クロと梨花の共通の友達は、きのみさんとアオさんだけじゃない。南タマキさんという、優しい雰囲気を持つ人も居る。

 その南タマキさんって人と一緒に帰宅した梨花は、真っ赤な顔で彼女に寄り掛かった状態だった。それを見た従兄のクロが、真っ青な顔になった。

 クロが彼女に代わるように、梨花に手を伸ばして受け止める。

 南タマキさんに事情を聞くと、たまたま駅で会ったけれど、その時には既に調子が悪そうだったらしい。変装はしていたけれど、友達だから直ぐに分かったとのことだった。

 従兄の胸から顔を離して、梨花は南タマキさんにお礼を言う。クロもペコリと頭を下げたので、俺も同じようにする。

「本当に無理は駄目だよ」と南タマキさんは本当に心配そうな瞳を向ける。梨花は少しバツの悪そうな顔をする。

「この埋め合わせはいつか……」と梨花が言うと、「そんなの要らない」と彼女にしては強い言葉を投げた。南タマキさんは控えめな印象があったので、俺は少し驚いた。

「元気になって、いつもの梨花ちゃんを見せてくれれば、いいから」

 南タマキさんは瞳に少し涙を溜めて、控えめに笑った。梨花も真っ赤な顔で、満面の笑みを浮かべた。

「ソラ。南さん、送ってって」

 クロに言われて俺も頷いたけれど、南タマキさんは慌てて手をパタパタさせる。全力の遠慮、って感じだと思った。

「……ミッ! ナッ! え、えっと、兄! 兄が迎えに来てくれるので!」と言って、南タマキさんは家を後にした。

 ドアが閉まったのを確認すると、安心したのか、姉は気絶するように眠ってしまった。俺とクロは梨花を部屋まで運び、ベッドへと寝かしつける。

 俺が先週持ってきた風邪は、実は三日後くらいにクロに伝染っていた。

 夏休み前だってのに、クロは二日くらい学校を休んでしまった。完治して安心していた矢先、結果として姉に伝染する流れになってしまっていた。

 梨花はホイップというアイドルグループに所属しており、殆ど家には帰って来ない。にも関わらず、従兄の風邪が伝染するってどういう了見だ。

 少し考えてみたけれど、なんとなく予想がついた。どうせまた俺のフリして、寝ているクロの布団に忍び込んでいたんだろう。

 何度か俺も目撃しているので、今回もそのパターンなんじゃないかって思った。自業自得じゃないか。

 クロはいい奴だから、梨花に伝染したのは自分のせいだって慌てていた。我々と違って芸能人だから、病気で寝込む余裕なんてありはしないと。

 暫くすると、梨花は目を覚ました。まだ寝てろってクロは言ったけれど、姉は明日の準備があるとか抜かした。

「明日って、何だよ?」

 ベッドに横たわる梨花の言葉に、クロが真っ青な顔で問いかける。

「明日は駅前の局での撮り、近くて良かった……」

「おいっ! お前、まさか行くつもりじゃないよな?」

 梨花は真っ赤な顔なのに、クロの問いに余裕たっぷりの表情を浮かべる。

「あたしを誰だと思ってるの? ホイップのセンター、ダテリカ様よ」

 こんな体調不良如きで休んでいられる程弱くはない、って梨花は変に粋がっている。やめろ行くな、とクロは必死に反対する。そんな従兄の様子を見て、姉が嬉しそうな顔をしている。

 なんだか知らないけれど、それが少し気に食わない。心配性のクロの性格を利用して、敢えて心配させるとか。意地が悪いにも程がある。

「そこまで言うなら、休んであげ……たいのは山々なんだけどね」

 代わりでも居れば、安心して休めるなぁ。という梨花の視線が俺に向き、背中に戦慄が駆け抜けた。全力でここから立ち去りたいくらい、嫌な予感が走り抜ける。クロもこちらへと振り向いた。

「……ソラ」

 大体、クロの言おうとした台詞に予想がついた。

 ふざけんなって言いそうになったけれど、もともと風邪を持ってきたのはこの俺だ。拒否権なんて無いって、言われたような気がする。

「お願いしてもいいか?」

 こういう嫌な予感って奴は、たいてい当たってしまうんだ。

 流石の俺も学校があれば、それを口実に断れはした。だけれど、今日から夏休みだった。

 だから利用されたと考えるか、それで丁度良かったと考えるか。どっちにしろ、俺には何も得の無い話なのだ。

 それでも明日、俺は梨花の代わりにホイップのメンバーとして、テレビに出演しなければならなくなってしまったのだった。