彼女の話を整理すると、まず穴沢天には前世の記憶がある。
駄目だ。前提として、それが良く分からない。前世って、そもそも何だ。そこから理解出来ないっていうのに、こっちの気も知らずに天はお構いなしに話を続ける。
天の前世はヴァネットシドルとかいう世界で、戦士をやっていたのだとか。ギルドでも一番の腕前で、部隊を一つ任されていたのだとか。だから何だよ、それがどうした。
前隊長が竜探しの旅に出た後、部隊長になった前世の天。天じゃなく、ボルドシエルらしいが、憶えづらいんだよアホ。前隊長程ではないが、腕の立つ前世の天は、東の敵国最強の魔導士に目を付けられた。それがラスカ・シャルトリューズ・ヴェールというらしいが、だから長いって名前。
そのラスカとやらは前世の天に、ある呪いをかける。自分の痛みが愛する者に伝染してしまう、というものだ。具体的に言えば、痛覚がそのまま対象に伝わってしまうのだとか。その対象がクラウディア・ゴードンとかいう女性で、婚約者で俺の前世なんだとか。
呪いにより、前世の天がダメージを受ける度に、同じ痛みが婚約者を襲うようになった。前世の彼女を心から愛していた婚約者は、自分を気にせずに戦っても良いと言ってくれたらしい。けれど前世の彼女は、自分のせいで愛する人が苦しむのが、耐えられなかった。
最終的には、前世の天は苦しまずに亡くなる方法を見つけ、それを実行したのだという。
「……けったくそわりい話だ」
反吐が出るような、一方的な苦しみだ。色々なゲームや漫画を見てきたけど、自分より愛する者が苦しむ方が四十二.一九五倍は辛いに決まってきる。誰かは知らんが、その魔導士とやらは性質が悪いにも程がある。
「君もそういう顔してくれるんだね」
俺はどういう顔をしていたのかは分からないけれど、天は少し悲しそうに笑った。踏み潰された花を見るような、慈しむような瞳だった。何でか分からないけれど、やりきれない気持ちになった。
「でも、ラスカは対象を僕に変えただけで。本来だったら、ギムレットがそれをやられてた。そしたら、被害者はメアリーだし。そっちの方が西ヴァネットシドル的には、ダメージが大きいんだよね」
「だから、専門用語が多すぎるってんだよ!」
ただでさえロールプレイング・ゲームをやらない俺にとって、片仮名の名前が多いのは分かりづらいにも程があった。レースゲームを良くやるけれど、まだ車種の名前の方が解りやすい。エルツェデス、ドゥルックリン・モトラ・ヴォルグ、ケーニーグッツェグ。ほら、簡単だ。
「専門用語って……ギムレットは、君のお兄さんじゃん」
「……は? 誰の事を言っているんだ?」
こいつが何を言っているのかは分からないけれど、俺の従兄は押立鉄独りだけだ。むしろ、クロ以外の兄なんて居ても要らねえっての。
「押立鉄、クロ先輩」
「……おい、そら」
今はもう痛くなくなった頭に、軽く血が上った。
「俺の事はいいけど。クロまで、その変な御伽噺に巻き込むんじゃねえ」
その言葉を聞いて、天は目を丸くした。まるで俺が何で怒っているのか、判っていない様子だった。
「……本当に覚えてないんだね」
天が悲し気な表情になったので、頭に上った血の気が引いた。別に俺だって、彼女にそういう顔をさせようなんて思いもしなかったんだ。