起きたら頭が痛かった。彼女の共痛覚は、今日も絶好調に働いているようだった。

 逆にこの痛みが、今は有難く思えてきた。まるで神様が、俺にバツを与えてくれているみたいだったからだ。

 それでも痛いものは痛くって、ベッドから起き上がる気になれなかった。携帯電話から通知音が鳴る。画面を見ると、天からのメッセージだった。

 今日は特に痛いから、すぐに治しに向かう。って感じの内容だったけれど、彼女も絶対、痛いってのは分かるんだ。

 無理して来て貰う必要はない、今日はゆっくり休んでいてくれって感じの文章を送る。携帯電話をカーペットに放ると、俺は天井を見あげた。

 嫌な事ばっか考えてしまう時だったから、頭痛は有難いって思った。なんたって、頭に浮かぶのは痛いって単語だけだからだ。

 セミの鳴き声も、集中力をかき消してくれる。痛い頭を真っ白にして、ぼんやりと天井を眺めている。

 廊下からは、クロと梨花が話す声がする。姉の風邪は既に完治していて、すぐに仕事が再開出来るような体調へと戻っていたのだ。

 下手に盗み聞きもしたくないので、俺はセミの鳴き声に耳を傾ける。

 一定のリズムで鳴いては、止まってから再開する。大の字でベッドに横になる俺からすれば、元気が有り余っているようで羨ましい。

 昨日、天にあんな話をしたくせに、落ち込んだから動けないなんて情けない人間だって思った。

 腹は減っている筈なのに、食欲が沸きもしない。誰か俺に点滴を入れてくれないかって思うくらい、全然動ける気配がしない。

 また風邪がぶり返して来たかって思ったけれど、頭が痛いだけだった。倦怠感は、きっと感情の問題だ。

 気が付いたら、昼の鐘が鳴っていた。いつの間にか寝ていたのか、あるいは時が飛んでしまっていたのかもしれない。

 起き上がる。時間を確認しようと、携帯電話を拾う。開くと画面に通知が来ていた。差出人は、従兄からだった。

 昼は友達と外で済ますけど、ソラはどうするかって内容だった。クロにも一人だけ、男友達が居る。たった一人も居ないのは、この俺だけなのだ。

 適当に済ませるって内容の返信をして、俺はパンツ一丁の格好からジャージ一丁になる。

 ポケットに携帯電話を入れて、台所へと立つ。

 全く食欲が出てこないので、ゼリーかプリンか無いか冷蔵庫を開けてみる。残念なことに、どちらも入っていなかった。

 頭の痛みもマシになったし、何か買いに出るとするか。冷蔵庫の扉を閉めて、立ち上がると携帯電話が着信音を鳴らした。

「はい、おっしいです」

 名前を確認しないで出た上に、相原か天かと思ったので、あだ名を言ってしまった。電話口からは、小さな笑い声が聴こえた。

「ソラくん、おっしいって呼ばれてるの?」

 電話の相手は、ほたるさんだった。いつもではないけど、テレビの向こうで姉と一緒に聞く声だから覚えていた。

「どうしたんですか?」

「あれから皆結希に会ったかなって」

 一昨日、話したばっかだから、別に報告する話なんて無い。そもそも、わかば先輩に会ってもいないのだ。

「わか……みなゆき先輩には、会っていないですね」

「皆結希……には?」

「しまった」

 思わず、しまったって声が出てしまった。一昨日、南タマキさんに会って、同じような話をされたって。それって、言って大丈夫なんだろうか。

「……ちょっとソラくん。甘いものでも、食べに出ない?」

「喜んで」

 集合場所を言われてから、電話を切った。

 そこで初めて、自分がやらかしてしまったのに気が付いた。甘いものに釣られて、やらかすのって何度目だ。

 せめてもの抵抗として、俺は南タマキさんへと連絡を入れた。一昨日、連絡先を交換しておいて良かった。

 一応、天にも連絡を入れておいた。他の女の子とご飯行くのって、彼氏として良くない行動なんだって。

 そんな事すらも分からなかったから、何度も俺は天を泣かせてしまっていたんだ。

 大好きよ、って。それだけを伝える事に、どれくらい勇気がいるのも知らなかったくらいなんだ。どんな時でも傍にいて、何処に居ても飛んでいけるような。世界で一番、幸せに出来る彼氏になりたいって思っているんだ。