ちくりと胸に痛みを覚える。
本当に良いのかと、耳元で誰かが囁いたような気がした。
だがそれを払いのけてしまえば、頭の中が一気に冷めていく。感情が凍り付いていく。
事ここに至ってしまえば、『暗殺貴族』はどこまでも冷徹になれる。だが、彼が覚悟を決めて顔を上げようとした途端、姫殿下がヴァレリィを見据えて、こう声を掛けた。
「じゃが、妾はお主が犯人だとは思ってはおらん」
その一言に、リュカは剣に伸ばしかけていた指の動きを止める。
「アンベールが殺された時、お主がどこにおったかは、既に裏が取れておるのでな」
「ふぁっ!? ひ、姫殿下、ま、まさか……」
その時、ヴァレリィは明らかに焦ったような素振りを見せた。
(なんだ? 何を慌ててるんだ?)
「むふふ、焦る必要はあるまい。実に可愛らしい話ではないか」
「可愛らしい話?」
思わず首を傾げたリュカに、姫殿下がにんまりと意味ありげな笑顔を向けてくる。
「そうじゃ。こやつは屋敷の裏庭で、『にゃーにゃー』言いながら子猫を追い回しておったそうじゃ」
「は? 子猫?」
「そうじゃ」
「にゃーにゃーって? 団長が?」
「うむ」
「団長……俺にあれだけ説教しといて……さすがにそれは」
リュカの視線が氷点下にまで落ちると、ヴァレリィは顔を真っ赤にして声を張り上げた。
「違う! お前と一緒にするな! わ、私はあの時、交代して仮眠を取るところだったのだ。その前に裏庭に新鮮な空気を吸いにでたら、その……かわいい子猫がいて……その……」
「でも、にゃーにゃーは……ほら、なんというか、イメージとか、ほら……」
「う、うぅうう……」
呻きながら顔を覆うヴァレリィ。その様子に姫殿下が苦笑する。
「お主は犯人ではない……が、無関係ではないじゃろうな。この状況はどう考えても、何者かがお主を陥れようとしている。そうとしか思えぬのじゃ。じゃからの、何か思い当たることがあれば、どんな小さなことでもよい。教えて欲しいのじゃ」
「そう言われましても、心当たりなど……」
実に妙な雲行きである。犯人の実の弟であるリュカとしては、ヴァレリィを陥れようとしているなどという姫殿下の話は噴飯ものでしかないのだが。
「姫殿下、一つお伺いいたします。どうしてこんなことに首を突っ込まれるんです?」
「お、おい!」
リュカの、その問いかけを不敬と感じたのだろう。ヴァレリィが慌てて肩を掴んだ。
「なぜ? 愛した者の仇を討ちたいと思うのは当然ではないか。若い頃のアンベールは、妾が可愛がってきた愛し子の一人じゃからの。幾度肌を重ねたかわからぬ。情が湧いて当然じゃと思うがの」
無意識なのだろうが、肌を重ねたという一言で、ヴァレリィの瞳に戸惑いと蔑むような色が入り混じった。
姫殿下は男を寝所に招き入れては、淫蕩の限りを尽くしていると聞く。どうやらそれは事実だったらしい。
ヴァレリィの様子を横目で窺いながら、リュカははっきりと言い放つ。
「申し訳ございません、姫殿下、団長も俺も本当に何も存じ上げません。そうですよね、団長」
「え、あ……うむ」
最初から何も話すつもりは無いが、色恋沙汰となれば益々面倒だ。
このまま諦めてもらえるなら、それに越したことはない。
「そうか……」
姫殿下は大きく頷いた。だが、次の瞬間――
「では、リュカと申したか。ヴァンデールのせがれ、お主に今宵の夜伽を命じるのじゃ」
突然、話が斜め上の方角へと突き抜けた。
「「はぁあああ!?」」
思わず声を上げるリュカとヴァレリィ。
そんな二人を見据えて、ヴェルヌイユ姫はにんまりといやらしい微笑みを口元に貼り付けた。
「お主らが知っていることを全て話したとは到底思えぬ。とくにお主は何かを知っているように思えるのう。となればじゃ。口を割らせようとおもえばベッドの上が一番じゃからな。苦痛は我慢できるかもしれんが、さぁて、快楽を我慢できるかのう? 朝までゆっくり時間をかけて、その身体に話を聞いてくれようではないか」
姫殿下は二人にそう告げた後、わずかにおどけるような素振りを見せた。
「……ま、それはそれ。本音の話をしてしまえば折角の旅じゃからな、妾の可愛い愛し子たちも連れてきてはおらぬ訳じゃし、夜食も現地調達というのが粋というものじゃろ。正直、お主は妾の好みではないが、食えぬほどではないようじゃからの」
