通り過ぎた奇跡は先へと導くために必要だって、教えてくれた君とおんなじ場所に来れたこと奇跡じゃないんだ。道を選ぶ標は無いけれど、彼方を見据えて歩き出した。振り返ると、いつかの俺が背中を押していたような気がした。無限に広がる可能性を持って、新しい旅立ちへ飛び込んでいこう。

 来た時を引き換えすような道すじを、炎天下の中歩く。会話の内容は、殆ど前世のこと。まるで今までの空白を埋めるかのように、俺はクラウディア・ゴードンだった時の記憶を話していく。

 クラウディアはギムレットのことを、あまり知らなかった。

 メアリーとギムレットはお互いを想い合ってはいたけれど、クラウディアとボルドシエルみたく恋人同士の関係というわけではない。

 それ故に、知る者は限られていたのだ。俺も前世では嫁って思っていたが、ボルドシエルとは結婚をしていたって訳ではなかったのだ。

 東京サイドに入る。階段を上って、駅を突っ切る。エスカレーターを上がって、ロータリーを抜ける。テレビ局を横目に公園へと入る。歩道橋を渡ると、水道を見つけた。

 俺は首にかけていたタオルを濡らして、固く絞ってから躊躇した。

 二人とも汗だくだったから、皆結希さんの真似をして気を遣おうと思ったんだけれど。どっちに渡そうか、迷ってしまった。普通に考えれば恋人なんだけれど、藍さんはこれから前世の想い人に逢う予定だ。

「どうしたの?」と天が聞いてきたので、その流れでタオルを渡してしまった。俺の恋人は驚いた顔をした。

「……宇宙も気を遣えるようになったんだね」

 天は柔らかく微笑んでから、タオルを受け取った。その後ろでは藍さんも小さく微笑んでいたので、この選択肢は正解だって思った。

「メアリーにも渡したいんだけど、タオルとか持ってる?」

 藍さんは遠慮がちに首を振ったけれど、このままクロに会わせるのも忍びない。天からハンカチを受け取って、濡らして絞って藍さんに渡した。

 天は俺が渡したタオルを再び濡らし始めた。一通り拭き終えたのか、彼女はすっきりしたような表情になっていた。タオルを再び濡らして、返すのかと思いきや。なんと彼女は絞ったタオルで、俺の額の汗をぬぐい始めた。

「な、なにしてんの?」

 予想外の行動に、つい避けようとしてしまう。天はそんな俺の肩に手を置いて、今度は首元を拭い始める。冷えたタオルが何とも心地よかった。

「宇宙が彼氏らしいことしてきたから、あたしも彼女らしいことしようと思って」

 彼女の背中の先で、藍さんがクスクスと笑っていた。気持ちは嬉しいんだけれど、メアリーの前だってのを理解して欲しかった。すんごい、恥ずかしい。