突然だけれど、俺は一度覚えた事を忘れない。

 一見、便利な能力に見えるけれど、逆に言うと覚えるまでに時間が掛かる。特にクロの前世、ヴァネット・シドルのアレコレは、脳に刻むのに時を要した。

 誰もがそうかもしれないけれど、基本的に自分の興味が無いものは吸収が遅いんだ。だから俺は自分でも、この能力が勉強に向けばいいって思っているんだ。

 というか、デメリットの方が多いかもしれない。

 特に幼少期の思い出に関して、忘れたくても忘れるなんて出来やしない。クロはそこまで覚えてないらしいけれど、俺は従兄と一緒に遭った火事は今でも鮮明に頭に浮かべられる。ちゃんと思い出そうとすると、吐き気がしてくる。

 だから俺は頭の中で、箱に入れて鎖でがんじがらめにして、何重ものカギを掛けてある。その全てを壊してしまうのが、火の存在だった。俺は火が苦手というよりも、そのせいで記憶のカギが開いてしまうのが何よりも駄目だったんだ。

 従兄と報道番組を見ていたら、山火事のニュースの話題になった。局番を変えようと気を遣ってくれたのか、リモコンを握ったクロの手を俺は止めた。

「映像や絵とかは平気だから」

「そうだっけか」とクロは安心したような顔でリモコンを置いた。俺は本物の火だけが駄目なんだ。そうでなきゃ、まともにゲームなんか出来やしない。

 テレビでは日本の何処かの山火事の映像が映されたけれど、やっぱり記憶のカギが開く様子は無かった。この街も東京都なのに山を切り開いて作った場所なので、他人事ではないのかもしれない。

「山って言えば、昔クロ達と行ったじゃん?」

「えっ?」と従兄は驚いた顔をした。

「いつの話?」

 もしかして、クロは覚えてないのかもしれない。

 あの時は確か、駅から降りて少し歩いて。でも、梨花が疲れたって言って、ケーブルカーを使う羽目になったのを俺は覚えていた。それを説明をしたけれど、従兄は目を丸くして首を左右に振った。

「それ幼稚園の時でしょう。よく覚えていたわね」

 話を聞いていたのか、台所からクロのお母さんが出てきた。

「道で鮎の串焼きが売ってて、クロが食べたいって言って……」

 俺が言うと、クロのお母さんが大きく笑った。

「そうそう。結局食べきれなくって、お父さんが食べる羽目になったのよ」

 俺の親父だったら、どうせ残すと言って買ってくれないけれど。クロの親父さんはそういう面では、従兄に甘かったのを覚えている。

「こんなの食べたらビール欲しくなるじゃないか、って困ってたよね」

 俺の台詞にクロのお母さんまで、瞳を丸くした。

「よくそこまで覚えていたわね」

 確かに言われてみると、何でそこまで覚えているのかは自分でもよく分からなかった。

 炊飯器の音が鳴ったので、クロのお母さんは台所に戻っていった。これはチャンスかと思い、従兄に例の話題を振ってみた。

「なぁ、クロ。俺の記憶力の良さって、もしかして前世が関係しているのかな?」

 腕を組んだ従兄は少し考えた後、首を大きく左に曲げた。

「……分からんなぁ。ソラの記憶力がいいのは、昔からだし……それに前世が関係しているんなら、魔力も関わっている筈だ」

 従兄の状態可視は、対象が魔法を使っているかも分かるらしい。現時点で俺の状態に魔力を感じた時は一度も無い、とクロは説明した。

「ちなみに幼少期のオレのこと、そこまで覚えてるんだ?」とクロが言った。

 俺は酢豚にパイナップルが入っていた時、信じられないくらい怒り狂っていた時の従兄の話をしてみた。

 クロは顔を真っ赤にして、伏せてしまった。ちなみに今でも、この家の酢豚にはパイナップルは入っていないのだった。

 これだけの記憶力を持ちながら、何で俺は前世の記憶を思い出せないんだろうか。前世の天のことを少しでも思い出せば、今よりもっと彼女を知れるっていうのに。