運ばれてきた料理を見て、まるで結婚式場で出る料理みたいだって思った。重箱と、おひつ、お吸い物だ。

 重箱の中身は天ぷら、何かの魚の煮つけ、刺身、何かの煮物。吸い物は何かのキノコ、多分マツタケとかかな。遠慮は要らないから、わかば先輩の事を教えてくれという。

 いきなり、わかば先輩の話と言われても、実は俺も彼のことをよく知らない。

 教えられるとしたら、こないだ恋愛相談に乗ってもらった話だけだ。それでもいいよ、とほたるさんは笑顔で言った。何でもいいから、わかば先輩のことが知りたいって感じだった。

 それを言うとしたら、まずは天の事情から説明しなきゃならなくなる。どうしたものかなって悩んだけれど、ここの豆かんは絶品だとか言われてしまうと仕方なかった。

 別に甘いものに釣られたわけじゃなくて、ほたるさんの為だっていう言い訳を自分にした。

 食事をしながら、先週の出来事を思い出しながら話す。

 付き合う前の彼女にキスをされて、それが治療の為だって言われて悩んでいた。何故なら、彼女の気持ちが分からない。本当は俺とキスしたいから、治療の為だとかって思ったりもした。

 でも、それは違った。頭痛が無い日は、まるで関わろうとしなかった。それを相談した所、わかばさんは俺の真意を見抜いてくれた。

 俺はあの時、なんやかんやな色々を、彼女のせいにして。自分が傷つくのを、恐れていただけだったのだ。

 ちょっとした事でこじれちゃって、なかなか仲直りできなくって。そんなのは付き合ってから、いくらでもあるんだって。それすら出来ずに怯えていたら、何も始まらないんだって。俺はわかば先輩に教わったんだ。

 重箱を平らげた俺は、ご馳走様と両手を合わせた。共痛覚に関しては、昼には慣れてしまっていた。これなら今日は、天とキスする必要はなさそうだ。

「さっすが、皆結希ね。あの人とそっくりで、いい子になったんだ」

 ほたるさんはニコニコして聞いていた。上機嫌そうに豆かんも注文してくれた。あの人って誰だろう、と思ったけれど。次の彼女の台詞に、その疑問は何処かへと吹き飛んだ。

「ところでソラくんは、その後どうなったの?」

 今度はこっちの状況に、興味が沸いてしまったようだ。その後を俺は話しながら、思い出してみる。

「その後は……熱出して、学校行ったら、何故か天が怒って。……ジャッカスさんって人に会って、ドーナツ渡されて。謝りに行ったら、何故か告白する流れになりまして」

 うんうんと、ほたるさんは瞳を輝かせながら聞いていた。女子って、やっぱり他の人のでも、恋話が好きなんだな。

「でも、彼女の好きは俺の思っている好きと違うっていうか」

「……違うって?」

 ほたるさんが質問した瞬間、ふすまの向こうから「失礼します」という声がした。さっきから思っていたけれど、ふすまってノックしないんだな。先ほどのおばあ様が入ってきて、俺の目の前に豆かんを置いていった。

 俺の中で豆かんっていうのは、煮豆と寒天だけのシンプルな食べ物だという存在だった。しかし、これは何だって思った。

 まるでパフェじゃないか。

 初めに目につくのは、真ん中のバニラアイス。黒蜜と、少しばかりのきな粉。周りにはミカンとサクランボ、ピンクと緑の求肥。隙間なく盛られた黒豆のステージに、それらが堂々と鎮座している。

 断言しよう、これは豆かんではない。仮に豆かんだとしても、豆かんという名のパフェだ。

 いても立ってもいられずに、俺は大きめの一口を運んでみる。調和という単語が頭を占めた。

 少し塩気のある豆がアイスと黒蜜を中和させ、寒天の食感を引き立たせる。俺は今まで食べてきた豆かんは、偽物だったんじゃないかって思うくらいだった。

「美味しそうに食べるんだね」

 ほたるさんの声に、甘味の世界に行っていた意識を戻した。甘いものを目にすると、そっちのけになってしまうのは俺の悪い癖だった。

「ええと、天が?」

「うん。そらちゃんの方が、思っている好きって何だっけって話」

「ええと、確か。前世の俺への想いを、今の俺に押し付けているだっけかな」

 俺は豆かんをもう一口頬張った。求肥のくにくにした食感と、寒天のプリプリした対比が最高だった。

「……前世?」

「ええ。彼女には前世の記憶がありまして、何でも俺がその時の恋人だったらしくって……」

 そこまで言ってから、俺はスプーンの動きを止めた。いま、俺は何て言った。間違いなく、前世云々のことだよな。

 やばい、って思った。全く関係の無い人間に、前世とか言ってしまった。これはオレとクロと天と、きのみさんだけの重要機密だ。恐る恐る、顔を上げてみる。ほたるさんは目を丸くしていた。

 さて、どうしよう。

 何て誤魔化したらいいんだろうか。って思ったけれど、冷静に考えてみれば、こんな滅茶苦茶な話を誰が信じるというのだ。さっきみたく笑われて御終いだって、思ったけれど。彼女から出たのは、意外な言葉だった。

「……まさか、わたし以外で前世の記憶を持っている人が居たなんて」

 またヴァネットシドル人の登場か。俺は驚くより前に、そんなことを思ってしまった。