リュカはごろりと床に転がった。
オリガとヴァレリィが去ってから、既にかなりの時間が経過している。
彼女たちはもう王都に向けて出発してしまったのだろうか。
それにしても、相変わらず嘘の下手な女だ。
あんな顔で嫌いだと言われたら、それ以上怒鳴りつけることも出来やしない。
「これで……良かったんだよな」
そもそも少し前までは、ヴァレリィとの婚姻が苦痛で仕方なかったはずなのだ。らしくもない感情に捉われて、らしくもないことを口にして、らしくもない事をしている。
その自覚はある。
(望み通りじゃないか、これで独り身に戻れるんだ……)
リュカはかれこれ数刻も、こうして自分自身に語り掛け続けている。
「くそっ……」
彼が苛立ち混じりに寝返りを打つのとほぼ同時に、鉄格子の向こう側からやけに能天気な女の子の声が聞こえてきた。
「やっほー、ぼんぼん」
「……あん?」
リュカが不機嫌さ丸出しで振り向けば、鉄格子の向こう側から双子のメイド――ミリィとヒラリィが、こちらを覗き込んでいた。
「あはは、なんやねん。その、しけた顔」
「ほんまや、えらい景気の悪い顔しとるなぁ」
「あ? お前らの相手する気分じゃないんだって、向こう行けってば」
リュカがしっしっと手を払うと、双子が非難じみた声を上げる。
「うわっ、感じ悪ぅ。ぼんぼんに用事はのうても、こっちにはあんねんて」
「せや! 苦情や苦情! 文句の一つも言わなやっとれんわ!」
鉄格子の向こうから顔を突きつけてくるヒラリィを、リュカは揶揄うように煽る。
「苦情? なんの苦情だよ」
「なんの苦情やあらへん! ぼんぼんのせいで依頼に失敗してもうたやないか! どないしてくれんねん」
「……依頼?」
「せや! 姫殿下の護衛や! ぼんぼんがそばにおるから大丈夫やろ思て気ィぬいてたらこのザマや。まったく、暗殺貴族が聞いてあきれるで」
「……なるほどな、お前らが姫殿下についてきたのはそういう理由か……っていうか、お前らなんにもしてねーじゃん!」
「あーあ、せっかく助けたろ思たのに、その物言いは酷いんちゃうか? ぼんぼん」
「助ける? 別にいらねぇよ。ここ、結構居心地いいしな」
「まさかこのまま指くわえて見てる気やないやろな?」
「……うるせぇ。余計なお世話だバカ野郎。もう俺の嫁って訳でもねぇみたいだしな」
「うわっ! なに? ぼんぼん、拗ねてんの?」
「ダサっ! ダサいわー。確かに、こんなくだらん男やったら、三下り半突きつけとうなるで」
わざとらしく顔を顰める双子に、リュカは苛立ち混じりに声を荒げる。
「うるせぇよ! お前らも、もう依頼も何にも無ぇんだったら、とっとと王都に帰れよ!」
「そうしたいのは山々なんやけどなー。あのオリガってのがさー、『重犯罪者の護送に部外者は連れていけない。遠慮してもらおうか』とか偉そうに言いくさってさー、ウチら置いてけぼりやねん、酷いと思わへん?」
部外者――その一言に、リュカの脳裏を一人の人物の姿が過った。
「部外者ねぇ……じゃあ、ステラノーヴァとか言ったか。あのメイドもここに残ってんのか?」
「なに言うてんねんな。あの銀髪娘は今朝、早ぅに出発したで。なんか木箱持たされて、独りで」
「ふーん……」
木箱というのは、おそらく姫殿下の首が入っているのだろう。
腐る前に王都に届けるために先行させたということなのだろうか?
リュカがそんなことを考えていると、ヒラリィが顎に指を当てて視線を上向ける。
「でも、なーんか、変やねんなぁ」
「変?」
「もう姫殿下もおらんのに、わざわざ車椅子まで積みこんでってんで」
「車椅子?」
「そう、あのゴツいヤツ。あれってここに残していかれへんぐらい値打ちの有るもんなんやろか?」
途端に、イルの胸の内で何かが叫び声を上げた。
ここだ! ここが糸口だ! と、しきりに心の奥で何かが騒ぎ立てる。
(なんだ? 俺は一体何に引っかかっている? 何に気がついた?)
「ここに残していけない……車椅子」
そう口にした途端、リュカの脳裏を過る光景があった。
それは鮮明な記憶。姫殿下をあの隠し部屋へと移す時に、彼の視界に映っていた風景だ。
カンテラを手に先頭を歩く銀髪のメイド。
ヴェールを被った姫殿下。
彼女の座る車椅子をオリガが押して――。
オリガが押して?
