冒険者ギルドでの夕食を終えた僕たちは、今日の宿を探してアグドラファンの街の中をさまよっている。
 懐は温かいため、自分がいつも使っていた簡易宿ではなく、普通の宿を探して回っていた。
 けれど、リズィーの姿を見ると、どこも宿に泊らせられないと断ってくる。
「なかなか、狼と一緒に泊れる宿はないみたいね。まだ子供の狼のリズィーを馬屋に一人にするなんてできないし」
「動物に対して、どこの宿もこんなに厳しいとは思いませんでした。やっぱり、動物を連れ歩く冒険者って少ないし、宿も部屋を汚されるのを嫌ってる感じですかね」
 街中を歩き回ったため、疲れたのか抱っこして欲しそうに、脚にまとわりついていたリズィーを抱き上げる。
「それよりも、リズィーが狼だってのが、問題かもしれないわね。犬なら家畜化されてて従順だけど狼は野生動物だからね。他のお客さんへの配慮もあるかも」
「リズィーは犬よりも従順で賢いんですけどね。それにまだこんなちっちゃい子供なのに」
 抱き上げたリズィーは、抱えた僕の腕を甘噛みして甘えてきていた。
「普通の人からしたら、狼は家畜を襲う害獣だからね。子供の狼でも嫌う人は嫌うと思うわ。あたしはリズィーのことが大好きなんだけどね」
「でも、宿は全滅でしたし、簡易宿だと狼で断られないと思うけど、色々と問題になりそうですし」
 エルサさんみたいな綺麗な女の人が、簡易宿に泊ったらトラブルが起きないはずがない場所だし。
 泊まれる場所の候補がなくなり、途方に暮れかけていた僕たちに声をかけてきた人がいた。
「おや、ロルフ君たちではないか? こんな夜更けにどうしたのだね?」
 振り返ると、そこにはベルンハルトさんと、ヴァネッサさんがいた。
 二人は招かれたフィガロさんの屋敷で酒を飲んできたのか、ほのかに赤い顔をしているのが見える。
「ベルンハルトさん、ヴァネッサさん? お二人ともフィガロさんの屋敷に招かれていたのではありませんか?」
 薬草の件で色々と誤魔化しているため、憧れの冒険者ではあるけど、今はあまり顔を合わせたくない二人だった。
「ああ、そうだが。晩餐が終わったので自分たちの寝床に戻るところだ」
「わたしは久しぶりに貴族の屋敷で寝られると思ったのに、ベルちゃんがあの冒険者ゴッコをしてる金髪貴族の自慢話に辟易してね。帰るって言い始めたのよ。はぁ、まだ美味しいお酒がいっぱいあったのに」
「興味ない話に時間を割くのは無駄の極みだからな。それよりも私はロルフ君の見つけた伝説品質の薬草が自生する場所の話に価値を見出している。時間があるようなら、私の寝床にきて交渉の続きをしようではないか」
 ベルンハルトさんは、まだ薬草の件を諦めておらず、交渉をする気満々の姿を見せている。
 憧れの冒険者である『赤眼のベルンハルト』さんとはいえ、再生スキルの話をするわけにもいかないんだよなぁ。
 隣で話を聞いていたエルサさんが、こちらの袖を引いて耳打ちしてきた。
『ロルフ君、場所の話をするくらいならいいんじゃない? 薬草は全部採取しちゃったことにしとけばいいだろうし』
 なるほど、群生地は採取しつくして、新たなに薬草を育てられる土壌にならなかったとか言えばいいかな。
 場所を教えて連れて行って、群生地が元のようにならないからと言って、お金を返せば問題ないだろうし。
 そうすれば、再生スキルの話をしないでも済むか。
 エルサさんからの提案を受けたことと、憧れの冒険者である『赤眼のベルンハルト』さんと話してみたい気持ちが彼についてくことを後押していた。
「分かりました。先ほどの話の続きをさせてもらいます」
「そうか! では、我が寝床へ招待しよう」
「坊や、よかったわね。ベルちゃんが大事な寝床に商談相手を連れ込むなんて珍しいんだからね」
「ロルフ君はとても興味深い商談相手であるからな。こちらも相応の信頼を見せるべきだと思うだけだ」
 ベルンハルトさんが、自分の寝床に人を招待するのが珍しい?
 それは僕が持ってる伝説級の薬草の群生地の価値が高いってことかな?
 ベルンハルトさんは、冒険者であり、商人でもあるからなぁ。
「さぁ、夜も更けていることだし、商談は早い方がいい。エルサ君も」
 ベルンハルトさんは、僕の手とエルサさんの手を引くと、街の外れに向かって歩き出した。
 しばらく歩くと、街外れに作られた荷馬車置き場が見えてくる。
 そこは、街に色々な商品を運んでくる商人たちの荷馬車を停めておくために作られた場所で、荷物を受け渡す場所としても使われているところだった。
「荷馬車置き場ですか?」
「ああ、我が寝床はアレだ。宿よりは窮屈だが、野宿するよりはマシな設備にはしてある」
「大事な商品も積んでるからね。それなりにお金もかかってる寝床になってるわよ」
 手を引いて僕たちを先導するベルンハルトさんの代わりに、ヴァネッサさんが自らの杖で荷馬車置き場の中で存在感を放つ巨大な荷馬車を指していた。
 で、でかい!? 他のより倍ぐらいでかいし、すごく目立つ真っ赤な荷馬車なんだけど!?
「我が寝床である紅炎の散策(フレアウォーク)号へようこそ」
「すごい荷馬車ですね……。何頭立てです?」
「重い物も運ぶし、長距離も走るから一〇頭立てにしてあるな。みんな選りすぐった駿馬たちで構成しているので速いし、引く力も強い」
 停めてある場所の近くにある馬房には、筋骨たくましい立派な馬たちが繋がれ、並んで飼い葉を食べていた。
 荷馬車の前にきたベルンハルトさんが、自分の荷馬車の紹介を始めていく。
「前車が居住用、連結した後車は貨物用にしてある。荷馬車の車輪と車軸、車体は軽くて丈夫なミスリル合金製。外装は鉄製で魔物に襲撃されてもある程度は耐えられる仕様にしてある」
「ミスリル製とか、鉄とかふんだんに使ってるとか……。居住用のだけでも十人くらいは楽に寝られそうなほど広い気が……」
「居住用にはベッドとソファが備え付けてあるし、ちょっとした料理も作れる台所も完備してあるな。長旅をするから特に居住性には気を付けている。食糧や飲料用の水や飼い葉も、貨物用に専用の場所を作ってあるから一ヶ月無補給でも走り続けられるぞ」
 移動用の宿って言っても過言ではないくらい、すごい改造を施された荷馬車だ。
 すごくお金がかかっているんだろうなぁ。
「さぁ、ロルフ君、エルサ君も入ってくれたまえ。もちろん、そちらの狼も一緒に上がってもらっても大丈夫だ」
 荷馬車の紹介を終えたベルンハルトさんは扉を開けて、僕たちを室内に手招きしていた。
「前から番犬の代わりになる子が欲しかったのよね。あらー、可愛い子ねー。お名前は?」
「リズィーって言います。抱いてみます?」
 エルサさんは抱えていたリズィーをヴァネッサさんに差し出していた。
 ヴァネッサさんたちを悪い人ではないと判断したのだろう。
「リズィーちゃんって言うのー。あらあら、お利口ねー」
リズィーも、ヴァネッサさんを敵と判断しなかったようで、抱えられされるがままにお腹を撫でさせていた。