でしたためられているかのように感じられたものです。
長い長い夜を越え、遂にその日が、すぐそこにまで近づいているのです。
◇ ◇ ◇
リュカは馬車の荷台、その柵にもたれ掛かって、元来た道を振り返った。
夜は深く、雲に覆われた空には星一つ見当たらない。
振り向いても、城砦は既に通り過ぎて来た夜の向こう側。
もはや輪郭すら見えやしない。
ガタガタと車輪が小石をはねる振動が尻を跳ね上げる。
彼らが進んでいるのは、広大な原野を突っ切る一本道。
風景には長らく何の変化もなく、ただただ行く先には暗闇に向かって砂利道が伸びているだけだ。
リュカは胸の内で燻る焦燥から目を背けて、再び今回の不可解な出来事に思いを馳せる。
最初から仕組まれていた。そうとしか考えようがない。
なんにせよ、犯人は確定している。
もはや疑いようもない。動機も大体想像がつく。
あとは首だけを残して消えた死体の謎が残っているだけだ。
死体がどこに消えたかを解き明かさずとも、犯人を追い詰めることは出来る。
だが、それもヴァレリィを救い出せなければ意味がない。
つまりここから先、優先すべきは彼女を救い出すこと、それだけ。
今はどんなことをしてでも追いつくこと、それだけなのだ。
だが、六刻分の遅れが彼に重く圧し掛かる。
オリガたちが乗る大型馬車に比べれば、確かに彼らの乗る荷馬車の方が脚は速い。
だが、やはり馬も生き物。休みなくずっと走らせ続けられる訳ではない。
「母さんに連絡さえ取れれば、王都に入る前にどうにかしてもらうんだがなぁ……」
思わず口をついて出たそんな呟きに、御者台のミリィが呆れ顔で振り返る。
「そりゃー無いもんねだりってもんやわ。伝書鳩も連れてきてないねんから、どうしようもあらへんやん」
「わかってる、言ってみただけだ」
「それにあっちはあっちで忙しいと思うで。ウチらが王都を出た時は、まだ例の首狩りの件でバタバタしてたし」
「首狩り? そんなに手こずるなんて母さんらしくねぇな。そんなに例の宝玉が厄介ってことなのか?」
すると双子が同時に首を振った。
「それ以前の問題や」
「少なくとも、ウチらが出発する時点では正体すら特定出来てへんかったし。途中の宿場町でも噂になってたから、ウチらが王都を出た後も何人かは殺されてるんちゃうかな」
「首狩り……か」
思えば奇妙な符合である。
首だけを持ち去る殺人鬼と、首だけが残された姫殿下。
何かが引っかかった。
「なあ、お前らが王都を出た後の殺しって、本当にその『首狩り』の仕業なのかな?」
「はぁ? 何やそれ? どういうこと?」
「首狩りを騙る別のヤツじゃないかって言ってんだよ。その死体が凍ってたか、どうかってこと」
ミリィとヒラリィは、顔を見合わせて首を傾げる。
「知らんけど、人の首ぶった切るような物騒なヤツ、そんな何人もおらへんやろ」
「でもさ、でもさ、ミリィ。言われてみたら、ウチらが出発する前でも、『首狩り』の仕業っていう前提やったから、わざわざ誰も死因なんて確認してへんかったやん」
最初に殺された何人かを除けば、いずれも王太子バスティアンから齎された情報で、どこで何人殺されたかという結論だけ。
首のない死体が発見されれば、それは首狩りの仕業という公式が成り立っていたのだ。
「ちっ」
「あー! また、舌打ちしたー! 感じ悪ぅー!」
ぷぅと頬を膨らませるヒラリィ。
リュカは「うっせ」と舌先に載せた言葉を吐き出すと、向かい風に乱れた髪を煩わしげに掻き上げた。
「つまり、『首狩り』が、こっちに来てた可能性はあるっていうことだよな」
「で、姫殿下の首を刈ったって? んなアホな」
「そうじゃないけど……。でも、何かすっげぇ引っかかってることがあんだよ。ただ、問題はそれが何かが分かんねぇことなんだけどさ」
「おじいちゃんみたいやな」
「『ごはんはさっき食べたじゃない』ってヤツや」
「ボケ老人じゃねーよ」
顔を顰めるリュカの姿に、双子が楽しげな笑い声を上げる。
「あー、もしかして、ぼんぼん。凍らせて砕けば死体を粉々に出来んじゃね、それで消えた死体の謎、解決じゃね……とか、思ってる?」
「アホか。思ってねぇってーの」
実際そんなことをしたら、氷が溶けた後は見るも無残な肉片の山だ。
というか、凍らせる凍らせない以前に、誰もあの部屋に入っていない。
あの時点で首だけになってたならともかく、あの時点ではベッドに座っていた。
身体はあったのだ。
リュカは、確かにそれを目にしたのだ。
そう考えた途端、頭の片隅で、また何か引っかかるような感触があった。
(なんだ? 俺は今何を考えた? 何に引っかかった?)
途端に、これまでに起こった様々な出来事が、彼の脳裏で鮮明な映像のままに渦を巻き始める。
首狩り、残された首、消えた身体、薄暗い部屋、切断面から覗く白い骨、黒いヴェール。赤い血、血まみれのベッド、血まみれの夜着、滴り落ちる血、吊られた男たち……。
最後に、姫殿下のニヤニヤといやらしく笑う顔が瞼の裏に浮かんでくる。
そしてリュカは静かに顔を上げると、苦々しげにこう呟いた。
「そうか……そういうことかよ」