ワン、ツー、準備はオッケー。きっと、もっと二人の道が開く。スリー、フォー、時は来たよ。そこから始まる、ニューストーリー。
住宅街のど真ん中にある一軒家の前、ほたるさんがタクシーを止める。
普通の門と入り口、それと窓。周りと似たような作り、見るから一戸建て。目の前の門を開いて、インターフォン。
「ほたるです」と告げる、玄関のドアが開く。洋風の家なのに、割烹着を着た御婦人。おばあ様と言って、差し支えない品格。
中に入ると、普通の家とは全く違う。カウンター、テーブル。その上には箸と皿。石畳みたいな床、二階に上がると個室の座敷。畳、座布団、長いちゃぶ台、掛け軸、でかいツボ、障子付きの窓。
腰かけると、お茶を出される。ほたるさんが「おまかせで」と言う。おばあ様は笑顔で頷いて、ふすまを静かに閉めた。
「……お店なんですか?」
南タマキさんの台詞まで、一昨日の俺と同じものだった。ほたるさんは、陽だまりのような温かい笑みを浮かべた。テレビや雑誌で一度も披露してない表情は、事情を知っている俺だから理由を察する事が出来た。
「初めまして、皆結希の若葉田側の従妹。ほたるです」
ほたるさんが小さく会釈すると、何と南タマキさんは膝を着き三つ指立ててお辞儀した。誰よりも礼儀の正しい動作に、ほたるさんは目を丸くしたし。俺も驚いた。
「初めまして、南側の従妹。南珠希と申します」
なんで南タマキさんが、ここまで恭しくしたのかは分からなかった。すると、ほたるさんも膝を着き、彼女と同じ動作を繰り返す。
俺もやった方がいいのか、って思ったけれど。まごまごしている内に、二人は顔を上げてしまった。
「楽にして下さい」と、ほたるさんが言った。
「お言葉に甘えて」と、南タマキさんは座布団に座り直した。
「それで……」
ほたるさんは俺とちらりと一瞥した後、改めて南タマキさんと向き合った。柔和な笑みはリラックスしたように見えたけれど、対する南タマキさんは緊張で強張っているように思えた。
「タマキさんが、皆結希のこと。教えてくれるのかしら?」
ソラくんの代わりに、と敢えてほたるさんは俺の名前を出したような気がした。
「……それは」
何かを言い淀んだ言葉の後、固唾を飲むような音が右耳に聴こえた。隣の小さな先輩は、緊張で震えているようにも見えた。
もし横に座っているのが彼女だったら、手を握ってあげたい所だけれど。南タマキさんにそれをやったら、間違いなく天を怒らせてしまう。謎の緊張感に、俺は拳を固く握っていた。
この張り詰めた空気の正体が分からなかった。特に南タマキさん。彼女が何故、こんなに強張っているのかが分からない。
これじゃ、まるで南タマキさんが悪いことをして。それを、ほたるさんに自白しに来たみたいじゃないか。
「……あの、ほたるさんって。ずっと皆結希さんと一緒に暮らしていたんですよね?」
勇気を振り絞って、何とか出したような種類の声だって思った。どこかで聞いたことのあるような喋り方だって思い、それはどこなのか思い出してみた。
そうか、昨日の俺か。クロの部屋に行って、親父さんの話を聞こうとした時。こんな喋り方をしていたような気がした。従兄はこんな感じに見えていたのか、そりゃあ心配されても仕方ない。
「そうよ」
ほたるさんは小さく頷き、微笑んだ。何故か、南タマキさんの表情に影が見える。
「……ということは。その……」
南タマキさんは小さく深呼吸して、真っ直ぐに目の前の瞳を見据えた。俺にはそれが、意を決したような表情に見えたんだ。
「すっ、好き、なんですか? み、皆結希、さんの、こと!」
意外な言葉だったのか、ほたるさんは目を点にした。南タマキさんは、それでも彼女から目を離さなかった。
対峙する二人のわかば先輩の従妹。南タマキさんは重い雰囲気を出しているけれど、反対にほたるさんはキョトンとしているように見えた。
「……ちょっ、ちょっと待ってね」
何故かほたるさんは南タマキさんから、顔を隠すように背けてしまった。
隣の南タマキさんからは見えないだろうけれど、ほたるさんが何だか笑みを浮かべているように俺の角度からは見えた。
笑いを堪えているのだろうか。だとしても、ほたるさんが笑う意味が全く俺には分からなかった。
南タマキさんは、何もおかしい話はしてないし。むしろ今の発言は、どれだけ彼女が家族想いなのか伝わってくる言葉じゃないか。
暫くすると、今度はほたるさんが深呼吸をしていた。今度は逆に南タマキさんが、目を点にしていた。
さっきから、ほたるさんのやっている事がよく分からない。きっと、俺も同じような表情になっているかもしれない。
「そっか……、成程ね」
ほたるさんが南タマキさんに、先ほどと同じような笑みを向ける。陽だまりのような、温かみのある笑顔。
「安心して、わたしは皆結希をそういう目で見てないわ」
わたしはね。そう繰り返すように、ほたるさんが言った。その瞬間、何故か南タマキさんが、茹でダコのように真っ赤な顔になる。
それを見たほたるさんが、何かを堪えるような笑顔を浮かべる。もしかして、よく分かってないのは俺だけなのだろうか。