姫殿下は目を細めて足の先から頭のてっぺんまで、嘗めるような視線でリュカを眺めた後、生々しくも紅い舌先でぺろりと唇を舐める。
途端に我に返ったヴァレリィが、慌ててリュカを背に隠して声を上げた。
「ひ、姫殿下! お言葉ではございますが、この者は私の伴侶にございます! いくら姫殿下といえど、つ、妻の前で、そ、そのような不義のお言葉は……」
いつものヴァレリィならとっくに激高しているところなのだろうが、王家への忠誠心がそれを許さない。
彼女の声のトーンは、懇願と言っても良いような響きを帯びていた。
「不義? 結構、大いに結構じゃ。一層情欲を掻き立てられるわ。良いではないか。少しばかり味見をさせてたもれ」
姫殿下が一層興奮したような様子を見せると、ヴァレリィは必死に声を上げた。
「そ、そんな! わ、私だって、まだ……!」
「ん? まだ、なんじゃ?」
「その……まだ、そういうことは…………全く……いたしておりませぬゆえ」
「なんと!?」
姫殿下が驚愕に目を見開き、ヴァレリィは真っ赤になって俯く。何とも言えない微妙な沈黙が貴賓室の内側を満たしていった。
「……お主ら一緒になって、どのくらいになるのじゃ?」
「ひ、ひと月ほどでございます」
「ひと月! まさか、その……不能なのか?」
「いや、そういう訳では……たぶん」
ヴァレリィが、ちらりとリュカの方に目を向ける。
(そこで不安になるのはやめて!)
すると、どういう訳か、姫殿下は盛大にため息を吐いて肩を落とした。
「あーあ、つまらぬ。萎えた。なんじゃ……つまらぬのう」
突然の態度の変化に、リュカとヴァレリィは二人して首を傾げる。
姫殿下の心の内側でどんな変化があったのかはわからないが、彼女はどこかやさぐれた調子で、背後に控えているメイドへと声を掛けた。
「ステラノーヴァ……アレを持って参れ」
「ダメ。ステラの力じゃ……持ちあがらない」
「おう、そうじゃったの。オリガ!」
「……かしこまりました」
オリガはどこか渋々といった様子で、隣室から大きな木箱を運び込んでくる。そして彼女は姫殿下の脇で跪いて、その箱を掲げた。
「夜の生活がうまくいかんというのは夫婦にとっては大問題じゃからな。幸いお主と妾は背格好も似ておるゆえ大丈夫じゃろ。お主にこれを授けるのじゃ」
姫殿下は手招きして、ヴァレリィを近くに呼び寄せると、木箱からひらひらとした薄い布を取り出し、彼女に差し出す。
王族からの下賜となれば、本来大変名誉なことである。
ヴァレリィは戸惑いながらも恭しくそれを受け取った。
だが、その途端――
「ひっ!?」
彼女は喉の奥に声を詰める。
それも当然。指先でつまんで広げてみれば、それは薄紫の下着だったのだから。
さすが王族の持ち物というべきか、刺繍や縫製は一級品。だが肝心なところが徹底的に透けている。
「それを着て迫れば、大抵の男はイチコロじゃぞ」
「ひ、姫殿下、お、お、お言葉ですが、これでは何も隠れませぬ」
「それが良いのではないか」
ニヤニヤと楽しげな姫殿下。引き攣った顔を赤らめるヴァレリィ。想像してしまったのだろう。リュカはちょっと前かがみである。
「む、無理でございます! お、お許しください、姫殿下!」
すると、姫殿下は少し考えるような素振りを見せた後、ポンと手を打った。
「ああ、なるほど、お主はそっちが好みであったか。それでは、これをくれてやろう」
そう言って、今度は折りたたまれた分厚い黒革を引っ張り出す。
ヴァレリィが完全に怯え切った手つきで広げてみると、それは女性の首から下をそのまま形にしたような、ツナギとでもいうようなもの。
ところどころに金属の留め金のついたそれは、だれがどう見ても革の拘束着であった。
「そっちはちと上級者向きじゃがの。首から下、手の指先から、足のつま先まで完全密閉。ピッタリとフィットして、完全に覆いつくす優れモノじゃ。体のラインははっきりとわかるのに、まったく身動きできぬ拘束感。水も漏らさぬ密閉度でムレムレじゃ。着たままじゃと皮膚呼吸も出来ぬから、徐々に息苦しくもなってくる。どうじゃ、ゾクゾクするじゃろ。身動きも出来ずに床に転がされて弄ばれるのじゃぞ。すごいじゃろ。興に乗ってくれば留め金を外して左右に引けば良い。真ん中の皮の薄くなった部分が破れて一瞬にして全裸じゃ。もたもたと脱いでいる間に興がそがれる事もない」
(変態だあああぁああぁ!?)
