楽屋を出て、タクシーで向かったのは隣の駅だった。
駅を通り過ぎて、裏の方へ行くと住宅街になる。そのど真ん中にある一軒家の前で、ほたるさんはタクシーを止めた。
普通の門、普通の入り口、普通の窓。周りと似たような作りで、見るからに単なる一戸建てだ。こんな場所で何をするのかと思いきや、目の前の門を開いてインターフォンを押した。
「ほたるです」
彼女が名前を告げると、玄関のドアが開く。洋風の家なのに、中からは割烹着を着た品のある御婦人が姿を現した。おばあちゃんでは無く、おばあ様と言って差し支えない品格だった。
中に入ると、普通の家とは全く違った。カウンターがあり、テーブルがあって、その上には箸と皿。石畳みたいな床だし、まるでお店みたいだと思った。
二階に上がると個室の座敷があって、そこへと案内された。畳、座布団、長いちゃぶ台、掛け軸、でかいツボ、障子付きの窓。
腰かけると、お茶を出されて、注文を伺われた。ほたるさんが「おまかせで」と言うと、おばあ様は笑顔で頷いて、ふすまを静かに閉めた。
「……お店なんですか?」
「そ。隠れ家的な? 芸能関係の人は良く来るって、いうらしいわ」
知らないけど、とほたるさんは小さく舌を出した。
「ここなら、思う存分話が出来るね」
ほたるさんは両肘をちゃぶ台について、組んだ手に顎を乗せて言った。
「それじゃ、聞かせて。皆結希のこと」
にっこり微笑むほたるさんに、俺は梨花の格好のままハテナマークを浮かべた。
聞かせてとは、どういうことなんだろうか。ほたるさんが、わかば先輩の関係者なんだとしたら。むしろ、こっちが色々と聞かせて欲しいくらいなのですけれど。
「わたし、ずっと皆結希に会ってないの。……正確に言えば、会えないんだけれどね」
そりゃ、アイドルだし。忙しいから、会えないか。考えてみれば梨花も一緒に暮らしているから、クロと無理やりにでも会えるけれど。そうでないのなら、お互いが滅多に会えない存在でも仕方ない。
「それで、わかば先輩のことが、知りたいと?」
「そういうことっ」
ほたるさんは雑誌やテレビでも見せないような、満面の笑顔を差し向けた。この顔って、梨花がクロに見せる表情とそっくりだ。やっぱり、ほたるさんも自分の従兄に特別な感情を抱いているのだろうか。