やっと落ち着いたのか。一呼吸置いてから、ほたるさんは南タマキさんを解放した。

 つい、興奮しちゃって。という謎の言い訳をすると、南タマキさんもハテナマークを浮かべていた。こうなってしまったからには、全てを話すしかなくなってしまった。

 意を決したかのように、ほたるさんは改めて俺達と向き合った。南タマキさんも釣られて真剣な瞳になるけれど、俺はどうしても豆かんを食べる手を止められなかった。

 ほたるさんは、この間俺にしてくれた話を、再び南タマキさんに話していった。こっちは急いで、豆かんを平らげた。

 三か月前あたりに、ほたるさんの前世の記憶は蘇った。

 きっかけは、カチューシャ。昔一緒に住んでいた、わかば先輩に貰ったもので。久しぶりにつけたら、前世の記憶が蘇った。

 カチューシャはわかば先輩の母親が、南タマキさんの母親と交換したもの。

 前世のほたるさんであるユキさんが、交換で妹に贈ったカチューシャ。それが、南タマキさんの頭についているものだった。

「マキが離婚していたのは、実は本人の口から聞かされていたの。……でも、良かった。タマキちゃんが、こんな元気そうで」

 自分のカチューシャを二つの手で握って、南タマキさんは両目に涙を浮かべていた。小刻みに震えている理由は、先ほどのそれと全く違うような気もした。

 つぶらな瞳は、真っ直ぐほたるさんを見つめていた。南タマキさんは、珍しく奥歯を噛みしめていた。何かを我慢しているようにも見えたし、自分を責めているようにも見えた。

 俺がクロだったら、状態を見たって言えるけれど。そんなの使わなくたって、南タマキさんの表情が物語っていた。

 彼女の震える口が、何かを伝えたがっているように見える。

 それが何かは分からないけれど、きっと大事なことのように思えた。

 南タマキさんが言えないのならば、俺が代わりに口を開きたいくらいだって思った。

 けれど何も分からない俺には、口を開く権利なんて無かった。

 それでも南タマキさんの顔を見ていると、俺が傷つけた時の天の表情が浮かんでくるんだ。

 本当に彼女は、わかば先輩を想っているんだ。って、いうのが伝わって。

 それでも、俺には何も出来なくって。

 居もしないであろう神様に、柄にもなく願ってしまいそうになる。

 神頼みって言葉が自分でも気に食わなかった。

 空に居るのは神様なんかじゃなくて、いくつもの星だ。

 その星に神が居るんだっていうのなら、それを管轄している宇宙が何とかするべきだ。

 でも、俺は宇宙じゃなくて、押立宇宙だ。星が瞬く数だけ幸せを贈れるのは、俺の仕事なんかじゃない。

 それが悔しくて、俺も奥歯を噛みしめてしまった。

 どうか、南タマキさんの想いが、ほたるさんに届きますように。

「……ソラくんから話を聞いただけだけど、皆結希もいい子に育ってくれたみたいね」

 ほたるさんが、慈しむような目で言った。今の彼女はアイドルであるホイップのほたっちでは無く、若葉田皆結希さんの母親であるユキさんだった。

 まるで今の言葉は目に映らない自分の息子の距離を、どれくらいなのか図っているようだった。

 心と心が、どこまで繋がるのか。

 気持ちと気持ちが、どこまで通じ合えるのか。

 南タマキさんを通じて、伝えているようだった。

 そんなやり方をしないと、ユキさんは自分の子と繋がれないのかもしれない。

 もどかしくって、胸が締め付けられる。ここに居る誰しもが器用に動けなくて。当人が不在のまま、闇雲に手を動かしているように思えた。