突然だけれど、今俺の住んでいる街にはテレビ局がある。
そうは言っても二十三区にあるような、ドーム何個分とかの大きな奴ではない。せいぜい、市役所程度のサイズの建物である。
最寄り駅の改札を出て、北口に出る。エスカレーターを登り、デッキに出てからロータリーを迂回。交番の隣の階段を上り、歩道橋を越えると目の前に現れるのがそれ。
右手には図書館、左手には電気屋。正面の先にテレビ局が見える駅前って、都内でもなかなかお目に掛かれないと思う。
ちなみにその先を越えると公園で、そこを突っ切った先に今の俺の住まいがある。
徒歩十分にも満たない距離に、そういう施設があるんだ。必ずしも仕事がそこでやるとは限らないけれど、それでも姉からすれば昔の家よりかは有難いに違いない。
俺の姉、押立梨花はホイップというアイドルグループに所属しており。高校進学と親の転勤を期に、この街に引っ越してきた理由の一つでもある。
もちろん、一番の理由は従兄の押立クロの家があったから。
仮にクロの家が埼玉にあったら、どんなに遠くてもそっちに住んでいたに違いない。それは俺も同様だった。
芸能人というものに全く興味が無くなったのは、俺はいつからか考えてみた。きっと姉がアイドルになってしまったせいなのだろう。
「待った?」
背中からの声に振り向くと、可愛い女の子が立っていた。
少し照れくさそうに微笑む少女を見て、心の何処かが満ち足りていくような感じになる。彼女の名前は穴沢天、俺の大好きな恋人だ。
「待ってない」と簡潔に答えた。天と付き合い始めたのは、ちょうど一週間前。この七日間ずっと、俺は彼女と登下校を共にしているんだ。
今日は運悪く、天は日直だった。
先に帰ってもいいと言ってくれたけれど、彼女は俺が日直の時は待ってくれていたんだ。だからって訳じゃないが、待ってでも一緒に帰りたいって気持ちのが強いんだ。
「それで、おっしい。傘、持ってる?」
もじもじと天は、何やら恥ずかし気に問いかける。可愛い彼女の様子に一瞬、奪われそうになった意識を取り戻す。何の話か聞き漏らしそうになったけれど、俺は天の台詞は耳でなく心で聞いている。
「えっと……え、傘?」
雨なんか降ってないのに、なんで傘の話をしたのか分からなかった。天が窓の方を向いたので、俺も一緒にそっちを見る。驚くことに、先ほどまで空は蒼魔導士の支配領域だったのに、今は曇天で涙まで流していた。
もしこの空が俺だったら、凹んだところに彼女が新しいパワーを入れてくれるんだけど。天気相手じゃ、どうしようもならない。
「あたし、傘忘れちゃって……」
「……えへへ」といった感じで、天が悪びれた様子で頭を下げる。いちいち彼女の仕草が可愛くて仕方ないけれど、困ったことに俺も傘なんて持っていなかった。
「悪い、俺も傘忘れちゃって……」
「本当ぉ⁉」
俺の一言に何故か、天は空模様と真逆の表情を浮かべた。
「あたし、折りたたみ持ってきてるんだよねぇ~」
彼女は満面の笑みを浮かべ、鞄の中から可愛いピンクの折り畳み傘を取り出した。
「ちゃんと家まで送ってあげるから」
笑い転げそうになったのを、俺はしっかり堪えた。何でそんなウソをついたのか、少し考えてみたけれど答えは一つしかなかった。