これにはさすがにドン引きである。
もはやヴァレリィは息をしていない。
「ふむ、これもいまいちか……では」
あらためて木箱を探ろうとする姫殿下に、ヴァレリィが堪らず声を上げた。
「ひ、姫殿下! だ、大丈夫、大丈夫でございますから! そ、そのような物は必要ございません」
「ふむ、そうか……」
姫殿下は、どこか残念そうに頷くと、改めて二人を見据える。
「では、改めて命ずる。妾がここを出立する最後の夜、リュカよ。お主に妾の夜伽を命ずる。今晩と言わぬのはお主ら夫婦に対する妾の恩情じゃ。無論、妾の出立は明日、明後日のことではないが、伴侶の初めてを奪われたくなければ、ヴァレリィ! それまでにきっちりと! いたしておくが良い。良いな!」
無茶苦茶としか言いようのない命令ではあるが、ヴァレリィには逆らいようもないのだろう。彼女は真っ赤になって俯くと、潤んだ瞳でちらりとリュカの方を盗み見る。
(そんな切なそうな目で見るんじゃねー! 変な気になっちゃうだろうが!)
それにしてもピンチ。大ピンチ。
予想もしない形で、ある意味、最大のピンチが訪れていた。
本当に良いのかと、耳元で誰かが囁いたような気がした。
だがそれを払いのけてしまえば、頭の中が一気に冷めていく。感情が凍り付いていく。
事ここに至ってしまえば、『暗殺貴族』はどこまでも冷徹になれる。だが、彼が覚悟を決めて顔を上げようとした途端、姫殿下がヴァレリィを見据えて、こう声を掛けた。
「じゃが、妾はお主が犯人だとは思ってはおらん」
その一言に、リュカは剣に伸ばしかけていた指の動きを止める。
「アンベールが殺された時、お主がどこにおったかは、既に裏が取れておるのでな」
「ふぁっ!? ひ、姫殿下、ま、まさか……」
その時、ヴァレリィは明らかに焦ったような素振りを見せた。
(なんだ? 何を慌ててるんだ?)
「むふふ、焦る必要はあるまい。実に可愛らしい話ではないか」
「可愛らしい話?」
思わず首を傾げたリュカに、姫殿下がにんまりと意味ありげな笑顔を向けてくる。
「そうじゃ。こやつは屋敷の裏庭で、『にゃーにゃー』言いながら子猫を追い回しておったそうじゃ」
「は? 子猫?」
「そうじゃ」
「にゃーにゃーって? 団長が?」
「うむ」
「団長……俺にあれだけ説教しといて……さすがにそれは」
リュカの視線が氷点下にまで落ちると、ヴァレリィは顔を真っ赤にして声を張り上げた。
「違う! お前と一緒にするな! わ、私はあの時、交代して仮眠を取るところだったのだ。その前に裏庭に新鮮な空気を吸いにでたら、その……かわいい子猫がいて……その……」
「でも、にゃーにゃーは……ほら、なんというか、イメージとか、ほら……」
「う、うぅうう……」
呻きながら顔を覆うヴァレリィ。その様子に姫殿下が苦笑する。
「お主は犯人ではない……が、無関係ではないじゃろうな。この状況はどう考えても、何者かがお主を陥れようとしている。そうとしか思えぬのじゃ。じゃからの、何か思い当たることがあれば、どんな小さなことでもよい。教えて欲しいのじゃ」
「そう言われましても、心当たりなど……」
実に妙な雲行きである。犯人の実の弟であるリュカとしては、ヴァレリィを陥れようとしているなどという姫殿下の話は噴飯ものでしかないのだが。
「姫殿下、一つお伺いいたします。どうしてこんなことに首を突っ込まれるんです?」
「お、おい!」
