夏休み二日目。天は学校がある日と同じように、俺の家のエントランスまで迎えに来てくれた。
また同じように物陰に隠れて唇を重ねれば、共痛覚が消えていく。痛みが治まる代わりに、胸の鼓動が強くなる。
身体が熱いのは、日差しは強いせいでは無いと思った。じゃないければ、心まで熱を感じる訳が無い。
俺の表情を見て、彼女が微笑む。一回顔を合わせたら今日も、一杯一緒に居たくなる衝動。
毎回サヨナラするタイミングで、絶対不安になっちゃう筈だ。それでも、この笑顔を見る為に、またねという言葉があるんじゃないんだって。
「どうしようか?」
天が言ったその言葉が、何故か知らないけれど「大好き」と聴こえてしまった。
浮かれすぎだって思ったけれど、お互いが初めての恋人だよ。今日は初めてのデートだし、そんなの駄目とか誰に言わせない。彼女の顔を見ていると、ワクワクが止まらなくなってくる。数えきれないくらいの笑顔が、今日も輝いてくれればいいって思ってきたんだ。
それはともかく、可愛い彼女の質問に答えないと。実は何も考えてはいなかったけれど、この街特有の遊び方なら知っている。
「テニスしない?」
俺はいつもの公園の方向を指さして言った。この街は至る場所にテニスコートがあって、安価で場所も道具も借りられる。
前世が戦士だからかもしれないからか、天は俺より運動が得意。俺も身体を動かすのは、嫌いじゃない。だけれど、彼女は少し困ったように笑った。
「……おっしい。今日のあたしの格好見て、何も思わない?」
情けないことに、俺は言われて初めて気が付いた。彼女はひらひらで可愛い、水色のワンピースを着ていた。つばの小さい麦わら帽子と相まって、細身の彼女にかなり似合っている。
「可愛いって思う!」
クロと違って、こういう事はきちんと言うようにしている。皮肉にも梨花から、そう躾されたせいなんだ。でもちゃんと俺の気持ちは届いていて、少し照れくさそうに天ははにかんだ。
「それでは、おっしい。……押立宇宙くんは、そんな可愛い恰好の彼女に何て言いました?」
「え? ……テニスしない? って……」
天の顔が少し不満げになったのを見て、俺は首を傾げた。彼女は自分のスカートを摘まんで、ひらひらと可愛く揺らしていた。
その仕草を見て、俺はようやく気が付いた。この男は、なんて鈍い奴なんだ。可愛い彼女の下着を、危うく公衆の面前に晒してしまう所だった。
「ごめん」と俺が言うと、天の表情に晴れ模様が見える。本当に鈍い彼氏で、申し訳ない。
「待ってて、今、梨花のスコート取ってくるから」
俺が踵を返そうとした瞬間、エントラスには天の声が響いた。
「そういう問題じゃないぃ! この、あほっしい!」
ここで初めて、俺の新しいあだ名が生まれたのだった。