皆結希さんが戻ってきて、再び俺達はお礼を言われた。

 これから、さつきさんと一緒にお茶をするらしく、俺らも一緒にどうか誘われた。クラウディアの記憶を取り戻した上に、目の前にメアリーも居る。もちろん理由は言えなかったけれど、適当に誤魔化して断りを入れた。

 後々考えてみると、皆結希さんとさつきさんを二人にしたら、南タマキさんに悪いんじゃないかって気づいた。それでも今は、それどころじゃない。

 俺は改めて、メアリーと向き合った。ヴァネットシドル一の美少女だけあって、こんな暑い日なのに華憐で美しかった。アオさんと全く同じ顔なのに、何故こんなに違うのだろうか。

 見とれていたのがバレてしまったのか、天に横っ腹をつつかれてしまう。本題をさっさと言わないと、先に進みやしないんだ。

「メ、メアリー」

「なぁに、クレア?」と、藍さんは微笑んだ。

 見るもの全てを虜にするような微笑みは、どうやらこの世界でも健在だったようだ。俺は何故か知らないけれど、彼女の瞳をまっすぐ見れなかった。それどころか、眩しすぎて涙まで出てきてしまった。

「助けて、天」

 そのままの表情で振り向くと、天は驚いた声を上げた。

「ちょっ、おっしい。何泣いてんの!」

「メアリーが眩しすぎて見れないんだけど」

 隠す理由も無いので、俺はそのままの事実を述べた。そして何でか、天が不機嫌な顔になる。

「……それ、彼女のあたしの前で言う?」

 それを言われて、初めて失言だと気づいた。けれども、今の俺にはクラウディアだった時の記憶がある。

「あら、ルース。貴方がそれを言う?」

 俺は敢えて、クラウディアの口調で話してみる。自分でも驚くくらい、この喋りに違和感は無かった。ちなみにルースとは、ボルドシエルと親しい間柄の呼び方だ。この世界で言うならば、あだ名というやつだ。

「魔導士ギルドに居る猫系の哺乳族と仲良かったの、知っているのよ?」

 やられっぱなしは悔しいので、当時の話を持ち出してみる。ボルドシエルの記憶をハナっから持っている天は、すぐにピンときたのか、珍しく居心地悪そうな表情になる。

「クレアは知っているだろう、ブロッサムの部下だ!」とボルドシエルのつもりで話しているのだろう、天は男性みたいな喋り方になった。

 共闘している部隊の仲間なのは、勿論知っているけれど。普段から魔導士ギルドに閉じ込められているクラウディアとしては、面白くない話。

 っていうか冷静に考えてみると、鳥族の部下に猫系の哺乳族が居るっておかしいな。普通は猫が捕食側だろうに、色々おかしな世界だ。

 小さな笑い声が聴こえたので、俺は天から目を離す。メアリーこと藍さんが、クスクスと小さく笑っていた。彼女が微笑むたびに、その辺りの原っぱから花が咲き誇りそうな雰囲気だった。ヴァネット・シドルなら兎も角、こんな女性が現代日本に居るのが凄いって思った。

「……え、京都だから?」

「なにが?」と藍さんは微笑んだ。

 なんでアオさんと同じ顔なのに、こうも違うっていうんだ。クロは本当に馬鹿だろう。同じ顔だからって、藍さんとアオさんを間違えるかよ。

 状態可視持ってない俺でも、全く別人だって分かるくらいのオーラはあるぞ。例えて言うならアイドルのほたっちの時と、皆結希さんの母親の時のほたるさんくらい大きく違うぞ。

「でも……本当に、二人とも……仲良さそうでよかった」

 藍さんの儚げな笑みを見て、俺とクラウディアは大きく胸が痛んだ。

 天を見ると、罪悪感に潰されてしまいそうな表情になっていた。俺は天の手を握った。今世はゴワゴワの獣人の大きな手じゃなくて、すべすべの女の子の小さな手のひらだった。

「……ギムレットに、会いたい?」

 俺の言葉にメアリーは固まった。

 親父に会いたいか、って聞いたクロの時とも。皆結希さんと会いたいですか、って聞いた時のほたるさんとも違う状況だ。確実に、その相手が対象を認識出来る状況なんだ。

「ギムレットも……居るの?」

 震えるメアリーの声に、俺は小さく頷いた。

「わたしのこと……覚えているの?」

 その問いに俺は頷こうか、どうしようか戸惑った。メアリーは覚えてはいるけれど、本人は他の人だって思いこんでいる。どうしようかって思った瞬間、脳裏には誰でもないクロの台詞が思い浮かんだ。

 いつ聞いたのかは今は思い出せないけれど、お前は何も考えなくていいからなと従兄は言った。その言葉を信じて、文字通り俺は何も考えずに頷いた。

 そのせいで、ちょっとした事件が起きてしまったけれど。それはクロの自業自得としか、言いようが無かったのだ。