リュカの、その問いかけを不敬と感じたのだろう。ヴァレリィが慌てて肩を掴んだ。
「なぜ? 愛した者の仇を討ちたいと思うのは当然ではないか。若い頃のアンベールは、妾が可愛がってきた愛し子の一人じゃからの。幾度肌を重ねたかわからぬ。情が湧いて当然じゃと思うがの」
無意識なのだろうが、肌を重ねたという一言で、ヴァレリィの瞳に戸惑いと蔑むような色が入り混じった。
姫殿下は男を寝所に招き入れては、淫蕩の限りを尽くしていると聞く。どうやらそれは事実だったらしい。
ヴァレリィの様子を横目で窺いながら、リュカははっきりと言い放つ。
「申し訳ございません、姫殿下、団長も俺も本当に何も存じ上げません。そうですよね、団長」
「え、あ……うむ」
最初から何も話すつもりは無いが、色恋沙汰となれば益々面倒だ。
このまま諦めてもらえるなら、それに越したことはない。
「そうか……」
姫殿下は大きく頷いた。だが、次の瞬間――
「では、リュカと申したか。ヴァンデールのせがれ、お主に今宵の夜伽を命じるのじゃ」
突然、話が斜め上の方角へと突き抜けた。
「「はぁあああ!?」」
思わず声を上げるリュカとヴァレリィ。
そんな二人を見据えて、ヴェルヌイユ姫はにんまりといやらしい微笑みを口元に貼り付けた。
「お主らが知っていることを全て話したとは到底思えぬ。とくにお主は何かを知っているように思えるのう。となればじゃ。口を割らせようとおもえばベッドの上が一番じゃからな。苦痛は我慢できるかもしれんが、さぁて、快楽を我慢できるかのう? 朝までゆっくり時間をかけて、その身体に話を聞いてくれようではないか」
姫殿下は二人にそう告げた後、わずかにおどけるような素振りを見せた。
「……ま、それはそれ。本音の話をしてしまえば折角の旅じゃからな、妾の可愛い愛し子たちも連れてきてはおらぬ訳じゃし、夜食も現地調達というのが粋というものじゃろ。正直、お主は妾の好みではないが、食えぬほどではないようじゃからの」
姫殿下は目を細めて足の先から頭のてっぺんまで、嘗めるような視線でリュカを眺めた後、生々しくも紅い舌先でぺろりと唇を舐める。
途端に我に返ったヴァレリィが、慌ててリュカを背に隠して声を上げた。
「ひ、姫殿下! お言葉ではございますが、この者は私の伴侶にございます! いくら姫殿下といえど、つ、妻の前で、そ、そのような不義のお言葉は……」
いつものヴァレリィならとっくに激高しているところなのだろうが、王家への忠誠心がそれを許さない。
彼女の声のトーンは、懇願と言っても良いような響きを帯びていた。
「不義? 結構、大いに結構じゃ。一層情欲を掻き立てられるわ。良いではないか。少しばかり味見をさせてたもれ」
姫殿下が一層興奮したような様子を見せると、ヴァレリィは必死に声を上げた。
「そ、そんな! わ、私だって、まだ……!」
「ん? まだ、なんじゃ?」
「その……まだ、そういうことは…………全く……いたしておりませぬゆえ」
「なんと!?」
姫殿下が驚愕に目を見開き、ヴァレリィは真っ赤になって俯く。何とも言えない微妙な沈黙が貴賓室の内側を満たしていった。
「……お主ら一緒になって、どのくらいになるのじゃ?」
「ひ、ひと月ほどでございます」
「ひと月! まさか、その……不能なのか?」
「いや、そういう訳では……たぶん」
ヴァレリィが、ちらりとリュカの方に目を向ける。
(そこで不安になるのはやめて!)
