その日は神奈川サイドに居た。我々が今住んでいる街は神奈川県と隣接してて、分かり易く駅が境目となっている。

 家を出て、公園を突っ切って、テレビ局を横目に駅へと突入。改札に入らないで、南口に出れば神奈川サイドだ。

 この辺りの人間は、我々の街を東京サイド、隣街を神奈川サイドと呼ぶ。同じ名前ならば、東京側とか神奈川側っていうのは分かるけれど。そうでないのだから、不思議だ。

 駅で合流した天と一緒に、手を繋いで歩道橋の階段を降りた。彼女の笑顔と挙動がのびのびしていて、凄い自然体だって思った。

 何となく学校に居る時って、どこか緊張しているように思えたけれど。夏休みに入ってからは、全くそんな素振りを見せなかった。

 それが俺と一緒に居るからっていう理由ならば、彼氏としてはこの上無く嬉しい。俺だけに誰にも見せない所を見せてくれるって、それだけで幸せになれちゃうんだもんな。

 ゆるやかな坂を上る。ハンバーガーのチェーン店を左折する。暫く歩くと、高級そうなイタリアンが見えてくる。外の黒板にはメニューが書いてあって、値段を見て目が飛び出る。それを見た彼女が微笑む。俺もいつか、天をこういう場所に連れてきてあげたいって思った。

 ちょっと歩くと、高架が見えた。もう駅が近い証拠だ。くぐるように高架を越える。スーパーを左折する。ロータリーが見える。我々の街の最寄りのと違い、こじんまりした駅だった。

 何の特徴も無い普通の駅かと思ったが、屋根にいくつもの風車がついていた。あれは何かと天に問うと、風力発電をしているらしい。妙な駅という言葉に訂正しよう。

 駅前に人々の塊を見つけたので、近くに寄ってみる。その中の一人に見知った顔があったので、俺は声を掛けてみる。

「皆結希さん」

 その声に振り向くと、皆結希さんは大きく歯を見せて笑った。

「おー、ソラくん。今日はありがとな!」

 今日は別に天とデートという訳ではなく、単なる手伝いの日だった。

 皆結希さんは後輩の中学生の頼みで、街の清掃活動への参加をする話になった。しかし元々一緒に参加を予定していた友達が、急きょ駄目になってしまったらしい。ジャッカスさん達は帰省していたし、そこで声が掛かったのが俺だった。

 後日、礼はするとは言ってくれたけれど、そんなものは不必要。俺は皆結希さんの頼みなら、いつでも引き受ける姿勢を見せた。

「そして、この子が君たちと同じ、未来の後輩」

 彼の言う未来の後輩とは、皆結希さん及びクロと同じ高校を志望しているという意味だろう。バーベキューの時、俺と天も同じ高校に通うと宣言したら、皆結希さん達は未来の後輩だと言ってくれたんだ。

「初めまして、大野さつきです」

 皆結希さんの後ろから、おずおずと黒髪ロングの女の子が出てきた。まるで南タマキさんから、カチューシャを取ったような髪型だって思った。姿勢もどこか丁寧で、控えめな印象は、やっぱりどっか南タマキさんを彷彿させる。

 けれど皆結希さんの従妹は、父側と母側の両方とも知っているので、おそらく親族では無い。仮にそうならば、そういう紹介をするだろう。

「穴沢天です」

 天がペコリと頭を下げたので、俺もそれに倣って名乗る。彼女と同じ読みの名前だからか、大野さつきさんは驚いた顔になる。

「もしかして、ダテリカの……」

「……あ、はい。弟です」

 驚いた理由は、そっちだったか。俺は時々、アイドルの弟というのを頭から飛んでしまうことがある。何故か知らないが、いつも一発でバレてしまう。

 そんなに俺と梨花って、似てない気がするんだけれどな。雰囲気なのだろうか。