その日は珍しく、相原からメッセージが入った。
兄がバーベキューをするから、天と来なよ。っていう感じの内容だった。相原兄妹と俺と天だけかと問うと、わかば先輩こと皆結希さんも来るとの話だった。そんなん行くに決まっているじゃないか。
すぐに天から連絡が来た。相原は彼女にも知らせてくれたようで、意外に気が利く子だって思った。意外は失礼か。だが、ジャッカスさんの妹なだけあるか。
場所が少し行きにくい多摩川だった。わが街は山を迂回するように線路が敷かれているので、同じ市内でも川に出るには少し時間がかかる。
天と合流して、どう行こうかと相談すると、何とバスがあるのだという。そりゃバスくらいどの街にもあるかもしれないけれど、そんな都合のいいルートがあるなんて思いもしなかった。
駅からバスに乗って、大橋を越える。でかい体育館を右目に、くじらのような橋をくぐる。山を越えて、広い道に出る。小学校の近くのバス停が、目的地の最寄らしかった。
こんな時、恋人が地元民だとかなり助かるって思った。もしも自分一人だけだったら、延々と彷徨っていたかもしれない。
手ぶらで良い。とは言ってはいたけれど、一応差し入れを買っていこう。コンビニに寄って、適当にアイスを買った。保冷剤なんて入れてくれなかったから、溶けないかが少し心配だった。
この空模様はもう既に蒼魔導士の支配領域から脱していて、太陽という天の眷属が反乱を起こしているような気分だった。目的地までの五分は辛かったけれど、天との会話のお陰で速く感じたのが、せめてもの救いだった。
思った以上に広い公園だった。車が五十台は止められるんじゃないか、っていう駐車場。野球が二試合同時に出来そうな、広い原っぱ。奥にはテニスコートが八面あるし、スケボー少年が技を繰り出せるような場所もあった。
このクソ暑い中バーベキューをしていた客は、一組しか居なかったので場所はすぐに分かった。相原がこっちに気づいたようで、ニコニコと大きく手を振って自分たちの位置を知らせていた。
「おっしい、天。よく来てくれたね!」
こちらへと駆け寄った相原が、天に抱き着いて満面の笑みを浮かべた。俺はバーベキューコンロの前に立つ、二人の男性に目を向ける。どっちもヤンキーみたいで、目つきの悪いコンビだなって思った。
「よっ、ひさぶり」と軽快な声を出したのは、相原の兄のジャッカスさん。本名はまだ聞いてなかった筈だけれど、ジャッカスで良いらしい。
「久しぶりだな」と笑ったのは、ほたるさんと南タマキさんの従兄である若葉田皆結希さん。ジャッカスさんからは、みぃなチャンと呼ばれているけれど、俺はわかば先輩と呼んでいた。その筈なのに、ほたるさんも南タマキさんも下の名前で呼ぶから、伝染してしまっていたのだった。
「久しぶりです。皆結希さん、ジャッカスさん」
俺が頭を下げると、ジャッカスさんが拳をこちらへと向ける。俺もそれに倣って、拳を合わせる。皆結希さんにも拳を向けると、彼も少し困惑したようにグーを合わせてくれたのだった。
「遥平さん、久しぶりです」
俺の背中から、ジャッカスさんに声を掛けたのは天だった。おそらく彼女が言ったのが、正式名称なのだろう。
「天ちゃん、久しぶり。ソラきゅんと付き合い始めたんだって?」
ジャッカスさんが愉快そうに言うと、天は少し恥ずかしそうに頷いた。可愛い彼女の仕草に、自然と頬が緩んでしまう。
「それじゃ、はい」
皆結希さんがキンキンに冷えたコーラを、開けて俺に手渡してくれた。見れば全員が何らかの飲み物を持っていたけれど、流石にアルコールを持っている人は居なかった。
相原が天にジュースを手渡して、乾杯だと説明した。音頭を取るのは、勿論ジャッカスさんだった。
「それでは、夏休みもいよいよ八月だが。お前ら、宿題は終わっているか!」
「終わってます!」
答えるように俺が叫んだら、他の四人の目が驚愕に満ち溢れていたのに気づいた。
「え、おわってるの?」と相原が言った。ジャッカスさんも皆結希さんも「マジかよ」と、口をパクパクさせていた。
「終わってませーん! って、感じで行きたかったんだが。まさか、終わっている奴が居るとは……」
ジャッカスさんが苦笑いしてので、何だか急に申し訳ない気分になってきた。
「じゃ、じゃあ、終わってません」
「もう遅い。終わっているソラきゅんに、かんぱーい!」
不意打ちの乾杯に、ジャッカスさん以外の全員が遅れた。本当にこの人って、ノリで生きているんだなって思った。