我々四人が向かったのは、駅前のよくあるドーナツ屋だった。俺は普通のオールドとコーラ、クロは大人っぽいから珈琲だけ。天も何も取らずに、レモンティのみ。きのみさんはイチゴのドーナツと、クリームの穴無しと、ミルクティをトレイに載せていた。いつもながらに食いしん坊のようだった。
他にも、従兄達の高校の制服を着た生徒は居たけれど。声を掛けてこないというならば、二人とは違うクラスの人達なのかもしれない。ポカポカの窓際で、ふかふかのソファ席。クロときのみさんの正面に、俺と天は並んで座った。
こうして見ると、制服姿の男女二組って、完全にダブルデートのように思えるけれど。
「エチュ、ヴァネッセ?」ときのみさんが言った。
「ヴァネットシドル語やめろ」とクロが呆れた顔で言う。
会話がこれだもんな、と俺は辟易しそうになった。これじゃあ、ダブルデートだなんて雰囲気になりやしない。きのみさんもクロも天だって、そんな風には思ってないかもしれないけれどさ。
「ギムレットは記憶、戻ってたんだね」と天が言った。クロは何故だか、神妙な顔をする。
「戻ったって言っていいのか? ……まぁ、とりあえず、ギムレットだった時の記憶はある」
その台詞に、今度はこっちが変な顔になりそうになった。ふざけているのか、あるいは話に乗っているだけなのか。だとしても、会話が通じすぎているような気がする。
「っていうか、キミ誰?」
クロの言葉を耳にした瞬間、天が驚いた顔になる。信じられないものを耳にした、という感じの表情はクラスでも中々お目に掛かれない。
「僕だよ、忘れたの? 一緒に戦ったじゃん!」
「……え? 誰? ギルドの奴?」
困惑するクロの横では、きのみさんが呑気にドーナツを頬張っていた。相変わらずマイペースな人だと思った。
「ブロッサム、判るか?」とクロは謎の名前を出して、きのみさんに振った。
「状態可視れば、いいじゃん」
何だよ。じょうたいかしれば、って。きのみさんは謎の単語を出して、再びドーナツを頬張る。この人も当事者のようだけれど、何でそんなに他人事みたいに接しているんだろう。
「え、君、ブロッサムだったの?」
天の驚きの声に、きのみさんがブイサインを作って自分の目元に掲げた。あれって、梨花がよく写真撮る時にやるポーズだ。きのみさんって結構、俺の姉を好きなのかもしれない。
「いえすっ、天才魔導士ブロッサムです」
「だからさっき、君の魔法がクレアに通じたんだ!」
もう彼女達の言っている意味が一つも理解出来なくて、さっさと帰ってゲームでもやりたくなってきた。
「……あ、君。ボルドシエルか!」ときのみさんが笑顔で言った。
「うん。久しぶり、ブロッサム!」と天も満面の笑みで言った。
「……マジかよ、お前ボルドシエルかよ!」とクロが驚いた顔で言った。
俺はといえば、もうどうでも良くなったので、ドーナツに集中をする。こいつらの話には、もう付いていけない。
「そうだよギムレット、何で気づかなかったのさ!」
「気づくかよ、馬鹿犬! お前ら獣人はいつもそれだな! 人間の姿で気づけって言われても、判る訳ねえだろ!」
クロが何か喚いているけど、俺はドーナツにコーラは失敗だったと後悔した。
「そんな事より、やっぱりソラくんがクラウディアだったんだ?」
「……やっぱり?」
きのみさんとクロが何か言っているが、今からでも別の飲み物を買ってこようか考えた。ドーナツなら、やっぱりミルクたっぷり入ったカフェオレあたりがいいのかも。
「ギムレットってクラウディアと面識無いから、気づかなかったのかもだけど。わたしは梨花ちゃんか、ソラくんのどっちかだって思ってたよ」
俺と梨花が似ているって話を、きのみさんがした気がしたけど。とりあえず気にせずに、クロのコーヒーをちょっと分けて貰おう。
「そもそも、クラウディアって?」
「魔導士ギルド長の娘で、僕の婚約者」
「……え、お前、いつの間にそんな相手と」
クロが何か驚いている隙に、勝手にコーヒーに口をつける。
「ギムレットだって、メアリーとの事隠してたでしょ」
「まぁ、バレバレだったけどね」
クスクスと何か、きのみさんが笑ってた。っていうか、コーヒー苦い。ミルクと砂糖入れてしまえ。
「ソラとそのクラウディアって子、そんな似てるのか?」
「俺は梨花と似てねえよ!」
関係ない振りをするつもりだったけれど、思わず俺は反応してしまった。周りにはよく言われるけれど、クロだけには言われたくないって気持ちが勝ってしまった。
「そんな事は言ってねえよ!」
クロが即座に答えてくれたので、俺は少し安心した。やっぱり従兄だからこそ、こっちの気持ちを分かってくれているんだよな。
「じゃあ、誰と似てるって?」
「……おっしい、本当に話聞いてなかったんだ」と天が呆れた顔をした。