「……どうしたの?」

 自分の世界に飛びそうだった俺の意識を、かすれた声が戻してくれた。顔を上げると、心配そうな顔をした南タマキさんが居た。

「大丈夫です」

 カチューシャを南タマキさんに返すと、ちょっと待って下さいと彼女を引き留めた。不思議そうな顔をしていたけれど、俺は再び考え事に集中する。

 ほたるさんが持っていたカチューシャは、わかば先輩から貰ったもの。

 けれど、それは元々、わかば先輩の母親であるユキさんの持ち物。

 カチューシャは前世で、妹と交換したもの。だから、ほたるさんが持っていた方には、妹の名前が彫られていた。

「あの、タマキさん……」

 目の前に視線を戻すと、南タマキさんはちゃんと待っていてくれた。デパートの受付みたいに、両手を前に組んで行儀よく立っていた。

 なんて、育ちがいい人だ。俺の為にそこまで、礼儀正しくする必要なんてないんじゃないか。いや、今はそんなのは置いておこう。彼女に聞きたい質問が出来た。

「母親って、もしかして……マキって名前ですか?」

 俺の台詞に南タマキさんは、大きく円らな瞳を更に丸くした。

「どおして、分かったの⁉」

 大正解、と来てしまった。

 しくじったって思ったのは、知らなかったとはいえ雑に確認をしてしまったこと。ほたるさんの前世が、わかば先輩の母親だってのは伏せなければならないのだ。

 待てよ。ユキさんが、わかば先輩の母親だろ。その妹の娘っていうとなると。

「タマキさんって、若葉田皆結希センパイの……。従妹?」

 俺の言葉に南タマキさんは、何故か少し考えるような仕草を取った。その後、手を前に組んで、ペコリと丁寧にお辞儀をした。

「はい。若葉田皆結希は、わたしの従兄です」

 顔を上げた南タマキさんが、今度はにっこりと微笑んだ。さっきから彼女の笑顔を見る度に、ほたるさんの顔が脳裏を掠めるの理由が分かった。彼女は、前世のほたるさんの親戚だったのだ。

「実はですね……」

 俺は息を呑んで、南タマキさんと向き合う。向こうも意図を汲んでくれたのか、どこか真剣めいた表情になった。

「ホイップのほたっちって、わかば先輩の……あなたの従兄の従妹なんですよ!」

 言葉にしてみると、随分おかしい文章だと思った。けれど重大発表には違いないし、すっごく驚くに違いない。なんて思ったけれど、意外にも南タマキさんは普通の顔をしていた。

「あ、はい。知ってます」

 普段の声のトーンで言われたので、俺の方が驚いてしまった。

「皆人さん。……えっと、皆結希さんのお父さんに聞いてます。わたしは母方の従妹で、ほたるさんは父方の従妹だと」

 ほたるさんの名前は、梨花同様に世間に公表されていない。疑っていた訳じゃないけれど、どうやら本当の様子だった。

「皆結希さんの事は、ほたるさんから聞いたんですか?」

 南タマキさんが、小首を傾げて問いかける。俺は首を左右に振った。

「いえ、前に恋愛相談を受けてくれて……」

 その台詞を言った瞬間、彼女は食い入るように俺の方へと身体を近づけた。その様子に、何か既視感を覚えてしまう。

「その話、詳しく教えて貰えませんか?」

 というか、いつの間にか、南タマキさんは敬語になっていた。顔は全く似ていないのに、本当にほたるさんとソックリだ。

 いや、違うか。わかば先輩の従妹っていうと、前世のほたるさんの妹の娘か。そうなると、どうなるんだ。

 えっと、南タマキさんからすると、前世の母親の姉が従兄の従妹。

 ほたるさんからすれば、血縁者じゃないけれど。前世のほたるさん、ユキさんの血縁者になるのか。他人の家庭に向かって、面倒な家だなって思ってしまった。