料理が来てからは、何故か二人とも上機嫌だった。

 それは二人とも美味しそうに食べては、時折笑みをこぼしていく。一昨日に来た時と、そんなに変わらない献立だったのに。前回はそんなに美味しそうに、食べているようにも思えなかったのに。何故かほたるさんは、ずっとニコニコで食事をしていた。

 南タマキさんも、あまり食べ慣れない種類の内容だったからか。物珍し気に口に運んでは、美味しいと笑みを零している。それを見たほたるさんが、何故か彼女より嬉しそうな表情になる。

「ソラくんっ、豆かん食べる?」

「いいんですか!」

 伝染ってしまったのかもしれない、自分でも嬉しそうな声を出してしまったって思った。

「勿論。タマキちゃんも、食べるよね?」

 ほたるさんの台詞に、遠慮がちなタマキさんだったけれど。既に注文しちゃっていたので、諦めたように苦笑いを浮かべた。

「す、すいません。いきなり、その……」

 申し訳なさそうな声の南タマキさんだったけれど、伏し目がちの笑顔を見て、ほたるさんは満足気な顔をした。

 運ばれてきた豆かんを見て、南タマキさんは驚いた表情をしていた。きっと、一昨日の俺も似たような表情をしていたのだろう。

 一口頬張ると、南タマキさんは極上と言える種類の笑顔を見せる。そういう顔になってもおかしくないのが、ここの豆かんの魅力である。

 すると気づけば、ほたるさんが両手で顔を隠して、何かを必死に堪えていた。まるでかき氷を一気に食べて、頭にキーンって来たような感じだった。

 もしかして、体調を崩したのかもしれない。

「大丈夫ですか⁉」

 慌てて俺と南タマキさんが近寄ると、うめき声みたいなものを発していた。これはもしかして、重病かもしれない。

 でも何故か、ほたるさんの表情は満面の笑みだった。嬉しさを隠せない、っていうような顔をしていた。何でそんな顔をするのかは、俺には全く理解が出来ない。

「もう駄目、無理。おかあさん、これ以上耐えられない」

 謎の言葉を呟いたほたるさんは、自分のバッグを取り出す。一昨日、見せてくれた紙袋を取り出した。中身は淡いピンク色カチューシャ、南タマキさんの水色のとお揃いのやつだった。

 ほたるさんはそれを頭に着けてから、南タマキさんの近くに寄る。困惑する表情を無視して、ほたるさんは思い切り南タマキさんの顔を自分の胸に押し付けた。

「もう、タマキちゃん。すごい、かわぃぃぃ!」

 猫をあやすような声色で、我が子を愛おしむような表情で。ほたるさんは、南タマキさんの頭を思い切りナデナデし始めた。

「もう、ほんと。マキの子だけあって、もう……もぉぉ!」

 ほたるさんが何をやっているのか、本気で俺は全く理解が追い付かなかった。

 いや、マジで。何をやっているんだ、この人。

 彼女はほたっち、本名は若葉田ほたる。アイドルグループ、ホイップの一員で。うちの姉と違って、可愛い妹キャラの愛されガール。

 実は梨花よりも男性人気があり、それを姉が羨むほどの魅力があった。

 そんな彼女が何故、梨花の友達を抱きしめて、頭ナデナデしているのだろうか。

 南タマキさんの方を見てみる。いきなりの行動に、最初はハワハワのアワアワしていたっていうのに。何だか落ち着いたのか、今は少し照れたように微笑んでいた。

「そっかぁ、タマキちゃんが、あの子を貰ってくれるっていうのね」

 ほたるさんが言った。俺は何の話をしているのか、全く意味が分からなかった。

「へ? いっ! あの! い、今は、まだ! こっ、こ、告っ白も! し、て、な……」

 真っ赤な顔で、南タマキさんは狼狽えた声を出す。そんな様子も愛おしかったかのように、更にほたるさんは彼女を強く抱きしめた。

「良かった……」

 ほたるさんの声の様子が、変わったのに気が付いた。赤信号が青くなるくらい、突発的な切り替えだったから俺は頭が追い付かない。

「本当にっ……。良かったぁ……」

 その声は嗚咽交じりだった。ほたるさんの顔を見ると、瞳に涙が滲んでいた。

 閉店音楽とは違う蛍の光を、俺は一度だけ公園で見たことがある。暖かくって、優しい光。彼女の微笑は、それと同じような温もりを持っているように思えたんだ。