俺はアオさんに、前世の話をした。

 ヴァネット・シドルという剣と魔法の世界がある。その世界では、東西が内戦を起こしていた。各地方には街の自警団として、ギルドというものが置かれていた。戦士ギルドと魔導士ギルドがあり、愉快な面子が血で血を洗ったり、酒盛りをして騒いでいたりもした。

 クロはアードベク自治区の戦士ギルド部隊長、ギムレット・ヘンドリクス。

 天は副隊長、ボルドシエル・グレイグース。

 きのみさんは魔導士ギルドの部隊長、ブロッサム・ブルームズバリー。

 俺は魔導士ギルド長の娘、クラウディア・ゴードン。

 そして大丸藍さんが、そこを統治する男爵の娘、メアリー・ボンベイサファイヤだと言った。

 一気に来る情報量が多くて、アオさんは目を回しているように見えた。気持ちは分かる。だって、俺も最初はそうだったのだ。

「わたし以外の此処に居る皆が……前世で? え? どういう……」

 こうなるのは、当然だった。まず最初に、アオさんに前世持ちだっていう証明を見せる必要がある。今日は、まだ天とキスをしていないのを思い出した。少し荒療治になるけれど、それも仕方ないって思った。

「その証拠に、クロときのみさんは魔法が使えます。そして俺と彼女は、共痛覚っていう呪いにかけられてます」

 俺は立ち上がり、キッチンへと移動した。引き出しを開けて、ペティナイフを取り出した。見せると絶対止められるので、俺は隠すように流しに手を向ける。

「共痛覚は片方の痛みが……。ごめん天、ちょっと我慢して」

 俺は意を決して、ペティナイフで手の甲を切りつけた。鋭い痛みが熱く走り、横一線の切込みから赤い液体が流れ始めた。

 思ったより痛かったけれど、こういうのは勢いが大事なのだ。ペティナイフを流しに置いて、俺は血が滴った手の甲を皆に向けた。

「このように俺の痛みが彼女に……あれ?」

 天は何事も無かったかのように、驚いた瞳をパチクリしていた。あれ、これ結構痛いんですけれど。何故、そんな平気な顔しているんだ。今日はキスしてないから、共痛覚は消えてない筈なのに。

「何やってんの、クレア⁉」と藍さんが悲鳴混じりで叫んだ。

「ソソソソ、ソラくん⁉」

 真っ青な顔で、きのみさんは急いでこちらへ近づくと。クロの剣さばきより早く、両手で俺の左手を握った。

 温かい光が手のひらを纏い、痛みは傷と共にどこかへ消え去っていってしまった。

 これがブロッサム・ブルームズバリーの治癒魔法で、どんな傷でも一瞬にして治してしまうものなのだ。これならアオさんに自分たちが妙な存在だって、証明出来た筈だ。

「このように、きのみさんも魔法を……」

「何やってんの、アホっしい!」

 俺の台詞を遮るように、天が泣き混じりの大声を上げた。

「いや、共痛覚の説明を……」と俺が言おうとしたら、メアリーこと藍さんも立ち上がった。

「共痛覚はボルドシエルの痛みがクレアに来るだけで!」

「クレアの痛みが、向こうに行くってわけじゃないの!」

 藍さんときのみさんが、交互に大きな声を上げた。そういえば共痛覚って、天の痛みは来るけれど。俺の痛みが天に行くって、今まで一度も無かったっけ。

 せっかく前世の記憶が蘇っても、入れ物がアホだからどうしようもないって思った。クロとアオさんは、驚きの余り声も出ない様子だった。