すると、どういう訳か、姫殿下は盛大にため息を吐いて肩を落とした。
「あーあ、つまらぬ。萎えた。なんじゃ……つまらぬのう」
突然の態度の変化に、リュカとヴァレリィは二人して首を傾げる。
姫殿下の心の内側でどんな変化があったのかはわからないが、彼女はどこかやさぐれた調子で、背後に控えているメイドへと声を掛けた。
「ステラノーヴァ……アレを持って参れ」
「ダメ。ステラの力じゃ……持ちあがらない」
「おう、そうじゃったの。オリガ!」
「……かしこまりました」
オリガはどこか渋々といった様子で、隣室から大きな木箱を運び込んでくる。そして彼女は姫殿下の脇で跪いて、その箱を掲げた。
「夜の生活がうまくいかんというのは夫婦にとっては大問題じゃからな。幸いお主と妾は背格好も似ておるゆえ大丈夫じゃろ。お主にこれを授けるのじゃ」
姫殿下は手招きして、ヴァレリィを近くに呼び寄せると、木箱からひらひらとした薄い布を取り出し、彼女に差し出す。
王族からの下賜となれば、本来大変名誉なことである。
ヴァレリィは戸惑いながらも恭しくそれを受け取った。
だが、その途端――
「ひっ!?」
彼女は喉の奥に声を詰める。
それも当然。指先でつまんで広げてみれば、それは薄紫の下着だったのだから。
さすが王族の持ち物というべきか、刺繍や縫製は一級品。だが肝心なところが徹底的に透けている。
「それを着て迫れば、大抵の男はイチコロじゃぞ」
「ひ、姫殿下、お、お、お言葉ですが、これでは何も隠れませぬ」
「それが良いのではないか」
ニヤニヤと楽しげな姫殿下。引き攣った顔を赤らめるヴァレリィ。想像してしまったのだろう。リュカはちょっと前かがみである。
「む、無理でございます! お、お許しください、姫殿下!」
すると、姫殿下は少し考えるような素振りを見せた後、ポンと手を打った。
「ああ、なるほど、お主はそっちが好みであったか。それでは、これをくれてやろう」
そう言って、今度は折りたたまれた分厚い黒革を引っ張り出す。
ヴァレリィが完全に怯え切った手つきで広げてみると、それは女性の首から下をそのまま形にしたような、ツナギとでもいうようなもの。
ところどころに金属の留め金のついたそれは、だれがどう見ても革の拘束着であった。
「そっちはちと上級者向きじゃがの。首から下、手の指先から、足のつま先まで完全密閉。ピッタリとフィットして、完全に覆いつくす優れモノじゃ。体のラインははっきりとわかるのに、まったく身動きできぬ拘束感。水も漏らさぬ密閉度でムレムレじゃ。着たままじゃと皮膚呼吸も出来ぬから、徐々に息苦しくもなってくる。どうじゃ、ゾクゾクするじゃろ。身動きも出来ずに床に転がされて弄ばれるのじゃぞ。すごいじゃろ。興に乗ってくれば留め金を外して左右に引けば良い。真ん中の皮の薄くなった部分が破れて一瞬にして全裸じゃ。もたもたと脱いでいる間に興がそがれる事もない」
(変態だあああぁああぁ!?)
これにはさすがにドン引きである。
もはやヴァレリィは息をしていない。
「ふむ、これもいまいちか……では」
あらためて木箱を探ろうとする姫殿下に、ヴァレリィが堪らず声を上げた。
「ひ、姫殿下! だ、大丈夫、大丈夫でございますから! そ、そのような物は必要ございません」
「ふむ、そうか……」
姫殿下は、どこか残念そうに頷くと、改めて二人を見据える。
「では、改めて命ずる。妾がここを出立する最後の夜、リュカよ。お主に妾の夜伽を命ずる。今晩と言わぬのはお主ら夫婦に対する妾の恩情じゃ。無論、妾の出立は明日、明後日のことではないが、伴侶の初めてを奪われたくなければ、ヴァレリィ! それまでにきっちりと! いたしておくが良い。良いな!」
無茶苦茶としか言いようのない命令ではあるが、ヴァレリィには逆らいようもないのだろう。彼女は真っ赤になって俯くと、潤んだ瞳でちらりとリュカの方を盗み見る。
(そんな切なそうな目で見るんじゃねー! 変な気になっちゃうだろうが!)
それにしてもピンチ。大ピンチ。
予想もしない形で、ある意味、最大のピンチが訪れていた。