「……どう?」

 天の台詞に、俺は言葉が出なかった。

 どう、って何だよ。キスの感想を言えばいいのだろうか、柔らかくて、なんかいい匂いしたし。そう言うと、変態っぽいし。

「……頭、痛く無くなった?」

「……あたま?」

 何の話か一瞬分からなかったけれど、今の言葉で気がついた。頭の奥にさっきまであった痛みの種みたいなものが、取れているような気がした。

 驚いたせいなのか。いや、そんなシャックリじゃないんだから。けれど、何をしても残っていた「しこり」のようなものが、今は綺麗さっぱり消えていた。

「……これって」

 意味も分からずに立ちすくんでいると、天が再び俺の傍に寄る。柑橘系のような爽やかな香りが、近づいて触れた感覚の断片を思い出させる。

「やっぱり、君はクレアなんだね」

 俺の顔を覗き込むように、天が嬉しそうな顔を浮かべた。

「……く、くれあ?」

「会いたかったよ!」

 その一言と同時に、天が俺を包み込むように抱きしめた。柔らかい温もり、首元にかかる吐息。俺の頭は真っ白になった。

「そっか。この世界でも、ラスカのまじないが利いてしまっているんだね。ブロッサムは亡くなると消えるとか言っていたけど、もしかしたら彼女もこっちに生まれ変わっているのかもしれないね……。ごめんね、あたしのせいで」

「ちょっと待て」

 俺は天を引き離し、真っ白だった頭に浮かんできた大量の疑問の一つをぶつけてみた。

「お前、何を言っているんだ?」

 さっきから彼女の言っていることが、何一つとして分からなかった。キスだって、抱きしめたのだって、天がそれをする理由が全く理解が出来ない。

「……ああ、そっか。名乗ってなかったもんね」

 名乗ってないって何だ、お前は穴沢天で俺のクラスメイトだろう。

「あたし……いや、僕はボルドシエル・グレイグース。君の婚約者だった男だよ」

 天は今まで見た事ないくらいの満面の笑顔で言った。満面の天だから、言ってしまえば満天だ。

 それは兎も角、僕と言うのが似合わないような可愛い声なのに、会話の内容が意味不明だった。よく分からない名前、婚約者という言葉。それよりも気になったのは。

「お前は女だろう!」

 色々ツッコミどころはあったけれど、先ずはそこからだった。