わかば先輩との話を、ほたるさんに聞かせた。その際、ぽろっと前世の話を零してしまった。俺が最初そうだったように、ゲームや漫画の話かと聞き流されると思った。けれど、ほたるさんは自分以外にも前世の記憶を持った人が居るのか、と驚いていた。

 でも彼女の前世はヴァネットシドルは何も関係なく、わかば先輩の亡くなった母親だったんだ。

 事情も知ってしまったし、俺に何か協力出来る事は無いかって尋ねた。協力も何も、今のままでいい。というのが、ほたるさんの答えだった。

「じゃあ、それでいいじゃん」と天はつまらなさそうに言った。少し不機嫌そうに見えるのは、俺の気のせいなのだろうか。

「でもさ俺さ、わかば先輩の為に出来ることは無いかなって……」

「それって、あたしより大事なこと?」

 黒曜石のような彼女の瞳が、魔法をかけるように真っ向から捉えた。どうしてだろう、今まで蒼魔導士だった彼女が、今は黒魔導士のように思えた。背中に、謎の焦燥感が駆け抜ける。

「そっ、そんな事はない!」

 慌てて俺は、大きく首を左右に振った。

「そんなこと……ないん、だけどさ……」

 クロや梨花ならまだしも、わかばさんなんて一度会っただけの他人だ。相談に乗って貰ったのも一回きりだし、義理なんてものはそれだけだ。

 けれど、何故か知らないけれど、ほたるさんの顔が頭をちらついた。気になった理由が、天を気にする理由と全く違うのに気が付いた。

 わかばさんの家庭事情は、クロのそれとソックリだからだ。

 これをどう伝えようか、俺は暑さで茹った脳みそを働かせる。彼女は何故か、不安がっている。今の曖昧な気持ちを、どう伝えたらいいものか。こんな時、従兄だったら。クロだったら、どうすればいいんだろうか。

「……あたしもワガママ言いたいよ」

 さっきの俺の何気ない発言が、彼女に尾を引かせてしまっていたのか。

 本当に今日は失敗続きで、駄目で仕方なくて不甲斐ない。そんな彼氏だけれど、今日は数えきれないくらいの笑顔を見ると決めたんだ。

 彼女を笑顔にする為なら、犯罪以外の何でもしてあげたい。大切な運命だから、痛みだって二等分したいんだ。俺は君じゃないと駄目だから、いつでも一緒に居たい。

「特別なスペシャル」

 きのみさんの一言が頭に響き、思わず声を出していた。謎の単語を耳にした天は、丸くして目でこちらを向いた。

「俺は天が大好きだから、えっと……」

 立ち上がると、彼女の隣に寄り添うように腰掛ける。少し泣きそうな顔になっている天の手を、テーブルの下でぎゅっと握る。

 あの時、クロは家族の為、従弟の為に自分が出来る事をしていただけだと気が付いた。それは家族で、特別なスペシャルだったから。今の俺にとって、特別なスペシャルは天だ。

 あの時、天を信用しきれてないって、わかば先輩が教えてくれた。そして先輩は、俺を信用していたから、自分の家庭事情を話してくれた。飛び込んでって増えた憧れの瞬間の日々は、高鳴る気持ちに変わっていった。

「そら……、聞いてくれ」

 天は俺を笑顔に出来る魔法を使うことが出来る。近づいてて触れた感覚の断片に咲く、美しい景色をくれたんだ。

 俺は魔法なんて使えないけれど、彼女を信じることだけは出来る。今この手に光る鍵を持って、一直線に記憶の箱を開ける。

「俺は……クロの父親を殺している」

 この先に見える扉を開けると、どうなるかは分からない。でも天が一緒なら、大丈夫な気がした。これからの未来で、また会いましょう。