わかば先輩の事で、何かあったら教えて。という感じで、ほたるさんと連絡先を交換した。

 最寄り駅まで送るって言ってくれたけれど、俺は丁重にお断りした。一駅だから歩きたかったし、考え事もしたかった。

「でも、その恰好で歩くのは、よした方がいいかも」

 ほたるさんのセリフに、俺はまだ女装をしていたのに気が付いた。

 駅で公衆便所に入り、男物の服に着替えてカツラを取った。ダテリカが男子便所に入ったなんて思われないように、ちゃんと人目が無い状態で便所に入った。外に出ると、太陽が元気一杯に光を照らしていた。蒼魔導士の支配領域だって思った。

 坂の上に駅はあるけれど、我が家は山の上にある。坂を下って、信号を渡って、また山を上る。広い環状線に出ると、大きな橋の上になる。この下に貨物列車が走っているらしいが、あまりその姿は見ない。別に見たくもないけれどさ。

 この環状線は国道ってわけじゃないけれど、それでも大きなトラックやミキサー車なんかが行き来する。

 この先に悪の秘密基地なんかがあって、そこに物資を運んでいるって思えばワクワクするけれど。この世界には悪い奴はいるけれど、秘密基地なんかは存在しないようだ。

 暫く歩くと、真上にくじらの腹のような橋が見えてくる。橋は公園と直結していて、その先には体育館。スポーツをやっていない俺にとって、何の関わりの無い施設だって思った。

 そのまま環状線をまっすぐ歩く、一本道だからひたすら長く感じる。考え事をしよう、と思っていたのを忘れていた。わかば先輩と、ほたるさんの事だ。

 他人の家の事情に口なんか出す、ってどうかと思ったけれど。でも何だか、少しモヤモヤする。考えてみると、クロや天やきのみさん。今まで前世の記憶があった人は、その記憶を使って何かをしようとしていた。

 でも、ほたるさんに関しては真逆。前世が母親だからって、わかば先輩にどうするって考えは無い。

 例えば、俺がわかば先輩だったら、亡くなった母親が居るのなら会いたいに決まっている。

 ただ俺は若葉田皆結希でなく、押立宇宙だ。もしも何々だったら、っていうのは無理がありすぎる話だ。

 わかば先輩の連絡先を知っていれば、って思ったけれど。だからと言って、何が出来るってわけじゃない。

 考え事をしていたからか、目的地が見えてきた。今の我が家は、それなりに高いマンションなんだ。俺はいつもの公園を突っ切って、再び道路へと降りる。マンションのエントラスの前に立つと、カードキーを取り出した。

「ソラくん?」

 声に振り向くと、南タマキさんが後ろに居た。クロと梨花の友達で、昨日倒れた姉を運んで来てくれた人だ。

「梨花ちゃんの調子はどう?」

 南タマキさんは何処か焦った様子で、こちらへ駆け寄った。

 俺は苦笑いで両手でバツを作ったら、彼女は心配そうな顔になる。友達の為にそんな表情が出来るって、かなり凄いって思う。前から思ってたけれど、南タマキさんって優しい人なんだよな。

 近づくと、俺より背が低いのに気が付いた。自分より身長の無い女子って、相原とアオさんくらいかと思ってた。

「クロくんあたりが看病しているとか?」

 南タマキさんの言葉に、俺は大きく頷いた。今日は存分にクロに甘えられただろうから、心配する程じゃないという感じに説明した。

「元気になったら、連絡させます」と俺が言うと、南タマキさんは控えめに頬笑んだ。

 さっき、ほたるさんがした仕草に似ているような気がした。まさか、姉妹とかね。苗字が違うし、あり得ないか。

「ソラくん、お化粧してる?」

 覗き込むように、南タマキさんが俺の顔を見た。そういえば服は変えたけれど、化粧はそのままだったのを思い出す。よく気づいたなって思ったけれど、女性なんだから当たり前か。

「ちょっと、梨花の代わりに撮り行きまして……」

「え、それ、わたしに言っていいの?」と南タマキさんは心配そうな顔で言った。

 確かに関係者じゃない人に、替え玉の話は良くないかもしれないけれど、梨花の友達なら話は別かな。ましてや南タマキさんみたく、優しい人なら何も問題はない。

「でも一応、ここだけの話ってことで」

 俺が苦笑いすると、南タマキさんは控えめに微笑んだ。やっぱり、ほたるさんに似ている気がする。って思ったのは、もしかして彼女もカチューシャを着けているからかもしれない。

「あの、タマキさん。そのカチューシャって……」

「これ?」と彼女は自分の頭からカチューシャを外して、俺の方へと差し向けた。

「小学生の時、誕生日プレゼントでお母さんに貰ったものなの」

 ちょっと、見せて貰っていいですか。って聞いてみたら、南タマキさんは笑顔で俺に渡してくれた。

 色は水色だけれど、さっき見たのと似たデザインだと思った。さっき、ほたるさんが持っていたのは、裏に名前が彫られていた。もしかしてと思い、水色のカチューシャの裏を見た。アルファベット四文字で、YUKIと彫られていた。

 共痛覚で痛い頭を必死に働かせる。もしかして、っていう過程が沢山産み出される。ほたるさん、及びユキさん。わかば先輩、南タマキさん。関わった人間を整理する。ほたるさんは、わかば先輩の従妹。