(そうだ! オリガが車椅子を押していた! ということは……! いや、慌てるな! もしそうなら、何か……何か! 俺のこの妄想染みた思い付きを裏付ける証拠があるはずだ)
リュカは頭の中で昨日の記憶を必死に手繰り寄せる。
隠し部屋に入った姫殿下が『下着を脱がせろ』と言い出して、ヴァレリィが慌てて扉を閉めた。
最初に出て来たオリガが部屋の中へと声を掛けて、姫殿下の返事が聞こえた。
それから部屋の中を覗き込むと、ステラノーヴァが車椅子を押して出てくるところ。
その肩越しにベッドに腰かける姫殿下の姿が見え――。
「あった! ありやがった!」
突然大声を上げて立ち上がるリュカに、ミリィとヒラリィは二人して目を丸くする。
「な、なんやねん! 突然、でっかい声出して、びっくりするやんか!」
「おい、こっから出してくれ。俺は団長とオリガを追う!」
オリガとヴァレリィが去ってから、既にかなりの時間が経過している。
彼女たちはもう王都に向けて出発してしまったのだろうか。
それにしても、相変わらず嘘の下手な女だ。
あんな顔で嫌いだと言われたら、それ以上怒鳴りつけることも出来やしない。
「これで……良かったんだよな」
そもそも少し前までは、ヴァレリィとの婚姻が苦痛で仕方なかったはずなのだ。らしくもない感情に捉われて、らしくもないことを口にして、らしくもない事をしている。
その自覚はある。
(望み通りじゃないか、これで独り身に戻れるんだ……)
リュカはかれこれ数刻も、こうして自分自身に語り掛け続けている。
「くそっ……」
彼が苛立ち混じりに寝返りを打つのとほぼ同時に、鉄格子の向こう側からやけに能天気な女の子の声が聞こえてきた。
「やっほー、ぼんぼん」
「……あん?」
リュカが不機嫌さ丸出しで振り向けば、鉄格子の向こう側から双子のメイド――ミリィとヒラリィが、こちらを覗き込んでいた。
「あはは、なんやねん。その、しけた顔」
「ほんまや、えらい景気の悪い顔しとるなぁ」
「あ? お前らの相手する気分じゃないんだって、向こう行けってば」
リュカがしっしっと手を払うと、双子が非難じみた声を上げる。
「うわっ、感じ悪ぅ。ぼんぼんに用事はのうても、こっちにはあんねんて」
「せや! 苦情や苦情! 文句の一つも言わなやっとれんわ!」
鉄格子の向こうから顔を突きつけてくるヒラリィを、リュカは揶揄うように煽る。
「苦情? なんの苦情だよ」
「なんの苦情やあらへん! ぼんぼんのせいで依頼に失敗してもうたやないか! どないしてくれんねん」
「……依頼?」
「せや! 姫殿下の護衛や! ぼんぼんがそばにおるから大丈夫やろ思て気ィぬいてたらこのザマや。まったく、暗殺貴族が聞いてあきれるで」
「……なるほどな、お前らが姫殿下についてきたのはそういう理由か……っていうか、お前らなんにもしてねーじゃん!」
「あーあ、せっかく助けたろ思たのに、その物言いは酷いんちゃうか? ぼんぼん」
「助ける? 別にいらねぇよ。ここ、結構居心地いいしな」
「まさかこのまま指くわえて見てる気やないやろな?」
「……うるせぇ。余計なお世話だバカ野郎。もう俺の嫁って訳でもねぇみたいだしな」
「うわっ! なに? ぼんぼん、拗ねてんの?」
「ダサっ! ダサいわー。確かに、こんなくだらん男やったら、三下り半突きつけとうなるで」
わざとらしく顔を顰める双子に、リュカは苛立ち混じりに声を荒げる。
「うるせぇよ! お前らも、もう依頼も何にも無ぇんだったら、とっとと王都に帰れよ!」
「そうしたいのは山々なんやけどなー。あのオリガってのがさー、『重犯罪者の護送に部外者は連れていけない。遠慮してもらおうか』とか偉そうに言いくさってさー、ウチら置いてけぼりやねん、酷いと思わへん?」
部外者――その一言に、リュカの脳裏を一人の人物の姿が過った。
「部外者ねぇ……じゃあ、ステラノーヴァとか言ったか。あのメイドもここに残ってんのか?」
「なに言うてんねんな。あの銀髪娘は今朝、早ぅに出発したで。なんか木箱持たされて、独りで」
「ふーん……」
木箱というのは、おそらく姫殿下の首が入っているのだろう。
腐る前に王都に届けるために先行させたということなのだろうか?
リュカがそんなことを考えていると、ヒラリィが顎に指を当てて視線を上向ける。
「でも、なーんか、変やねんなぁ」
「変?」
「もう姫殿下もおらんのに、わざわざ車椅子まで積みこんでってんで」
「車椅子?」
「そう、あのゴツいヤツ。あれってここに残していかれへんぐらい値打ちの有るもんなんやろか?」
途端に、イルの胸の内で何かが叫び声を上げた。
ここだ! ここが糸口だ! と、しきりに心の奥で何かが騒ぎ立てる。
(なんだ? 俺は一体何に引っかかっている? 何に気がついた?)
「ここに残していけない……車椅子」
そう口にした途端、リュカの脳裏を過る光景があった。
それは鮮明な記憶。姫殿下をあの隠し部屋へと移す時に、彼の視界に映っていた風景だ。
カンテラを手に先頭を歩く銀髪のメイド。
ヴェールを被った姫殿下。
彼女の座る車椅子をオリガが押して――。
オリガが押して?
(そうだ! オリガが車椅子を押していた! ということは……! いや、慌てるな! もしそうなら、何か……何か! 俺のこの妄想染みた思い付きを裏付ける証拠があるはずだ)
リュカは頭の中で昨日の記憶を必死に手繰り寄せる。
隠し部屋に入った姫殿下が『下着を脱がせろ』と言い出して、ヴァレリィが慌てて扉を閉めた。
最初に出て来たオリガが部屋の中へと声を掛けて、姫殿下の返事が聞こえた。
それから部屋の中を覗き込むと、ステラノーヴァが車椅子を押して出てくるところ。
その肩越しにベッドに腰かける姫殿下の姿が見え――。
「あった! ありやがった!」
突然大声を上げて立ち上がるリュカに、ミリィとヒラリィは二人して目を丸くする。
「な、なんやねん! 突然、でっかい声出して、びっくりするやんか!」
「おい、こっから出してくれ。俺は団長とオリガを追う!」