メアリーはあの時、この約束を覚えていてねと言った。

 ヴァネット・シドルの記憶だけでなく、俺だけでなく私まで、忘れてしまっていた。目の前の女の子の姿を見て、押立宇宙とクラウディア・ゴードンは、自分でも驚くくらい悲しくなった。

 ギムレットである、クロ。ブロッサムである、きのみさん。ボルドシエルである、天。そして、メアリーである目の前の女の子。

 みんなの姿を思い出し、みんなの想いが届いた気がして。俺とクラウディアは、溢れる涙が止まらなかった。

 天がどうして、俺に対して罪悪感を覚えるのかも理解した。

 彼女もボルドシエルも、痛みから逃げたって思われたくなかったんだ。死を選んだのが、逃げなんだとしたら。それが重罪って、思うのならば。貴方にちゃんと向き合わなかった俺と私の方が、もっと罪が重い気がした。

 そして大親友であるメアリーに、あんなことを言われておいて。忘れてしまった押立宇宙とクラウディアは、もっと重罪人なんだ。

「やっぱり、貴方がクレアだったのね……」

 メアリーそっくりの黒髪の女の子は、静かに涙を流した。そのセリフは、彼女にも前世の記憶がある証拠だった。

「メアリー、俺っ。……私っ、ちゃんとっ、約束っ、守れたっ!」

 涙のせいでまともに見えなかったけれど、メアリーは優しく微笑んだ。

「そっか。……って、俺?」

 およそ男爵の娘とは思えないような、素っ頓狂な声を黒髪の女の子は上げる。

「え……っと、うわ!」

 何て言えばいいのか悩んでいると、急に天が背中から俺を包み込むように抱きしめてきた。

 こんな時なのに胸の感触が気になって、ピタリと涙は止まってしまった。クラウディアの記憶を思い出したっていうのに、やっぱり精神は男子なんだなって思った。

「彼は押立宇宙。ダテリカの弟」

 俺のちょうど真横に天の顔があるからか、彼女の吐息が髪に掛かって少しこそばゆく思えた。

「嘘っ⁉」と女の子は驚いた声を出す。ビックリするのも当たり前か。まさか現世のクラウディアが芸能人の弟なんて、思いもしなかっただろう。

「ダテリカさんが、クレアなんだって思ったわ」

 女の子が目を丸くしたのを見て、そっちかよって思った。俺は梨花と似てないし、クラウディア・ゴードンは私だ。メアリーに対して怒りはしないけれど、止まりかけていた涙は完全に引っ込んでしまった。

「そして、僕は。……あたしは穴沢天、ボルドシエル・グレイグース。……この人の、現世のクレアの。こっ、恋人です」

 慣れてないからか、天の「恋人」という台詞が裏返っていた。どんな表情をしているのか見てみたい気分だが、物理的に無理な話だった。

「まぁっ!」

 天の一言にメアリーは両手を口元に当てて、丸い瞳を大きく開ける。やっぱり前世の記憶があるだけあって、仕草もメアリーそのものだった。

「おめでとぉ!」

 恋人に後ろから抱きつかれているっていうのに、メアリーは俺を天ごと抱きしめた。前からは前世のメアリー、後ろからは俺の恋人。なんて、凄いサンドイッチだって思った。

 俺の胸に女の子の顔が埋まり、身長差で彼女の黒髪のつむじが視界に入る。梨花が使っているのと、同じシャンプーの香りがした。

 その瞬間、梨花のファンであるアオさんも、確か同じシャンプーを使っているのを思い出した。

「め、メアリー」

 女の子は俺の胸から覗き込むように顔を上げる。クラウディアの立場からすれば、黒髪のメアリーなんだけれど。押立宇宙の立場からすれば、髪の長いアオさんにしか見えなくて仕方なかった。

「貴女の今世の名前は?」

 俺はアオさんの名字を思い出す。大丸だったら、ビンゴなんだ。

「大丸藍っていうの。よろしくね、ソラくん、ソラちゃん」

 間違いなく、彼女は大丸アオさんの関係者だった。