それから南タマキさんは、ほたるさんに皆結希さんの話を聞かせた。
再婚して義妹が出来て、始めはギクシャクしていたとか。それでも色々あって、少しづつ仲良くなっていたとか。
他人の家庭の話だし、俺が聞いてもいいものなのか。それを問うと、二人ともが似たような笑顔で「大丈夫」と言ってくれた。
わかば先輩は、そんな事を気にするような小さい男では無いのだという。二人とも従兄に向けて、すごい信頼感を持っているんだなって思った。
聞いて驚いたのは、ユキさんの墓参りの日。その時にわかば先輩と南タマキさんは、初めてお互いが従兄妹同士だというのを認識したらしい。やはり、妙な一家だって思った。
けれど、その時にわかば先輩はユキさんの墓の前で、義妹と従妹を守るって誓ったんだって。その言葉を今初めて聞いたという、ほたるさんは少し涙ぐんでいた。わかば先輩も墓の前で誓ったのに、全然関係ない場所で聞かされていると夢にも思わないだろう。
話を聞いてみればみるほど、やっぱり凄い人なんだなって思った。具体的に何が凄いのかと問われると、説明は出来ないけれど。クロと同じように、本当に家族を大事にしている人なんだなって思った。
「そりゃ、タマちゃんが好きになっちゃうのも分かるね」
ほたるさんの言葉に、南タマキさんが顔を真っ赤にした。俺は何でそんな顔をしたのか、分からなかった。家族に家族が好きって言われて、そんなに照れることがあるのだろうか。南タマキさんは照れ屋さんなのだろうか。
「ほんっとぉぉぉに……」
力いっぱいの声を出して、ほたるさんは南タマキさんを抱きしめた。
「かぁぁわいいんだから、タマちゃんはぁぁぁ!」
南タマキさんの顔を胸に押し付けて、頭をヨシヨシと言わんばかりに撫で回す。そこまでやると禿げちゃうんじゃないか、って思ってしまうくらいだった。
でも相手がわかば先輩の母親、自分の家族だって分かっているからか。南タマキさんも、笑顔でナデナデを受け入れている。
同じ年齢くらいの女の子が、ふざけ合っているように見えるけれど。実は親子のじゃれ合いだって、誰が思うのだろうか。俺も何となく、天に会いたくなってきた。
「そんな可愛いタマちゃんには……」
ナデナデを止めたほたるさんは、自分のバッグから何か小さな箱のようなものを取り出した。くしゃくしゃの髪のまま、南タマキさんも頭にハテナマークを浮かべる。
「これをあげる」
手のひらサイズの箱を、南タマキさんは両手で受け取った。
「開けてみて」
ほたるさんに促されるまま、彼女は箱を開ける。中から出てきたのはエンジ色の化粧箱だった。テレビドラマで見覚えがあるような、レザー調の高級そうなやつ。
南タマキさんの顔が引きつる。俺もまさかとは思ったけれど、中身は思った通りのものだった。
「……うそ」
何やら、綺麗な指輪が入っていた。飾り気のないデザインだけど、宝石が粒で埋め込まれていた。
この指輪がどういうもので、何故南タマキさんに渡したのか、全く意味が分からなかった。宝石のことなんか分からないけれど、きっと偽物じゃないだろうし。どう見たって、安物の指輪に見えなかった。
「……な、なんですか? これ?」
驚きに目を丸くしたまま、狼狽えた声を出す南タマキさん。逆にほたるさんは、どこか得意げな目を浮かべていた。
「わたしの、ユキの婚約指輪」
「ええっ!」
びっくりしすぎたのか、南タマキさんの手から化粧箱が揺れ落ちそうになる。俺はすかさず手を伸ばして受け止めようとしたけれど、何とか彼女が両手で抑えたので事なきを得た。
「あ、ありがと、そらくん」
見ると、彼女の手はガタガタと大きく震えていた。あんなこと言われたら、そうなるのも間違いはない。
「いえ、お礼には……。というか、ほたるさん。これって……」
「うん。まぁ、半分冗談よ」
ケタケタと愉快そうに、ほたるさんは笑った。南タマキさんはホッとした表情を浮かべてはいるが、冗句にしたって質が悪すぎる。
「イミテーションだったって事ですか……」
俺の問いに、ほたるさんは首を左右に振った。
「ううん。指輪自体は本物、宝石も」
南タマキさんは再び、引きつった顔になる。俺もきっと、同じ表情をしていたかもしれない。
「これはね。わたしがユキだった頃の婚約指輪を、模して作って貰ったものなの」
「……な、何故そんなものを……」
ほたるさんは笑顔で、南タマキさんは青い顔をしていた。俺はどういう顔をしていたかは分からなかったが、少なくともどっちでも無かっただろう。
「もし皆結希が持ってなかったら、渡そうと思ってね。作っちゃった」
ニコニコの表情でほたるさんは言うけれど、内容は全く分からなかった。前世の自分が貰った指輪を模したものを、前世の息子に渡してどうするっていうんだろうか。
「だから、タマちゃん。もし皆結希がわたしの指輪を持ってなかったら、これを渡してあげて」
ほたるさんが化粧箱を持った南タマキさんの両手を、包み込むように握る。わかば先輩が指輪を持っていなかったら、ってどういう意味なのだろうか。南タマキさんも分からないのか、首を傾げていた。
「持ってたら、タマちゃんはそれを貰って。代わりに、これをあげて頂戴。お母さんとの、お守りってことで……」
南タマキさんは再び、顔を真っ赤にして。それから、両目に涙を浮かべた。なのに、表情は笑顔だった。彼女の表情が著し過ぎて、全く何も分からなかった。
けれど、きっと、ほたるさんの気持ちは彼女に伝わっていたに違いない。南タマキさんは再び、彼女の胸に顔を埋めて泣き始めた。今度は南タマキさんの表情は見えなかったけれど、ほたるさんの顔を見て何故か安堵した俺が居た。
二人の間に何がどういう風に、どんな感情が行き交ったのかは全く分からなかったけれど。たった一つの出会いだって、忘れないと誓えば叶うような気がした。この瞬間、この喜びがずっと続きますように。
何故か、俺の心は何かに満たされていて。今すぐ天に会いたいって思った。会いたい気持ちと、ありがとうの言葉と、何気ない笑顔が大好きだから。未来を手招くもう一つの自分になれたら、これからを祝福しよう。