ほたるさんに前世の記憶が蘇ったのは、丁度三か月前あたりらしい。

 昔一緒に住んでいた従兄、わかば先輩に貰ったカチューシャを見つけ。試しにつけてみた時に、前世の記憶が蘇ったらしい。

 ほたるさんの前世は、わかば先輩の母親で。きっかけになったカチューシャは、もともと前世のほたるさんが妹に貰ったものらしい。わかば先輩が何故それを持っていて、ほたるさんにあげたのかは思い出せないという。

 だけれど、息子のお陰で母親だという事が思い出せたので、今は凄く感謝しているのだという。待て、と俺は思った。

 ヴァネットシドルじゃなくて、前世が現代って初めてだぞ。

 今まで聞いた話だと、前世だと戦士ギルドの隊長だとか、男爵の一人娘だとか。自分に全然遠い世界の話だったから、この話は重過ぎるような気がした。

 話を整理してみよう。わかば先輩は、小さい時に母親を亡くしている。

 そんで、若葉田の実家に預けられた。その二年後に従妹のほたるさんが生まれて、一緒に暮らして兄妹同然に育っていった。

 その後、わかば先輩は父親の所に戻り、普通に過ごしていて。ほたるさんはアイドルになって、ついこの間前世の記憶が蘇った。

 一言で済ますと、ほたるさんはわかば先輩の従妹で、前世は母親。

 一気に来る情報量が多くて、俺は頭が痛くなっていた。下腹部も少し痛いけれど、これは共痛覚のせいだ。頭痛もそうなんだけれど、それだけじゃない気がしてきた。

 まず、スミマセンと俺は謝った。前世を持っている人は周りには居るけれど、皆の前世はこの世界の人間じゃないって説明した。俺はヴァネットシドルの事をざっと説明し、ほたるさんと違うタイプの前世持ちだと告げた。

「前世持ちって、前科持ちみたいで聴こえが悪いね」とほたるさんは苦笑いした。それは俺もそう思うけれど、きのみさんが言うんだから仕方ない。

「なので、自分に協力出来ることは、何も……」

「協力?」とほたるさんは、円らな瞳を丸くした。俺が何を言っているのか、意味を理解していなさそうだった。

「協力ってなぁに?」

「わかば先輩に、ほたるさんが前世の母親だって……言うのを」

「別に言うつもりなんてないわ」

 ほたるさんは、けろりとした表情で言った。これって、どういう意味だって思った。わかばさんに自分の存在を教えたくって、俺に協力を求めた訳じゃなかったのか。

「わたしは皆結希がいい子になったのか、知りたかっただけなの。思った通り、カッコいい子だったわ」

 彼女はにっこり笑って、抹茶を口にした。前世の記憶があるにも関わらず、何もしないって。これも初めてのパターンだって思った。

「……もし良かったら、そのカチューシャ、見せて貰えます?」

「いいよ」とほたるさんはブランドっぽいバッグから、ケーキ屋っぽい紙袋を取り出した。

 中から出てきたカチューシャを受け取って、俺はまじまじと見てみる。何の変哲もない普通のピンクで、裏を見てみたらMAKIって文字が彫られていた。

「マキ……?」

「前世の妹の名前。わたしはユキって名前だったんだけど……」

 色々紛らわしいし、面倒だから普通にほたるって呼んで欲しい。と彼女は言った。ちょっと成程って思ったのは、皆結希さんのユキは母親の名前なんだな。だとしたら、ミナは父親から取っているのかもしれない。

 俺の名前も梨花もクロも、父親や母親に因んではいない。だから、そういうのって、少し羨ましいって思った。