ごみ袋を渡されて、軍手を装備した俺達はゴミ拾いを開始した。
ロータリーを越え、駐輪場を横目に線路沿い歩いていく。俺、天、皆結希さん、大野さつきさんの四人一組で班になる。我が班は反時計周りで、街を一周するらしい。
東京サイドもそうだけれど、神奈川サイドもマンションが多かった。空は雲一つ無くて。まるで天の支配領域に伸びるように、建物が居並んでいるように思えた。
「思ったより、あちーな」
筋肉があるからか、他の人より代謝がいいのかもしれない。汗だくの皆結希さんが、太陽に苦情を言うように呟いた。彼は自販機を見つけ、すぐさま近づく。早速、何かを購入したようだった。
みんなで近寄ってみると、皆結希さんが買ったのはスポーツドリンクだった。
それを何故か、俺の彼女に手渡した。何しているんですか、貴方には南タマキさんが居るでしょうが。皆結希さんを睨もうとすると、また自販機から同じものを取り出していた。
「ほら、ソラくんも」
キンキンに冷えたペットボトルを渡されて、俺は首を傾げてしまう。これを使って、何か一発芸でもしろってことなのだろうか。顔を上げると、大野さつきさんにも同じスポーツドリンクを手渡していた。
「オレの周りには消防士だけだし、熱中症になっても頼れる人は居ないんだ」
変な誤解をしてしまいそうになったけれど、皆結希さんはみんなに気を遣ってくれただけだったのだ。
ありがとうございます、と三人が同時にお辞儀した。
皆結希さんが、真っ赤な顔を明後日の方向に背けた。照れているのかもしれない。自分から親切にしておきながら、いざ礼を言われるとこうなるのか。不器用な人なんだろうな、って思った。
すると、皆結希さんに向ける大野さつきさんの笑顔が、何故か天が俺に向けるものと似ているような気がした。
嫌な予感が、背中を駆け抜ける。あの目って、きのみさんも従兄に向けるのと同じ感じがするんだよな。クロの言葉を借りるならば、同じ色のオーラとか何かを纏っているって言えばいいのか。
確信は持てないので、俺はジャッカスさんにメッセージを入れる。大野さつきさんをご存じですか、承知でしたらどういう人なんですか。
一分も経たないうちに、返信が来た。帰省しているって言ってたけれど、田舎は暇なのかもしれない。
さつきちゃんは、タマちゃんの恋敵。
ジャッカスさんからのメッセージは、たったこれだけ。だがその一文で、俺はなんとなく理解した。やっぱり大野さつきさんも、皆結希さんに惚れてらっしゃるのだ。
だよなー、と俺は心の中で呟いた。あれだけ頼りがいのあるナイスガイなんだ。おそらく慕っている子は、彼女だけじゃないだろう。俺の知らない誰かが、皆結希さんも知らない内に、ハートを射止められていても何らおかしくない。
「誰?」
ずっと携帯電話を弄っているから、怪しまれたのか。天が俺を覗き込むように言った。何もやましい事なんて無いので、俺は正直にジャッカスさんと言った。
「なんで宇宙って、遥平さんのこと。ジャッカスさんって言うの?」
妹の方の相原と皆結希さんが、そう呼ぶからだと説明した。
「オレがつけたんだ」
そう言ってから、皆結希さんは喉を鳴らしてドリンクをゴクゴク呷った。すごい旨そうにジュースを飲む人だなって思った。
「なんでですか?」と天は聞いた。
「ジャッカスだからだ」と答えにならない返事をした。それでも皆結希さんが言うなら、それが答えに違わなかった。天は乾いた笑いを浮かべた。
全然、ごみ袋は埋まらないし。軍手も汚れる気配が無かった。ゴミがあっても、草むらにペットボトルが落ちているくらい。道は綺麗で、吸い殻すら落ちてない。ゴミだらけの街も嫌だけれど、せっかく来たんだから遣り甲斐って物を感じたかった。
「まぁ、散歩みたいなもんよ。無理に頑張るのは、およしなさい」
顔に出てたのかもしれない。皆結希さんが、俺を気遣ってくれた。申し訳無さを感じつつも、先輩の配慮が素直に嬉しかった。俺も皆結希さんみたく、自然と人に良く出来る高校生になりたいって思った。
広い通りに出て、トンネルを横目に住宅地に入る。こっちからは、一戸建てばっかり。似たようなデザインの白い家の集合を見ると、建売りなのかなって思った。
途中に草むらを切り裂くように、アスファルトのスロープがあった。街中にこんなものがあるのは、面白いって思った。車いすの人辺りに対する配慮なんだろうか。
よく見ると全部の階段に、鉄パイプのような手すりがついていた。それでも皆結希さんは、大野さつきさんの手を引いて降りているのに気が付いた。
何この人、すごい紳士的だ。天の視線に気が付いたので、俺も真似して彼女の手を引いた。
普段恋人らしいことが出来てないのもあって、天は満足そうな表情をしていた。大野さつきさんも、似たような表情になっていた。
こういうのを平気で出来るから、自然とそういう人が出来てしまうのか。南タマキさんの事を考えると、今のは妨害するべきだったのかもしれない。
迂闊だったとも思ったけれど、いい手本を見せられてしまったと思った。これは無理そうだと思い、俺は心の中で南タマキさんに謝罪した。